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94.沈む心。
しおりを挟むその日の放課後。
私は1人、風紀委員室で頭を抱えていた。
もう風紀委員の仕事は終わっている。
ここにいる必要はない。
だが、私はここから動けずにいた。
「…はぁ」
本日何度目かわからないため息が私から漏れる。
ふと窓に視線を向ければ、オレンジ色に染まった空が見え、時間の流れを感じた。
別れを…本当の気持ちを…私は結局、悠里くんに言えなかった。
朝、体操服を返した時も、昼、一緒に昼食を食べた時も、校内でたまたま会った時も。
いつでも言える機会はあったというのに。
言おうとするたびに喉の奥が熱くなって、言葉が出なかった。
今この瞬間も、悠里くんは私と真剣に向き合い、まっすぐとした好意を抱き、私の彼氏でいてくれている。
そんな悠里くんを黙ったまま、裏切り続ける私は、なんて最低なのだろう。
ーーー言う、言う、絶対に言う。
心の中で何度も何度も言い聞かせるようにそう呟き、荷物をまとめると、私はやっと風紀委員室から出た。
*****
いつもより早く委員会活動が終わったため、帰るまでまだまだ時間がある。
普段なら図書室で本を読んだり、教室で勉強したりするところなのだが、今日の私は気がつけば体育館の扉の前に立っていた。
まるで何かに引き寄せられたかのように。
開け放たれた扉の向こうでは、もちろんバスケ部が部活をしている。
部員たちの声やボールの弾む音、床を蹴る音を耳に、私は体育館内をただぼんやりと見つめていた。
「て、鉄子だ…」
そんな突然現れた私の存在に気がついたバスケ部の1人が、持っていたボールを落とし、驚愕の表情を浮かべる。
そしてこの声を皮切りに、体育館内にざわめきが広がった。
「彼氏を見に…?」
「いや、偵察じゃね?」
不思議そうに首を傾げる者もいれば、緊張の色を浮かべている者もいる。
私を見つけた部員たちは、様々なリアクションをしていたが、その瞳には私への〝恐怖〟が確かにあった。
正直、慣れたものなので、特になんとも思わないが。
「柚子!」
しかしその中で、悠里くんだけは違った。
私を見つけて、こちらに微笑む悠里くんの瞳には、嬉しさと好意があった。
他の人とは違う視線。
私を鬼の風紀委員長ではなく、普通の女の子として見て、愛してくれている視線。
あの視線に射抜かれるたびに胸が苦しくなる。
私は悠里くんと同じではなかったのだ、と。
悠里くんは周りの部員に軽く声をかけると、わざわざこちらまで駆け寄ってきてくれた。
「今日、委員会早く終わったの?」
「うん」
いつもの優しい笑顔で悠里くんに問いかけられて、私はなんとか笑顔で頷く。
…いつも通りを演じなくては。
悠里くんにとっては今日も何でもない一日だったのだから。
だが、悠里くんは何かを察したのか、その顔から笑顔を消した。
「…もう少しで終わるから待ってて。ここで」
気づかうように私の瞳を覗き、ぽんっと私の頭に悠里くんが軽く触れる。
暖かいその瞳と優しい大きな手に、私の心臓はドクンッと跳ねた。
私の推し、本当に好きだったの。
恋だと思ってたの。
いつものように速くなる鼓動に、泣きそうになる。
そんな私を悠里くんは心配そうに見つめると、頬を優しく撫で、離れ難そうにコートへと戻っていった。
悠里くんが触れてくれた、頭に、頬に、悠里くんの熱が残っている。
その熱を感じながら私はおずおずと再びコートへと視線を向けた。
バスケ部はどうやら試合をするらしい。
赤と青のビブスを着た部員たちが、コート内でそれぞれの位置についている。
その中で青のビブスを着ている悠里くんは、誰よりも光輝いて見えた。
…やっぱり、眩しくて、尊くて、かっこいい。
気がつけば、私は悠里くんだけを目で追っていた。
チームメイトからボールを受け取り、シュートを放つ悠里くん。
相手のディフェンスをものともせず、華麗に抜き去る悠里くん。
難しい位置にいるチームメイトに、難なくパスをする悠里くん。
さすが我が鷹野高校のエースと呼ばれているだけあり、大活躍だ。
何をしても完璧で素晴らしい悠里くんに、私はふわふわと夢の中にいるような心地になった。
やっぱり、かっこいい。
好き。
けれど、この想いは恋ではない。
芸能人やアイドルを見て抱く感情と同じだ。
〝恋〟と〝憧れ〟。
こんなにも違うのに、どうして私は今まで気づかなかったのだろうか。
なんて鈍くて愚かなのか。
鈍くて、愚かで、何も知らなかった自分が憎い。
悠里くんへのときめきを感じるたびに、私の胸は締め付けられ、苦しくなっていった。
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