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107.さよなら。
しおりを挟む無言で女子生徒たちに近づくと、私の圧に気がついた誰かが小さな悲鳴をあげた。
「ひぃ…っ!てててててて、鉄子先輩…っ!」
その声に先ほどの喧騒が嘘かのように、一気に静まり返る。
「この騒ぎは何?」
女子生徒たちの視線を一斉に浴びた私は、鬼の元風紀委員長モードで彼女たちを睨んだ。
「ご、ごめんなさぁーい!」
「し、失礼しましたー!」
「まだ死にたくないですぅー!」
そして女子生徒たちは青ざめた顔で、蜘蛛の子を散らすように、その場から慌てて離れていった。
その結果、人混みの中心にいた、神々しい存在が、私の前に現れた。
柔らかい風に吹かれて、ふわりと揺れるサラサラの黒髪。
そこから覗く整った爽やかな顔立ちは、何よりもかっこよくて、眩しい。
悠里くんは私の姿を見つけると、嬉しそうにその瞳を細めた。
「柚子」
愛おしそうに私の名前を呼び、悠里くんがわざわざ私の元まで来てくれる。
ああ、私の推しはなんて尊いのだろうか。
ただの校庭が悠里くんが歩くと、なんかとてもすごいランウェイに見えた。
「ごめん、俺じゃあどうしようもできなくて…。助かったよ。ありがとう」
私の側まで来た悠里くんは、そう言って困ったように笑った。
眉を下げているその姿も魅力的だ。
「いや、このくらい全然」
こちらをまっすぐと見つめる悠里くんに、私は軽く首を振る。
私はお礼を言われるようなことなどしていない。
人として当然のことをしたまでだ。
するとそんな私に悠里くんは口元を緩めた。
悠里くんの優しい顔に、私が好きだと書いてある。
その表情に思わずドクンッと心臓が鳴った。
この一年、ずっと向けられてきた破壊力のありすぎるあの表情。
悠里くんは言葉にこそしてこなかったが、行動で、表情で、声音で、態度で、自分の全てで私を好きだとずっと言ってくれていた。
私も悠里くんのことが今でも好きだ。
だが、あの時と変わらず、推しとして好きなのだ。
だから私はやはり悠里くんには応えられない。
そう思うたびに、チクッと胸が痛んだ。
「…ねぇ、柚子」
突然、悠里くんが私の名前を呼ぶ。
「そんな顔しないで。俺、柚子には笑っていて欲しいから」
心情を表には出していないつもりだったが、悠里くんはわずかな私の変化にも気づき、そっと私の頬に触れた。
悠里くんの優しい熱が、私の頬にわずかに残る。
ああ、私の推しはやっぱり、完璧で究極の存在だ。
その暖かさと優しさで、私をじんわりと温めてくれる。
思わず悠里くんに心を奪われていると、悠里くんは徐に自分のブレザーの第二ボタンへと手を伸ばした。
そして迷いのない動きで、それを引きちぎった。
…え。
悠里くんの思わぬ行動に、私は何度もまばたきをする。
な、何故、ボタンを急に?
わけがわからなかったが、悠里くんの行動をじっと見ていると、悠里くんはそのボタンを私に差し出した。
「これ、柚子にあげる」
「…え」
推しの私物…?
おそるおそる両手を悠里くんに伸ばして、ボタンを受け取る。
私の手の中で輝きを放つ、小さなボタンを、私は思わず凝視した。
推しが三年を共にしたボタン…。
「第二ボタンって、心臓に一番近い場所にあるでしょ?これをあげるってことは、心をあげるってことなんだって。だから柚子に」
優しい風に乗って、柔らかな悠里くんの声が聞こえる。
教えられた意味があまりにも甘酸っぱくて、私の頬は一気に熱を持った。
こんなの、ずるい。
好きになっちゃう。
私の瞳にハートマークでも現れそうになった、その時。
「先輩、見つけた。行こ」
突然、この場に千晴が乱入してきた。
そして気がつけば私の手を取り、どこかへ走り出していた。
「ちょ、千晴!まっ!」
「待たない」
慌てて千晴を止めようとしたが、千晴はイタズラっぽく舌を出して笑うだけで、変わらず走り続ける。
まだ私と悠里くんは話をしていた。
なので、今すぐ千晴を止めて、悠里くんの元へと戻らなければならない。そうでなければあまりにも失礼すぎる。
だが、私は優しく、けれど力強く私の腕を掴む千晴を振り解けなかった。
視界の端で、悠里くんが「…あ」とこちらに手を伸ばしている姿が見える。
「悠里先輩!ご卒業おめでとうございます!」
そこに先ほどのバスケ部の後輩が、悠里くんに花束を渡しにやって来ていた。
「悠里!俺たちは卒業してもお前の味方だー!やるぞ!鉄子と恋愛成就大作戦!」
それから明るいバスケ部員の声が聞こえた。
その声に私は思わず懐かしさを感じた。
私たちの関係は二年生の夏休み明けのあの日、バスケ部の誰かが『鉄子に玉砕大作戦!』と叫んだことによって始まった。
嘘から始まった私たちの恋人関係。
最初は互いに付き合うという意味さえもよくわかっていなかったが、それでも少しずつ縮まった私たちの距離。
最後には嘘から本当になった、私たち。
あの眩しくも、苦かった日々が、今でも鮮明に蘇る。
「ふふ」
あの日に戻ったようで、私は千晴に手を引かれながらも、思わず笑みを溢した。
何も知らずに、恋をしていた過去の私に。
さようならを。
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