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108.告白。
しおりを挟む千晴によって連れて来られた場所は、風紀委員室だった。
誰もいない風紀委員室には、基本鍵がかかっており、風紀委員のみしか開けられないようになっている。
風紀委員長ではなくなり、もう半年。
私は久しぶりに風紀委員室へと足を踏み入れていた。
何故、風紀委員でもなんでもない千晴が、ここの鍵を持ち、開けられたのかは、この際、目をつぶろう。
千晴のことだ。
おそらく持ち前のマイペース&強引さで、鍵を入手したのだろう。
鍵を持っていた誰かに同情してしまう。
小さな教室のような風紀委員室の奥には、普通の教室と同じように窓が並んでいる。
その窓から見える空は清々しいほど青く、校庭にはたくさんの生徒たちが小さな輪になって、まだ別れを惜しんでいた。
窓いっぱいに広がる景色に、懐かしさを感じる。
風紀委員であった約2年半、私はいつもここの景色を見てきた。
それも、今日で最後だ。
感傷的になりながらも、ゆっくりと懐かしい風紀委員室を歩く。
一歩、また一歩と進んでいくうちに、つい昨日までここにいたかのような感覚に陥った。
そして気がつけば、私は窓際にいた。
そのまま無意識にゆっくりと窓に手を伸ばしたーーその時。
後ろから私に大きな影が落ちた。
「先輩」
いつの間にか私のすぐ後ろにいた千晴が、柔らかい声音で私を呼ぶ。
その声に私の視線は、自然と窓から千晴へと移った。
二年間、私を散々悩ませてきた校則違反の金髪が、まず目に入る。
ふわふわの柔らかそうなそれは、太陽の光が当たらない室内にいながらも、私にはキラキラと輝いて見えた。
そこから覗く顔は、まるで精巧に作られた人形のように一切の欠点がなく、美しい。
通い慣れた教室に、いつものように千晴はいた。
放課後、私に会いにいつもここに来ていた千晴。
ここで千晴の反省文の監督を何度もしたこと、私の邪魔をする千晴を叱りつけたこと、他愛のない会話をしたことなど、いろいろな千晴とのことが走馬灯のように頭に流れる。
いつから千晴を好きになっていたのだろう。
気づいたのは一年前だったが、きっともっと前から私は千晴に惹かれていた。
「先輩、もう卒業しちゃうね」
「うん」
「明日からもう会えないね」
「…うん」
千晴がどこか寂しげに私を見る。
千晴の言葉に、瞳に、私にも寂しさが押し寄せた。
ここに私は明日はいない。
ここに来ればいつでも会えた人たちと、もう明日には会えなくなる。雪乃にも、悠里くんにも。
ーーーそれから千晴にも。
それが寂しくて寂しくて、まだ来ていない明日に喪失感を感じた。
「…俺、明日も明後日も、この先もずっと、先輩に会いたい。ずっと一緒がいい」
千晴が瞳を伏せ、長いまつ毛を震えさせる。
「ねぇ、先輩。俺、待ったよ。だからもういいでしょ、先輩?」
そしてまた視線を上げて、私をまっすぐ見据えた。
無表情だが、恋焦がれるような熱を宿した千晴の瞳が、私を射抜いて、離さない。
千晴の熱に、私の体温は一気に上昇した。
やっぱり、好きだ。
もうきっと、私はこの想いを胸の内に抱きしめるだけではいられない。
私も好きだと伝えたい。
「…うん」
気がつけば私は真剣な表情で、頬を真っ赤に染め、ゆっくりと千晴に頷いていた。
「…っ!」
私の返事に千晴が目を丸くさせる。
驚きと嬉しさと焦がれるような想いと。
その瞳にはいろいろな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合っていたが、その中でも喜びが一番あるように見える。
ほんの少しだけ固まっていた千晴は、私の言葉を噛み締めるようにまぶたを閉じると、すぐに嬉しそうに口元を緩めた。
「先輩、好き」
「…うん」
「先輩も俺のこと、好き?」
「…うん、好き」
千晴と見つめ合い、やっと柔らかく笑い合う。
お互いの気持ちが確かであると確認すると、千晴はゆっくりと私との距離を詰めた。
私に落ちてくる千晴の影。
その影は千晴が近づくたびに濃くなり、私を染めていく。
綺麗な千晴の鼻が私に触れるところまで来た、その時。
「柚子ー!」
窓の外から誰かが私の名前を呼んだ。
いや、誰かではない。
このとんでもないイケボは…。
千晴からまた窓の外へと反射的に視線が動く。
すると、そこには私の予想通り、誰よりも輝きを放つ、尊い存在、悠里くんが立っていた。
悠里くんはたくさんの人に囲まれて、それでも私をまっすぐ見て、笑顔で私に手を振っていた。
その姿に思わず、頬から力が抜け、自然と柔らかい表情になる。
悠里くんと目を合わせ、同じように手を振り返していると、すぐ目の前から不満げな視線を感じた。
ーーーー千晴だ。
「…早速浮気?」
聞こえてきた声は刺さる視線と同じで、心臓がドクンッと跳ねた。
千晴の嫉妬につい甘いときめきを感じてしまう。
かわいい、と不覚にも思ってしまう。
「ち、違う…。これは推しに向けるやつで、千晴のとは…」
煩悩を振り払うように首を横に振り、慌てて千晴に弁明しようとする。
だが、千晴はそんな私に興味深そうに瞳を細め、私の言葉を遮った。
「俺のとは、何?」
「…」
口の端を上げ、改めて確認するように問いかけた千晴に、私は眉を下げ、笑う。
あの表情は何もかもわかっているものだ。
わかっていて、千晴は私にはっきりと言わせたいのだ。
私の気持ちを。
「悠里くんへの好きは、千晴のとは違う好きだよ。私がちゃんと好きなのは、千晴だけだから」
どこか照れくさく思いながらも、はっきりと自分の想いを口にする。
すると千晴は珍しく、その頬をほんのり赤くした。
それからゆっくりと口を開いた。
「…ちゃんと好きになったのは、俺が初めて?俺だけ?」
じっと私の瞳の奥を千晴が覗く。
期待に満ちたその目は、今か今かと私の返事を待っていた。
「うん、そうだよ」
「…そうなんだ。そっか。そっかぁ…」
私の言葉を噛み締めるように、千晴はまぶたを伏せ、口角をゆるゆると上げる。
幸せそうな千晴の表情に、私まで幸せな気持ちになった。
私の言葉一つでこんなにも喜んでくれる千晴が、私は好きで、愛おしくて、たまらない。
こんなの、愛さずにはいられない。
「俺、先輩が思っている以上に重いし、束縛するし、浮気も絶対許さないから。覚悟しててね。きっと厄介だよ?」
するっと千晴が両手を私の腰に伸ばし、私を抱き寄せる。
とても近づいた距離に、ドキドキしながらも、私は笑った。
「今更何言ってるの?厄介なのは前からでしょ?私の厄介な後輩…いや、私の千晴?」
そう言って、こちらを見る千晴の頬に触れる。
触れた先はほんのりと熱があり、千晴という存在を、私は肌で感じた。
「…先輩、ずるい」
千晴が困ったように眉を下げ、私の手に頬をすり寄せる。
まるで撫でられたいとねだる可愛らしい子犬のようだ。
千晴は頬に触れる私の手に自身の手を重ねると、またゆっくりとこちらに綺麗な顔を寄せてきた。
…が、私はそれを拒むように顔を窓の方へと逸らした。
窓の外には悠里くんを始め、雪乃やバスケ部員、たくさんの女子生徒たちがいる。
私の視線の先にいる彼らは、案の定、いろいろな表情を浮かべてこちらを見ていた。
「やめてー!鉄子先輩は悠里先輩のものなのー!」
「違う!鉄子先輩は千晴くんのもの!いけー!千晴くーん!」
悠里くん派閥の女子生徒と千晴派閥の女子生徒が互いに睨み合い、
「あ、あ、あー!今はその時じゃないー!ストープッ!」
バスケ部の生徒たちは大騒ぎでこちらを止めようとしている。
雪乃はニヤニヤしており、悠里くんはどこか寂しそうにこちらを見ていた。
…キスをするには、あまりにも注目を浴びすぎている。
「…」
窓の外からだけではなく、すぐ目の前からも感じる千晴からの抗議の視線に、私は呆れたように笑った。
「人目があるからダメ」
はっきりとそう言って、千晴からさっさと離れようとする。だが、千晴はそれを許さず、私を離そうとしなかった。
そして、私を抱き寄せたまま、カーテンに手を伸ばし、ためらいなくカーテンを閉めた。
カーテンが閉められたことによって、外からこちらが見えなくなる。
「これならいいでしょ?」
自信満々にそう問いかけた千晴に、私は思わず表情を緩ませた。
全く、千晴は…。
マイペースで自分勝手で強引で。
本当、いつもなんでも思い通りだ。
だが、そんな千晴の一面でさえも愛おしくて思える。
どこか悔しさを感じながらも、頷くと、千晴は嬉しそうに笑った。
そしてゆっくりと、私に顔を近づけた。
こちらを見つめる伏せられた瞳から、愛おしいという感情が溢れている。
言われなくても伝わる千晴の感情に、どんどん心臓は加速した。
うるさくて、うるさくて、仕方のない鼓動が体中に響く。
そこからさらに距離が近づき、私は耐えられず、ギュッとまぶたを閉じた。
鼻をかすめる千晴の甘い香りに、甘い吐息。
すぐ傍まで千晴を感じた、その時。
ゆっくりと私の唇に千晴の唇が重なった。
柔らかくて暖かい。
一瞬だけ触れたそれは、名残惜しそうにまたゆっくりと離れていく。
「ずっと一緒にいてね、先輩。俺には先輩だけだから」
「うん。もちろん」
思い出の詰まった教室で、私たちは向かい合い、笑った。
確かにある、幸せな未来に想いを馳せて。
【推しに告白(嘘)されまして。end】
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