推しに告白(嘘)されまして。

朝比奈未涼

文字の大きさ
59 / 108

59.ご両親、ご登場。

しおりを挟む



疲れた…。

何度も何度も繰り返される挨拶地獄に、私は1人放心していた。
この上品で煌びやかな世界は、私には非常に合わなさすぎる。
無理やり上げていた口角が痛い。
明日は確実に筋肉痛だ。



「柚子、はい」



今にも魂が抜け出してしまいそうな私に、千晴が水の入ったグラスを渡す。

…一体、いつの間に。

千晴は私から片時も離れず、私以上にたくさんのいかにも凄そうな方たちの対応をしていた。
そんな千晴が一体いつ、水入りグラスを用意してくれたのだろうか。

私の疑問の視線に気づいたのか、千晴は柔らかくその瞳を細めた。



「そこのウェイターから貰ったんだよ」

「…え」



千晴に言われて、その視線の先を辿れば、確かにそこには水入りグラスの置かれた銀のトレイを持っている男性のウェイターの姿がある。
よく見れば、ホールのあちらこちらに彼らはおり、そのトレイには水入りグラス以外にも、軽食やワインなども置かれていた。



「何か欲しければ、近くのウェイターに言えばいいよ。落ち着いてきたから向こうのビュッフェに行くのもありだし」

「…ビュッフェ?」



千晴の淡々とした説明に、自然と私の瞳は輝き出す。
忙しすぎて、全く見ていなかったが、まさかビュッフェがここにあるとは。

お金持ちのクリスマスパーティー。
しかもあの華守グループ主催。絶対にとんでもなく美味しいメニューたちが並んでいるはずだ。



「…ビュッフェ」

「あはは、柚子、わかりやすー」



しきりに〝ビュッフェ〟と呟く私に、千晴はおかしそうに笑った。

「それ飲んで落ち着いたら行こうね」と千晴に言われ、こくこくと何度も頷く。

やっと、挨拶地獄から解放され、少しでも楽しい時間がこれから始まるのだ。
そう私は思っていた。
この時までは。



「千晴」



厳格そうな低い声が、千晴の名前を呼ぶ。
水を飲むことを一旦やめ、視線を上げれば、そこには端正な顔立ちの40代くらいの男性と、これまた綺麗な男性と同世代くらいの女性が立っていた。

そこにいるだけで空気がひりつく男性は、威圧感が強く、威厳を感じる。
逆に横にいる女性は、とても小さく、まるで存在を消しているかのようだった。



「父さん、母さん」



2人を見つめ、千晴から出てきた言葉に、ああ、と妙に納得する。
ただものではない雰囲気はあったが、どうやら2人は、千晴のご両親のようだ。
確かによく見れば、千晴のお父さんの端正な顔立ちは、千晴と千夏ちゃんによく似ていたし、お母さんの可憐さは特に千夏ちゃんとよく似ていた。



「その娘がお前の選んだ婚約者か」



こちらを一瞥し、挨拶することもなく、すぐに千晴のお父さんは、真剣な顔で千晴に問いかける。
千晴はそんな厳格そうな父親相手にもいつも通りで、「うん」と軽い感じで、返事をしていた。

その返事に、千晴のお父さんが、上から下までじっくりと品定めするように私に視線を走らせる。
不躾なその視線に、嫌な気持ちになったが、そこは柔らかい笑みを浮かべたまま、耐えた。
これが今日の私の仕事だ。



「…うん。見た目は悪くない。だが、庶民の出だとか。そのような者が本当に我が華守に相応しいのか?」



片眉を上げて、疑うように、千晴のお父さんが千晴を見る。
しかし当の本人は、気にする様子などなく、淡々と口を開いた。



「誰が相手だろうと関係ないでしょ。俺は俺の力だけで、華守を大きくできるし。それに柚子は庶民の出だけど、優秀な人だよ?」



ゆるい声音だが、その中にはどこか強さもあり、千晴のお父さんは顔を明るくさせた。



「よくぞ言った、千晴。華守を受け継ぐ男はそうでないとな。誰の力も、どこの力も借りない。1人でやっていける絶対的な手腕こそ、華守に必要な力だ。お前はそれができる人間だ」

「…」



嬉しそうに笑い、ポンッと千晴の肩を叩く千晴のお父さんに、千晴は無表情のままで。
まるで親子には見えない会話に、私は1人隣で違和感を覚えていた。
とてもじゃないが、大切な我が子にかける言葉ではない。



「そこのお嬢さん…柚子さんといったか。柚子さんの成績証明書、それから諸々の資料をまた送りなさい。お前の選んだ女性のことはこちらも知っておきたい」

「わかった」



千晴の淡々とした返事を聞き、千晴のお父さんは満足げに瞳を細める。それから「では、また」とその場からさっさと去っていった。
ついに何も言葉を発さなかった千晴のお母さんは、去り際に、会釈だけしていた。

…何だあれは。

去っていく、2つの背中に、眉間にシワが寄っていく。
先ほどのあの短い会話を改めて思い返してみても、やはり違和感しかない。
まるで、自分の所有物が完璧であるかどうかを確認しているような千晴のお父さんのあの言動に、私はとても不快な気分になった。
それなのに、隣にいた母親は、我が息子に挨拶の一つもせず、ただ黙って聞いているだけで。
2人とも我が子を我が子として扱っていない、そんな印象を持った。

あんなのが両親なのか。

気がつけば、無意識に、私は千晴のスーツの袖をギュッと握っていた。



「あはは、何?柚子?早くビュッフェに行きたいの?」



先ほどの無表情で、どこか冷たかった千晴とは違い、優しく笑う千晴に胸が苦しくなる。
あんな両親なのに、千晴は本当に何も思っていないようだ。



「…違う」



何て言えばいいのかわからず、私はとりあえず、千晴の言葉を小さく否定して、視線を伏せた。

今、あの両親の悪口を言うのはきっと違う。
千晴自身は何も思っていないのだから。

けれど、千晴がどこかいつもひとりぼっちのような雰囲気を漂わせていたのは、あんな両親の元で育ってきたからなのかな、と思ってしまった。
勝手に自由に生きて、周りを困らせて、怖がらせて、1人になっているのだと、思っていたが、それだけではなかったようだ。

千晴は元々、寂しくて、ひとりぼっちだったのかもしれない。

今まで千晴には無条件に甘えられる環境はあったのだろうか。
それを許す存在はいたのだろうか。

千晴が育ってきた環境を考えれば、考えるほど、胸が重たくなっていく。

私が千晴にできることはなんだろう。
私は少なくとも、今、千晴が甘えられる存在の1人だ。今後も、先輩として、それを許してあげたい。

そこまで考えると、私は掴んでいた千晴のスーツの袖を離し、千晴の右手を両手で握った。
それから視線を上げて、まっすぐと千晴を見つめた。



「先輩として、千晴の面倒くらい見てあげるから。だから遠慮せずに甘えていいんだよ」



私と目の合った千晴が、その綺麗な目を珍しくパチクリさせる。
私からの予想外の言葉に、最初は驚いた様子だったが、すぐに状況を理解し、嬉しそうに笑った。



「それってプロポーズ?」



からかうように軽くそう言った千晴を、私はキッと睨みつける。



「違うわ!」



人が真剣に言っているのに、何、からかっているんだ!
バカ!

私に睨まれても、千晴はどこか嬉しそうで。
その笑顔に、私は心の底からホッとした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生まれ変わったら極道の娘になっていた

白湯子
恋愛
職業専業主婦の私は、車に轢かれそうになってた子どもを守ろうとして死んでしまった。しかし、目を開けたら私は極道の娘になっていた!強面のおじさん達にビクビクしながら過ごしていたら今度は天使(義理の弟)が舞い降りた。やっふぅー!と喜んだつかの間、嫌われた。何故だ!構い倒したからだ!!そして、何だかんだで結婚に焦る今日この頃……………。 昔、なろう様で投稿したものです。

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

処理中です...