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薔薇色の世界…?
しおりを挟むside天音
ゆっくりといつものように、まぶたを開ける。
だが、いつもと同じはずなのに、何もかもが違った。
体を沈めるマットレスはふわふわで心地が良く、掛けられた布団は肌触りがとてもいい。
目に映る天井は見慣れたものとは違い、高級ホテルのような清潔感があり、私の知っている生活感がそこにはなかった。
ぼんやりとしていた思考は、いつもとは違うここに、はっきりとし始めた。
ーーーここ、どこ。
知らない場所に、慌てて体を起こす。
ここを取り囲む大きな窓の外の空は暗く、星が瞬いており、その下には小さなビル群が光を放っている。
見たことのない景色だ。
「おはよう、天音さん」
右隣から聞き覚えのある甘い声が私を呼ぶ。
バッと勢いよく声のする方へ視線を向ければ、そこには大きなベッドに腰掛け微笑む翡翠がいた。
どうして、翡翠が?
それに、名前も…。
そこまで考えて、意識を手放す前のことを思い出す。
そうだ。私、翡翠と交流券を使って、話をしていたんだった。
コーヒーを飲んで、少しお菓子を食べて、手を握られて、たくさん話をした。
4ヶ月前と同じように、楽しいひと時を過ごして、それから…。
『好き〝だった〟。ファン〝だった〟。ぜーんぶ、過去形。ねねさんにとって、俺はもうねねさんの一番星じゃないんでしょ?』
そう、私は翡翠に嘘をついて怒らせた。
だから一生懸命弁明しようとしたけれど…。
急に思考が鈍くなって、どんどん意識が遠のいていって。
『俺をもう一度、一番星だと心から言えるように頑張ろうね、天音さん』
最後に翡翠にそう言われて、意識を手放したのだ。
何故、あの時急に意識を失ったのか。
何故、今目の前に翡翠がいるのか。
そしてここは一体、どこなのか。
何もわからない状況に、わけがわからなくなる。
そんな私の様子に気づいたのか、何も言えずただただ翡翠を見つめる私に、翡翠は柔らかく笑った。
いつも見てきた翡翠の笑顔。それなのに、どこか仄暗いと感じてしまうのは気のせいなのか。
「天音さん、一つずつ説明するね。まず天音さんはあの時、急に寝ちゃったんだよ。よっぽど疲れてたんだね。だから俺の家に連れて帰ってきたんだ」
「…え」
翡翠に丁寧に説明されても、状況がうまく飲み込めない。
あの場で急に寝てしまったなんてあり得ないし、仮に寝てしまったとしても、翡翠の家に連れて帰る意味がわからない。
「…どう、して?」
やっと出た私からの言葉は、なんともシンプルなものだった。
「え?どうしてって?それは俺がそうしたかったからだよ?」
困惑している私に、翡翠が至極当然のように言葉を発する。
「天音さんはね、もう一生ここから出られないんだよ。天音さんの世界はここだけで、その瞳には俺しか映せない。天音さんの一番星は俺しかいなくなるんだよ」
「…え」
私は私に甘く微笑む翡翠に、言葉を失った。
一生ここから出られない?
私の世界がここだけ?
これは監禁されたということ?
状況をじわじわと理解し始めて、背中にツーッと汗が流れる。
改めて翡翠を見ると、確かに笑っているはずなのに、瞳は暗く、全く笑っていなかった。
こんなの、犯罪ではないか。
「ま、待って。な、何で、そうなるの。私をここに閉じ込めて、一体翡翠になんの得が…」
困惑しながらも、責めるように翡翠を見る。
すると翡翠は一瞬だけ、キョトンとして、「…あぁ、そっか」と納得したように頷いた。
「天音さんは何もわからないもんね。もう一度、今度はゆっくり説明するね」
ベッドに腰掛けていた翡翠が優しく笑い、ベッドに乗ってくる。
急に縮まった距離に、私の心臓は緊張できゅぅと縮まった。
「俺は天音さんの一番星でずっといたかった。だからこれまで努力を惜しまなかった」
スッと翡翠が手を伸ばし、私の手に触れる。
「天音さんの一番星でいることが、俺の全てだった。それなのに、天音さんは俺じゃない、他の推しを作って、ソイツを天音さんの一番星にした。天音さんの一番星は俺なはずなのに」
しっかりとした翡翠の長い指が、私の指にゆっくりと絡まっていく。
「それが俺は耐えられなかった。だからもう一度、天音さんの一番星になることにした」
翡翠は私の手をぎゅう、と優しく握ると、幸せそうに微笑んだ。
その瞳を暗くさせたまま。
「天音さんの世界に俺しかいなければ、天音さんの一番星は俺になる。そうでしょう?」
そんなわけない。
そう、否定したいのに、上手く言葉が出ない。
翡翠の言葉が、行動が、瞳が、私からどんどん体温を奪っていく。
「大丈夫。天音さんならすぐ変われるよ。少しずつ頑張ろうね」
ベッドの上で微笑む翡翠に、私は頭が真っ白になった。
どうして、こうなってしまったのだろうか。
私はただ、翡翠を推して、それから透くんに推し変しただけだ。
私の人生では当たり前に起きていたことだ。
翡翠の前にも推しはいたし、その前にもいた。
私の一番星は、その時々で変わっていた。
だから世界は薔薇色だった。
たくさんの星が瞬き、私に夢を見せてくれる。
愛に溢れた、素晴らしい世界。
けれど、一歩間違えると、こんなことになるなんて。
私は一体、何を間違えてしまったのか。
本当に私の世界は一生ここで、翡翠だけなのか。
予期せぬタイミングで始まってしまった監禁生活に、私は頭を抱えた。
大きな窓の外には、星がいくつも瞬いている。
その中に一つだけ特別な星があったとしても、私にはきっとわからない。
何故なら全てが美しく、特別に見えるから。
end.
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