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104.胸の熱。
しおりを挟む朝の散歩後、朝食を食べ終え、合宿最終日が始まった。
合宿最終日も一日目とやることは同じだ。
一人一人に配られたプリントを、ただひたすら解いていく。
それを一日目と同じように悠里くんの隣で集中していると、二年生の部屋に何故か我が物顔で千晴が現れた。
そして私の隣に、当然のように座ってきた。
悠里くんと二人で使っていた机は、二人で使うにしてはかなり広く、全然千晴がいても問題はない。
だが、それでも、広さ以外の問題があった。
千晴と悠里くん、この二人の相性が何故かとんでもなく最悪なのだ。
二人に挟まれた私は、奇しくも地獄の空気の中で勉強をすることになった。
私にだけ話しかけ、互いを無視し、時には互いに険悪な雰囲気をまとい、睨み合う。
この二人の仲を取り持つことなど、今までの経験上、到底無理だと知っていた私は、苦笑いを浮かべ、ペンを走らせた。
たまに見ていられなくて、二人の間に入った時もあったが、私が間に入った一瞬だけ空気が和らぐだけで、地獄の空気は続いた。
寝不足と地獄の空気による気疲れと昨日の合宿からの疲れ。
本当は最後の一つだけが、今日に響いてくるはずだった。だが、いろいろあったおかげで、想定以上の疲労感が最後の最後に私を襲っていた。
そして夕方。
ついに勉強合宿は終了し、私たちはバスで学校へと戻っていた。
さまざまな疲れで、疲労困憊になっている私の横には、今は千晴だけがいる。
悠里くんは学校に到着後、バスケ部が部活をしていたようだったので、そちらの方へと行っていた。
その為、何となく流れで、どうやら今日は電車らしい千晴と共に、駅へと向かうことになった。
私と千晴。
二人で並んで校庭を歩く。
校庭内には、私たちのように合宿を終えた生徒たちや部活をしている生徒たちがおり、まだまだ活気で溢れていた。
そんな賑わいの中で、私はふと、隣を歩く千晴を見た。
夕日に照らされて、キラキラと輝いている目を惹くふわふわの金髪。
そこから覗く、まるで精巧に作られた人形のように美しい顔。
千晴越しに見える咲き始めた桜は、そんな千晴を余計現実離れした存在にさせていた。
私の視界に入るもの全てが美しく、思わず息を呑んでしまう。
本当に見た目だけなら千晴は完璧で絵になる男だ。
…動いてしまえば、いろいろとボロが出てしまうが。
マイペースで我が道を進み、誰の言うことも聞かない。
そんな千晴にどれほど振り回されてきたことか。
今日も私の推しである悠里くんに嫌な態度を取っていたし。
「…はぁ」
今日の千晴と悠里くんの地獄の空気を思い出し、私からまたため息が漏れた。
「なぁに?」
そんな私に気がついたのか、千晴はこちらの気も知らずに、ふわりと緩く笑う。
その柔らかい微笑みに、じんわりと胸が暖かくなり、私の考えとは裏腹に、何でも許してしまいたくなってしまった。
どこかで好きになった方が負け、と聞いたことがあるが、こういうことなのだろうか。
何度注意しても直さない校則違反も、私の推しである悠里くんへの態度も、許されるものではない。
それでも嫌いにはなれず、憎めないのは、千晴を好きになってしまったからなのだろう。
それが私はとても悔しい。
「何でもない」
千晴にこの気持ちを悟られまいと、ふいっと千晴から視線を逸らし、いつも通りを装う。
しかし、そんな私の頬に千晴の無言の視線が刺さった。
それもずっと。
…視線が痛いとはまさにこのことである。
「「…」」
お互いに一言も喋らず、足を進める。
普段なら別に沈黙が続いても気になるタイプではないのだが、千晴の私を責めるような視線に、今日は気まずさを感じた。
私がだんまりを決め込んだことによって、しばらくその気まずい空気が私たちの間に流れる。
千晴を見なくとも、千晴の不満が痛いほど伝わってくる。
…あぁ、もう!
「…千晴のこと考えてたの。手のかかる厄介な後輩だな、て」
沈黙と千晴の痛すぎる視線に耐えきれず、ついに私は観念したように口を開いた。
〝好き〟という感情だけは伝わらないように言葉を選びながら。
すると千晴は「はは」と軽く笑った。
それからいつもと変わらない飄々とした態度で、私に問いかけた。
「手のかかる厄介な後輩は嫌い?」
確かにいつもと同じはずなのに、その瞳にはどこか焦がれるようなものがあり、真剣だ。
切実にも見える千晴に、私は愛おしさが溢れて、思わず口元を緩めた。
「嫌いなわけないじゃん」
じっと千晴を見つめて、本音を口にする。
「だから厄介なの」
そして困ったように眉を下げた。
千晴のことが、私は好きだ。
私が元々知っていた推しに抱いていた〝好き〟という感情と、今、千晴に抱いているこの感情。
二つの感情は似ているようで、全然違うものだった。
だから最初は、千晴に抱くこの感情がなんなのかよくわからなかった。
だが、あの雨の日。
千晴に想いを伝えられて、やっと好きという気持ちの本質がわかったのだ。
温かい気持ちだけではない。
好きすぎて、胸が締め付けられる。
熱くて、甘くて、焦がれて、それでいて、苦しい。
それが恋であり、愛だ。
そう今はわかっていても、私はそれを千晴に言うつもりはなかった。
私は千晴を一度、振っている身だ。
そんな私が千晴に想いを伝える権利などないし、そもそも千晴のことを想っていることは事実だが、付き合いたいとまでは今は思わない。
それに私は昨日まで、悠里くんのことが推しとしてだが確かに好きで、悠里くんと付き合っていた。
今、千晴と付き合う選択をするということは、千晴と付き合う為に、悠里くんと別れたみたいで嫌なのだ。
なので、今はただこの感情を胸の奥底で感じるだけで十分だった。
千晴から視線を逸らし、校庭内へと視線を向ける。
温かく焦がれる感情、やっと知ることのできた恋心を胸に、ただ私は歩みを進めた。
ーーーーその時。
私の耳に千晴の甘く、悩ましげな声が届いた。
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