推しに告白(嘘)されまして。

朝比奈未涼

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95.それでもいい。

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バスケ部の部活終了後。
私たちはいつものように並んで街を歩いていた。

最近少しずつ長くなり始めた日差しに、街はまだオレンジに染められたままだ。
そんな街には私たちと同じように帰路に着く人で溢れていた。

付き合い始めた頃は一緒に帰ることさえも、頭になかった。
少し経って一緒に帰るようになってからも、今のように頻繁には一緒に帰っていなかった。

けれど、少しずつ私たちの距離は縮まり、付き合うということを根本から理解し、本当の意味で結ばれた後、私たちは気がつけば、ほぼ毎日一緒に帰っていた。

私たちは確かに両思いだった。
私が何も知らなかったせいで。

沈み続ける胸の内に引っ張られるように、自然と視線が下へと落ちる。
するとそんな私に悠里くんはふと、明るい声で言った。



「柚子、ちょっと寄り道しない?」



悠里くんのお誘いに、視線をあげ、悠里くんを見る。

明るい夕日に照らされて輝く悠里くんは、何よりも眩しくて、恋ではなかったと自覚しても、尊い。

私は考えるよりも先に「うん」と頷いていた。



「じゃあ、行こっか」



私の返事に悠里くんが嬉しそうにその瞳を細める。
それから悠里くんは私の手を優しく取ると、リードするように歩き始めた。

悠里くんの私よりも太く、しっかりとした指が、私の指に絡む。
ただ握られたのではなく、優しく絡まれた指に、私の心臓はまた跳ねた。

…ずるい。こんなの反則だ。

頬に熱を感じながら私はただただ悠里くんと共に歩いた。



*****



悠里くんに連れられてやって来たのは、街から少し歩いたところにある川辺だった。
夕方の川辺には、帰路についている様子のサラリーマンや、犬の散歩をしているおじいさん、遊んでいる子どもなど、さまざまな人がいる。
それぞれが思い思いに過ごす川辺で、私たちは適当な場所に座った。

そしてそんな私の膝には、悠里くんの長袖の練習着がかけられていた。
ここに座る時に悠里くんが「これ、使って?」とスマートに鞄から出して、かけてくれたのだ。
最初はあまりにも恐れ多すぎて「大丈夫です!」と何度も何度も断りを入れたのだが、悠里くんに押されて、結局私は練習着を借りていた。



「部活の最初に着てたやつだから汗は大丈夫…だと思う」



未だにおろおろしている私に、悠里くんが少しだけ眉を下げて笑う。
その笑顔があまりにも眩しくて、私はつい反射的に瞳を細めた。

んん、好き。

思ってはいけない感情がまた溢れて、胸が苦しくなる。
私はなんて最低なのだろうか。

自然にまた下がってしまった視界に、悠里くんの練習着が入る。
見覚えのあるこれは、私がクリスマスの時に悠里くんにあげたものだった。
今でも大切に使ってくれていると思うと、嬉しくなると同時に辛くなる。
いろいろな感情が押し寄せて、ぐちゃぐちゃになった感情に、私はギュッとまぶたを閉じた。



「柚子、これあげる。食べて」



私の隣に座る悠里くんが、そっと私に何かを差し出す。
なんだろう、と悠里くんの手を見れば、そこには小さなチョコがあった。



「…ありがとう」



それを受け取って、口に入れる。
すると、口いっぱいに甘くて少しほろ苦いチョコの味が広がった。



「美味しい…」



感じる甘さに、頬が緩む。
今日初めて、自然と笑えた気がする。

柔らかくなった私の雰囲気に、悠里くんはホッとしたように口元を緩めた。



「…よかった。疲れた時とか落ち込んでいる時に、ここの景色を見ながら、のんびりチョコを食べるのが、俺のルーティンなんだ」



私にかけられた優しい声音に胸が熱くなる。

私の推しが最高に優しい。
最高の彼氏すぎる。
きっと理想の彼氏総選挙inワールドが開催されたらぶっちぎり一位を獲得できるだろう。

悠里くんがこんなにも完璧で優しい彼氏でいてくれるのは、私のことがちゃんと好きだから。
私はそれを痛いほど知っている。

けれど、私は悠里くんと同じではない。
推しとして、悠里くんのことが好きなのだ。

…最低だ、私。

苦しいほどの罪悪感が押し寄せて、息の仕方がわからなくなる。
目の奥に熱が集まり、今にも涙が溢れそうだ。
だが、私には泣く資格はない、と私は何とかそれを堪えた。



「柚子、どうしたの?何かあった?」



悠里くんの指先がそっと私の目尻に触れる。
壊れものを扱うように優しいその指先に、私は大きく目を見開いた。
それから視線を伏せると、溜まっていた涙が自然とこぼれ落ちた。

言わなければならない。
例えそれが悠里くんを傷つける言葉だとしても。
言うならきっと今しかない。

黙って泣き始めた私の涙を優しい手つきで拭いながら、「柚子?」と悠里くんが心配そうに呼ぶ。

そんな優しい悠里くんに、私はついに意を決して、ゆっくりと口を開いた。



「…私、ずっと悠里くんのこと好きだと思ってたんだ」



やっと私から出た声は弱々しく、震えている。



「だから…。だから…悠里くんの彼女になったの。だけど、本当は、違ったんだよね。私の好きは恋じゃなかった…」



ーーー嘘から始まった私たちの関係。
けれど、今の関係は嘘ではなく、本当で。
誰よりも優しく、私に甘くも温かい好意を向けてくれている悠里くん。
そんな悠里くんを裏切り続け、これから傷つける言葉を言わなければならないと思うと、顔を上げられない。

それでも私は続けた。



「…私が悠里くんに向けていたものは憧れだった。悠里くんと同じじゃなかったの」



やっと吐き出された私の悲痛な声に笑えてしまう。
私じゃなくて、辛いのはきっと悠里くんなのに。



「…別れよう」

「え」



ポツリと出た私の言葉に、悠里くんが反応する。
その声には、なぜ?という、純粋な疑問があった。

逆に何故、そんなにもいつも通りの声音なのか。
何故、傷ついている素振りさえも見せないのか。

不思議に思って、思わず顔を上げ、悠里くんを見る。
すると、いつもの優しい笑顔で、困ったようにこちらを見ていた悠里くんと目が合った。
いつもと同じはずなのに、一瞬、まるで笑顔の仮面でもつけているかのようだと思ってしまったのは、私の気のせいなのだろうか。



「柚子は俺のこと好きなんだよね…?」



甘い熱を宿した瞳で、悠里くんがまっすぐと私の瞳を覗く。
私の視界を支配した尊い存在に、私は息を呑んだ。



「…す、好きだよ。…でも、この好きは悠里くんとは違う好きだから。…憧れだから。だから、私たちは別れるべきで…」

「いいじゃん、別に。別れなくても。同じじゃなくても、お互いのことを想い合っているのには変わりないんだし」

「…それでもダメなんだよ」



痛む胸を必死に抑えながら、私はなんとか悠里くんの言葉を否定し続ける。
困ったように眉を下げる悠里くんに、どうしても頷くわけにはいかない。
それが例え、何よりも優先すべき世界一尊い存在、推しであっても。



「今はよくても悠里くんはきっといつか傷つくよ?それに今も傷ついているはずだよ。私は悠里くんに傷ついて欲しくないし、笑顔でいてほしいの」



強い意志を胸に、私はそう訴える。
その時、ふわりと私たちの間に、柔らかくも、少しだけ冷たい風が吹いた。

風が悠里くんのサラサラの黒髪を揺らしている。
その黒髪の隙間から覗く瞳が、ここにきて初めて辛そうな色を帯びた。

…ほら、やっぱり。

いつも通りに見えていた悠里くんのわずかな変化に気づき、ズキッと胸に鈍い痛みが走る。
私は悠里くんを傷つけたくなかった。
ずっと笑っていて欲しかった。
私が全部悪いのだ。

改めてもう一度、別れを切り出そうと、口を開く。
…が、私の口から別れの言葉が出るよりも早く、悠里くんが言葉を紡いでいた。
とても苦しげに微笑みながら。



「これからも俺は傷つくかもしれない。苦しいかもしれない。けど、それでも一緒にいたいんだ」



今にも壊れそうな脆さがそこにはあって。
夕日に溶けて消えてしまいそうな悠里くんに、胸騒ぎがした。
今、目の前にいる悠里くんはもう普段の悠里くんではない。
そう直感的に感じた。



「ごめん、柚子。俺、柚子のこと離してあげられない」



悠里くんが暗い瞳を柔らかく細めて、ふわりと笑う。
笑っているのに、泣いているようなその表情に、私はどうしたらいいのかわからなくなった。
ただここで、こんなにも苦しげな悠里くんを突き放すことなんて、私にはできなかった。



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