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48.舞台本番。
しおりを挟むそこから私はあっという間にお姫様に仕立て上げられた。
今、私が問題なく着ている水色と白色のパンツスタイルのドレスは、最初は男子生徒が着るものだったので、私にはかなり大きかった。
だが、進学科の生徒たちは、私でも着られるようにと手を必死に動かし続け、何とか形にしてみせた。
またいつもポニーテールにしている髪は、今は綺麗にまとめられており、頭には綺麗なティアラまである。
生徒たちの手によって、軽く化粧までされて、私は誰がどう見ても、〝お姫様〟になっていた。
「…う、うぅ。せ、先輩、本当にすみません…」
全ての準備を終え、舞台裏に立っていると、本当に顔色の悪い男子生徒が、泣きながら謝罪してきた。
その謝罪してきた生徒は、まさに昨日バスケ部の出し物のところにいた、あの顔色の悪い生徒で、何故彼があの時死にそうな顔をしていたのか、今になって理由がわかった。
プレッシャーに耐えられなかった生徒とは、悠里くんの後輩である、バスケ部の彼だったようだ。
「お、俺、ちゃんと裏方で先輩のサポートしますから…。本当、すみません」
泣きじゃくる男子生徒に私はポンッと肩を叩いた。
「大丈夫よ。あとは任せなさい」
「ぜ、ぜんばーい!!!!!」
力強い私の言葉に、ぶわぁ!と、また男子生徒は泣き出す。
そんな男子生徒に困ったように笑っていると、突然、舞台裏が静まり返った。
先ほどまでの喧騒がまるで嘘かのように、何も聞こえない。泣いていた男子生徒でさえも、それをやめ、ある場所に視線を奪われていた。
この場にいる生徒たちが皆、視線の先で息を呑む。
「先輩」
全員の視線を奪っていた存在、千晴は嬉しそうに私の名前を呼んだ。
いつもの金髪ではなく、ふわふわの黒髪から覗く、綺麗で美しい顔。
スラリとした高身長に、周りの目を引くモデルのようなスタイル。
ただでさえ、精巧な人形のような見た目の千晴が、白と金の王子様服を身にまとうことによって、その美しさに磨きがかかり、どこか浮世離れした存在になっていた。
私は千晴を見て、何故、急にこの場にいた全員が息を呑んだのかわかった。
私も気がつけば、周りの生徒たちと同じように千晴に視線を奪われ、息を呑んでいた。
静かに心臓が脈打つ。
何故なのかわからないが、千晴を見ていると、緊張してくる。
千晴におでこへキスされた時と同じような感覚に、私は首を捻った。
今はドキドキするような場面ではないのに、この高鳴りは一体なんなのだろう。不整脈?
「お姫様な先輩、やっぱり綺麗だね」
「…いや、綺麗なのはそっちじゃん」
どこか甘い瞳にまっすぐと見つめられて、頬が自然と熱を持つ。
「先輩は綺麗で可愛くて反則だね」
そんな私に千晴はどこか焦がれるようにそう言った。
「やっぱり、お姫様役は鉄子先輩しかいなかったねぇ」
「お似合いすぎてやばい。盗撮したい」
「末長くお幸せに」
私たちの何だかふわふわな空気に、周りの生徒たちがやっとざわざわと静かに騒ぎ出す。
そんな生徒たちを尻目に、私は千晴との距離を詰めた。
「千晴、わかってるね?絶対成功させるよ」
トンッと千晴の胸に握り拳を軽くぶつける。
すると、千晴はその綺麗な瞳を緩めた。
「もちろん、絶対最優秀賞取るからね、先輩」
*****
舞台袖には一年進学科の生徒たちが、舞台前にはたくさんの生徒たちや外部からのお客さんがいる。
そんなたくさんの人が見守る中、今年、我が校の文化祭の中で、最も注目されている舞台、〝白雪王子〟が始まった。
「昔々、あるところに、雪のように白い肌から、白雪と名付けられた王子様がいました。白雪王子は、それはそれは美しく、見るもの全てを虜にする美貌の持ち主でした」
とんでもなくハードルを上げられたナレーションの中、舞台上へとだるそうに千晴が立つ。
その瞬間、わぁ!と会場が一気に沸いた。
スポットライトを一身に受ける千晴は、どこか気だるげでも、絵になり美しかったのだ。
さらに黙っていれば、絶世の美人だということも味方し、千晴をいつもの〝怖い〟存在として見る観客はいなかった。
「…き、綺麗」
「や、やばい…」
「す、好きぃ」
観客の感嘆の声が、舞台袖にまで聞こえてくる。
その声に舞台袖にいた生徒たちは皆、何故か自分のことのように、誇らしげな顔をしていた。
その中には、「今年の最優秀賞はうちに決まりね」と小さく笑っている生徒までいる。
始まったばかりで、そう確信するのは、いささか早計だとも思うが、注目度、観客のリアクションを見れば、そう言ってしまえるのも頷けた。
その後、舞台白雪王子は問題なく進んでいった。
そしていよいよ、ラストシーン、お姫様役である、私の出番がやってきた。
「白雪王子が深い眠りについたある日のこと。白雪王子の前に1人の人物が現れたのです」
このナレーションこそが、私が舞台上へと出る合図だ。
この日まで千晴の練習に付き合ってきたので、流れは完璧に入っている。
だが、まさか自分がお姫様役として、あの注目の中に出ねばならないとは、夢にも思っていなかったので、さすがに緊張した。
すぅ、と息を大きく吸い、自分を落ち着かせる。
そんな私に「が、頑張ってくださいっ」と、必死にエールを送る、お姫様役だった男子生徒の声が耳に入った。
ーーーやるぞ。
意を決して、カツンッと床を踏み締める。
それから舞台上へと出た私に、パッとスポットライトが当たった。
一瞬だけ、私の登場に会場が静寂に包まれる。
「て、鉄子ぉぉぉお!!!??」
しかしそれはほんの一瞬で、すぐに誰かがそう興奮したように叫んだ。
そしてそれを皮切りに、会場は驚きと興奮に包まれた。
「ええ!?まさかのクラス外から!?」
「しかも鉄子って!」
「怖いけど美人だもんな!」
「千晴くんの相手なら確かに鉄子先輩しかいないよね!」
舞台上にもはっきりと聞こえてくる観客の様々な声に、思わず苦笑いを浮かべる。
とりあえずは歓迎されているようで何よりなのだが、本人の目の前でそのまま鉄子と呼ぶとは。
鉄子呼びには慣れているけれども。
期待と好奇の視線に晒されながらも、ゆっくりと千晴が眠っている棺桶へと向かう。
ぎこちなくならないよう、私は意識して、鬼の風紀委員長モードになった。
このモードになれば、私は無敵だ。
少々のことでは、緊張しないし、強くいられる。
それでも、この多すぎる注目の視線は、私の足を緊張のツルで縛った。
一歩、一歩、確実に進んでいるのだが、その一歩がとても重い。
…大丈夫。大丈夫だよ、私。
そう、必死に言い聞かせながらも、ふと、観客席の方へと視線を向ける。
すると、その中で輝く存在を見つけた。
観客席の真ん中辺りで、心配そうに、けれど、応援するように優しい瞳で私を見る悠里くんと目が合う。
期待の眼差しの中で、悠里くんの瞳だけは、私を案じていた。
なんて優しくて、心地のいい視線なのだろうか。
私と目が合ったことに気がついた悠里くんは、口パクで何かを言っていた。
きっと頑張れ、と私に激励を贈ってくれているのだろう。
推しが応援してくれている。
やれる。やれるよ。
足に絡まっていた緊張のツルがするすると取れていく。
私は先ほどとは違い、軽くなった足で、ついに千晴の元へと辿り着いた。
あとは台本通り動くだけだ。
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