49 / 108
49.お姫様にキスを。
しおりを挟むまずは観客に背を向けて、両膝をつくと、私は千晴が眠っている棺桶を覗き込んだ。
「お姫様は白雪王子を見て思いました。何と、美しい方なのだろう、と」
ナレーションは止まることなく、予定通り進んでいく。
そのナレーションに合わせて、改めて、私はじっと千晴を見た。
色とりどりの花に囲まれて眠る千晴は、どこか幻想的で儚かった。
正直棺桶内は観客席からはあまり見えない。
ここまで精巧に作られているのは、きっとクラスメイトたちの趣味からなのだろう。
長いまつ毛が白い肌に影を落とし、その可憐さに拍車をかけている。
相変わらず、黙ってさえいれば、美しい子だ。
千晴の美しさに見惚れながらも、私は練習通り、棺桶の蓋に手を置いた。
それからゆっくりと、千晴に顔を近づけた。
キスをするフリをするだけ。
わかっているのに、心臓が早鐘を打つ。
どんどんそれはスピードをあげ、今にも壊れてしまいそうだ。
照れるところではない。これは演技だ。
そう言い聞かせて、目を閉じた。
頬に熱を感じながら。
「そしてお姫様は白雪王子にキスを落としました」
ナレーションに合わせて、キスをするフリをし終え、ゆっくりと顔をあげる。
今の体勢が観客に背を向けるもので良かったと、心の底から思う。
きっと今の私の顔は、真っ赤で、人様には見せられない。
「すると、何ということでしょう。呪いが解け、白雪王子が目を覚ましたのです」
それから今度は千晴が、ナレーションに合わせて、ゆっくりと上半身を起こした。
「素敵なお方、どうか私と結婚を…」
そんな千晴の手を取り、私は続ける。
しかしナレーションの途中で、何故か千晴は私に迫ってきた。
吐息が当たる、そんな距離。
そこからまっすぐと千晴に私の瞳を覗かれて、ゆっくりと私の唇に千晴の唇が重ねられる。
私のおでこにも触れた、あの熱だ。
「…っ!」
キスされた。
数秒して、私はやっと状況を理解した。
一瞬だけ触れた唇は、熱を帯びたまま、名残惜しそうに離れていく。
「「「ぎゃ、ぎゃああああ!!!!!」」」
次に会場を包んだのは、殺人事件でも起きたのではないか、と思うほどのとんでもない叫び声だった。
間違いなく、数名は倒れているのでは?と、心配になる熱を背中に確かに感じる。
この千晴の突然の行動に、ここまで予定通り進められていたナレーションも、さすがに止まってしまっていた。
そして私は顔を真っ赤にして固まっていた。
千晴は満足げに私を見て、舌をぺろりと舐めている。
その姿にまた会場がとんでもない叫び声をあけだ。
「お、おおお、王子は!白雪王子は!キ、キスで!お姫様の気持ちに答えたのでした!末長くお幸せに!2人は結婚します!」
興奮気味にアドリブを効かせたナレーションが会場中に響き渡る。
「おめでとう!白雪王子!」
「ありがとう!ありがとう!」
「最高だった!」
それから観客たちはスタンディングオベーションでその感動を叫び、幕はゆっくりと下ろされていった。
幕が下ろされた後、私は顔を真っ赤にしたまま動けないでいた。
…キスされた。
千晴にキスされた。
頭の中でただただその事実がぐるぐるぐるぐると回る。
「おーい、せんぱーい?」
「…」
「せ、ん、ぱ、い」
「…」
「もぉ、もう一回しようか?キス」
「…」
千晴が楽しそうに何か言っているが、よく理解できない。
今、何て言った?
もう一回しようか?キス?
「ダメダメダメ!何考えんの!」
やっと意識が覚醒した私は、今まさにまたキスをしようとしていた千晴の口を両手で押さえた。
そんな私に「えぇ」と千晴は残念そうにしている。
全く油断も隙もない!
「というか!おかしいでしょう!?あんなの台本になかったじゃん!?」
「なかったね」
「なのに何で台本にないことするの!?」
怒る私に、千晴は変わらず楽しそうで、ますます腹が立ってくる。
飄々としている千晴には、全く反省の色がない。
そもそもここで反省するやつがあんなところでキスなんてしないだろうが。
千晴を鬼の形相で睨み続ける私に、千晴は何でもないように言った。
「だって、ああした方が盛り上がるじゃん。これで最優秀賞、確定でしょ?」
「そういう問題じゃない!」
一発どころか二発、三発と殴ってやりたい気持ちをぐっと抑えて、千晴をとにかく睨む。
「いい?千晴?世の中にはやっていいことと悪いことがあるの。今のキスはどう考えてもやってはいけないことだった。最優秀賞が取りたいからってやるべきことじゃなかった」
それから私は一旦深呼吸して、感情に任せて怒鳴ることをやめた。
冷静に問題を千晴に伝えることにした。
だが、それで伝わる千晴ではなかった。
それで伝わってしまえば、今の千晴はいない。
「普通に悪いのは先輩の方じゃない?先輩が可愛すぎるのが悪い」
「は?」
無表情に自分は悪くないと主張し始めた千晴に思わず、間の抜けた声が出る。
何を言っているんだ?コイツ?
「あんな可愛いキス顔見せられて、我慢するとか無理だから」
「はぁ?」
何故か私を責め始めた千晴に、呆れてしまう。
私に責められる要素なんて、一つもないのに。
「先輩が悪い。可愛すぎる」
「それはおかしいでしょ!?」
変なことを言い始めた千晴が、私の肩に両腕を回す。
急に近くなった距離にまた心臓が跳ねたが、そんなもの気にしている場合ではなかった。
「悪いのはお前じゃああ!!!」
自分の非を認めない千晴に、私はそう叫んだ。
ーーー私たちの言い合いが収まらず、恐る恐る進学科の一年生に声をかけられるまで、あと3分。
0
あなたにおすすめの小説
生まれ変わったら極道の娘になっていた
白湯子
恋愛
職業専業主婦の私は、車に轢かれそうになってた子どもを守ろうとして死んでしまった。しかし、目を開けたら私は極道の娘になっていた!強面のおじさん達にビクビクしながら過ごしていたら今度は天使(義理の弟)が舞い降りた。やっふぅー!と喜んだつかの間、嫌われた。何故だ!構い倒したからだ!!そして、何だかんだで結婚に焦る今日この頃……………。
昔、なろう様で投稿したものです。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる