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3.代わりなどいない
しおりを挟む気まずすぎる夕食を終えた後、私は私に与えられたレイラ様の部屋で、明日やる勉強の予習と今日の勉強の復習を行う為に、机へと向かっていた。
白色と星空のような深い青色の家具で統一されたレイラ様の部屋は、1週間経った今でもあまり落ち着かない。
男爵家にいた頃は必要最低限のごくごく普通の家具たちに囲まれて生活していた。
それが今ではこんなどれもとても高そうなものばかりに囲まれて生活しているのだ。
どこかふわふわして落ち着かないのも無理はない。
「…はぁ」
そんな落ち着かない部屋で私はじっとノートを睨みつけ、今日も深いため息をついた。
…わからない。わからないから頭に全く入ってこない。
ノートとテキストを交互に睨みながら、何となく必要そうなところをノートに書き写してみたり、テキストに違う色でマークを付けてみたりしてみる。
だが、それが頭にすんなり入ることはない。
私は貴族の娘とはいえ、没落寸前の男爵家の娘だ。
ほぼ平民と言っても過言ではない。
ごく一般的な貴族は6歳ごろから家庭教師をつけ、15歳になるまで家庭内で教育を受ける。
そして15歳から3年間、王立学院に進学する…らしい。
対する私たちのような没落寸前の貴族や平民は生活の中で生きる力を学び、同じく15歳から3年間、各地域運営の学校へ通うようになっている。
私たちと由緒正しい貴族では学び始める時期も、学ぶ量も学ぶことも全部が全部違うのだ。
一応記憶喪失、という設定があるので、6歳から学ぶことを順を追って学んでいる最中だが、それでも難しすぎる内容に私はいつも悩まされていた。
「…はぁ。頭入んない」
もう勉強なんてやめてしまいたい。
美しく広々とした机に並ぶノートとテキストを天高く放り投げてしまいたい。
けれどそんなことをする暇があるのならば勉強をしなければ。
完璧なレイラ様になる為には、勉強は必須科目だ。
「…お前、本気で今ここをやっているのか?」
「…っ」
突然、私の横でセオドア様がそう呟いたので、声にならない悲鳴を上げる。
慌てて声の方へと視線を向ければ、そこには信じられないものでも見るような目でセオドア様が私を見下していた。
扉を叩く音は一切聞こえなかった。
つまり今ここにいるセオドア様は無断でこの部屋に入ってきたということだ。
「やっぱりお前は僕の姉さんなんかじゃない。こんなところを今更やっているなんてお前今までどうやって生きてきたんだよ?没落とはいえ、男爵令嬢だったんだろ?」
私とよく似た空色の瞳を細めて、眉をひそめるセオドア様に、私は、ああ、またか、と思ってしまう。
セオドア様は暇さえあればいつもこうやって私にわざわざ嫌味を言いに来るのだ。
さらに先ほどの食堂でのこともあり、憂さ晴らしにでも来たのだろう。
「…おい。僕が話しかけてやっているんだ、答えろよ?」
「…はい。失礼しました」
「失礼いたしました、だろう?」
「…失礼いたしました」
セオドア様に睨まれて、私は小さな声で謝罪する。
こんなことは日常茶飯事だ。
嫌な気持ちにはなるが、我慢くらいできる。
私はアルトワ伯爵家にとって都合のいい存在でなければならない。
アルトワ夫妻にはレイラ様として、セオドア様にはせめてセオドア様に絶対逆らわない者として。
もし少しでも上手くいかず、機嫌を損ねるようなことがあれば、我が男爵家は見捨てられる。
だから私は私を殺すしかないのだ。
「もう一度言う、お前は姉さんなんかじゃない。姉さんに成り代わろうとしているこんな勉強も時間の無駄だよ。お前はニセモノらしく周りの顔色を伺いながらヘラヘラ笑っていろ。惨めにね」
セオドア様はそう言ってから、最後に私の机に広げられていたノートを手に取る。
それからそのノートをベリベリと引き裂いて、その場に投げ捨てた。
「お父様とお母様の前でだけは姉さんのフリをすることを仕方なく許してやる。だけどそこだけだ。それ以外はお前はただの男爵令嬢だ。わかったか?」
悪魔だ。
こちらをただただ冷たく見下すセオドア様に私はそう思った。
人がない頭で一生懸命したためたノートをあんなにも躊躇なくビリビリに引き裂くとは。
人の心がないのではないか。
いくらレイラ様の代わりの私が気に食わないからってここまでやる必要が本当にあるのか。
「返事をしろ。男爵令嬢」
「…はい。セオドア様」
本日の努力を水の泡にされて、やるせない気持ちになっていると、セオドア様に返事を急かされた。
なので、私はこの想いに何とか蓋をしてセオドア様に返事をした。
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