推しに告白(嘘)されまして。

朝比奈未涼

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86.特別な一つ。

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「…ふぇ!?」



突然奪われた視界に、変な声を出してしまう。
しかし反射的に反撃しようとしなかったのは、その何者かが、私の推しである悠里くんだとわかったからだった。
鼻に届いた柔らかくも優しい香りが、悠里くんだと教えてくれた。

後ろから何故か抱きしめるように、悠里くんが私の目を覆い隠している。
わけのわからぬご褒美すぎる状況に、私はどうしたらいいのかわからず、固まった。



「…そんなかわいい顔、俺以外に見せないで」



悠里くんがそう私の耳元で囁く。
懇願するような切なげな声に、私の心臓は小さく跳ねた。

か、かわいい…?
私の今の顔が…?
怒りで震え上がっている般若顔が…?

バクバクとうるさい心臓をなんとか抑えて、平然を装う。
すると、私の耳にどこか暗く、けれども甘い声が届いた。



「柚子の彼氏は誰?」

「え、あ、ゆ、悠里くんです…」



悠里くんからの予想外な質問に、あたふたしながらも、私は何とか答える。
そんな私に悠里くんは続けた。



「柚子が一番好きなのは?」

「ゆ、悠里くんです」

「…うん、そうだよね」



ぎこちなく頷いた私の耳に、悠里くんの柔らかな声が入る。
それからゆっくりと私の目を覆っていた悠里くんの手が離された。

視界が戻ったと同時に、今の悠里くんの様子が気になって、後ろを振り向く。



「…?」



そして、視界に入った悠里くんに私は首を傾げた。

こちらをまっすぐと見つめる悠里くんが、どこか仄暗い瞳で、優しく笑っていたからだ。
その表情が何故かとても辛そうで、胸がざわついた。

どうしたんだろう…?

推しの原因不明の異変に、不安が広がっていく。

どうしたの、と今まさに聞こうとした、その時。
悠里くんはいつもの優しい笑顔を私に浮かべた。
まるで先ほどの今にも消えてしまいそうな笑顔が嘘かのように。



「それで華守が言ってたこと、詳しく聞いてもいいかな。なんで華守の家でチョコ作ったの?なんで華守にもチョコをあげたの?それも俺よりも先に」



あれ?
怒っていらっしゃる?

いつも通りの笑顔に見えた悠里くんから、何故か見えない圧を感じて、目をぱちくりさせる。

き、気のせいかな…。悠里くんが怒る要素なんてないし…。

よくわからない怒りを感じながらも、私はあくまで冷静に説明を始めた。



「…悠里くん、バレンタインは私の手作りがいいって言ってたでしょ?でも、私の手作りなんて悠里くんにあげたら、最悪悠里くんが三途の川を見ることになるって、私、ずっと悩んでたんだよね。そしたら千晴が提案してくれたんだ。千晴の妹ちゃんの千夏ちゃんと一緒にチョコを作ればって」



そこまで言って、改めて悠里くんを見てみる。
すると悠里くんの笑顔からあの圧がほんのり和らいでいる気がした。
そもそも圧を感じていることさえも、気のせいな気がしてきた。

…うん、きっと気のせいだ。
優しい悠里くんに限って、私に謎の圧をかけるなんてあり得ない。
私の勘違いで決まりだろう。

やっと気づいた自分の勘違いに、私はほっと一息ついた。
それから冷静なまま続けた。



「千夏ちゃんのおかげで失敗することなく、健康面でも被害の出ないチョコができたの。だからぜひ、食べて欲しいな。そのお礼で千晴にもチョコをあげたんだよ」



ついに全てを伝え終え、悠里くんに柔らかく笑う。
そんな私に悠里くんは「…なるほど」と納得したように神妙な顔つきで頷いた。
そして少し考えてから、どこか言いづらそうに、ゆっくりと口を開けた。



「ごめん、俺、かっこ悪いこと言うんだけど、本当は一番に柚子の手作りチョコが食べたかったんだ。できれば、俺だけが食べたかった。誰にも食べさせたくなかった」



寂しそうに笑い、気まずそうに視線を伏せた悠里くんに、ドキューン!と心臓が射抜かれる。

で、出た…、ラ、ラブテロリストだ…。

悠里くんが今まさに嫉妬しているのだと思うと、辛そうな姿に胸が痛くなるが、その愛らしい独占欲に、ついときめいてしまった。
苦しんでいる相手にときめくなんてあり得ないし、言語道断だというのに。



「ご、ごめんね、悠里くん。そうとは知らずに、私…」



気持ちを切り替えて、私は悠里くんに申し訳なさそうに眉を下げる。
だが、悠里くんはそんな私を責めることなく、私と同じような表情を浮かべた。



「いや、謝らないで、柚子。俺が勝手に嫉妬しているだけだから」

「あ、謝るよ…。私なんかが悠里くんを煩わせるなんて許されないよ」

「なんかじゃない。柚子は俺の大切な彼女。大切だからこそ、煩わされるんじゃん」

「は、は、はぅあ…」



真剣な顔で、だが、どこか焦がれるようにまっすぐと私を射抜く悠里くんに、思わず変な声で返事をしてしまう。
良すぎて悠里くんのことを直視できない。
一体、いくら払えば、〝大切な彼女〟と毎日言ってもらえるのだろうか。
そういうサブスクはないのか。
悠里くんに〝大切な彼女〟と言ってもらえるサブスクが。

もう悠里くんしか見えなくて、ふわふわと夢心地でいると、「ねぇ」と面白くなさそうな千晴の声が私の耳に辛うじて入ってきた。



「俺もいるし、なんならここ下駄箱前だからたくさんの生徒もいるんだけど。公衆の面前で2人だけの世界にならないでよ」

「…っ!!!!」



千晴の指摘に、私は慌てて意識を覚醒させる。
それから急いで周りを見れば、全員がサッと私から視線を逸らした。
つまり、逸らす前はこちらを見ていたということだ。

な、な、な、何ということだ!
生徒の目がある場所で、悠里くんに骨抜きにされてしまうとは!
泣く子も黙る、鬼の風紀委員長として、真面目な姿をなるべく見せようと普段から意識しているのに!
これでは推し活に勤しむ、ただの女子高生ではないか!
推し、恐ろしい!



「い、行こう!悠里くん!帰ろう!じゃあね、千晴!」



これ以上、恥ずかしい姿は見せられない、と慌てて、私は声を上げる。
そのままギクシャクしながらも、千晴に手を振ると、千晴は何故かどこか愛おしそうに柔らかく微笑み、「じゃあね、先輩」と言った。



「華守」



そんな千晴を悠里くんが真剣な声で呼ぶ。



「…確かに柚子の最初の手作りチョコを食べたのは華守かもしれないけど、柚子が初めて本命に渡す手作りチョコを食べられるのは俺だから」



それから悠里くんは強い瞳で、そう千晴に言い放った。
千晴は何も言わないが、どこか面白くなさそうだ。
睨み合っているようにも見える2人に、私は頷いた。



「確かにそうだね」



淡々とした私の言葉に、悠里くんは嬉しそうに瞳を細め、千晴は不愉快そうに眉をひそめた。
正反対な2人に、私は2人の相性はやはり最悪だ。会わせない方が絶対にいい。と思ったのだった。



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