3 / 33
3.代わりなどいない
しおりを挟む気まずすぎる夕食を終えた後、私は私に与えられたレイラ様の部屋で、明日やる勉強の予習と今日の勉強の復習を行う為に、机へと向かっていた。
白色と星空のような深い青色の家具で統一されたレイラ様の部屋は、1週間経った今でもあまり落ち着かない。
男爵家にいた頃は必要最低限のごくごく普通の家具たちに囲まれて生活していた。
それが今ではこんなどれもとても高そうなものばかりに囲まれて生活しているのだ。
どこかふわふわして落ち着かないのも無理はない。
「…はぁ」
そんな落ち着かない部屋で私はじっとノートを睨みつけ、今日も深いため息をついた。
…わからない。わからないから頭に全く入ってこない。
ノートとテキストを交互に睨みながら、何となく必要そうなところをノートに書き写してみたり、テキストに違う色でマークを付けてみたりしてみる。
だが、それが頭にすんなり入ることはない。
私は貴族の娘とはいえ、没落寸前の男爵家の娘だ。
ほぼ平民と言っても過言ではない。
ごく一般的な貴族は6歳ごろから家庭教師をつけ、15歳になるまで家庭内で教育を受ける。
そして15歳から3年間、王立学院に進学する…らしい。
対する私たちのような没落寸前の貴族や平民は生活の中で生きる力を学び、同じく15歳から3年間、各地域運営の学校へ通うようになっている。
私たちと由緒正しい貴族では学び始める時期も、学ぶ量も学ぶことも全部が全部違うのだ。
一応記憶喪失、という設定があるので、6歳から学ぶことを順を追って学んでいる最中だが、それでも難しすぎる内容に私はいつも悩まされていた。
「…はぁ。頭入んない」
もう勉強なんてやめてしまいたい。
美しく広々とした机に並ぶノートとテキストを天高く放り投げてしまいたい。
けれどそんなことをする暇があるのならば勉強をしなければ。
完璧なレイラ様になる為には、勉強は必須科目だ。
「…お前、本気で今ここをやっているのか?」
「…っ」
突然、私の横でセオドア様がそう呟いたので、声にならない悲鳴を上げる。
慌てて声の方へと視線を向ければ、そこには信じられないものでも見るような目でセオドア様が私を見下していた。
扉を叩く音は一切聞こえなかった。
つまり今ここにいるセオドア様は無断でこの部屋に入ってきたということだ。
「やっぱりお前は僕の姉さんなんかじゃない。こんなところを今更やっているなんてお前今までどうやって生きてきたんだよ?没落とはいえ、男爵令嬢だったんだろ?」
私とよく似た空色の瞳を細めて、眉をひそめるセオドア様に、私は、ああ、またか、と思ってしまう。
セオドア様は暇さえあればいつもこうやって私にわざわざ嫌味を言いに来るのだ。
さらに先ほどの食堂でのこともあり、憂さ晴らしにでも来たのだろう。
「…おい。僕が話しかけてやっているんだ、答えろよ?」
「…はい。失礼しました」
「失礼いたしました、だろう?」
「…失礼いたしました」
セオドア様に睨まれて、私は小さな声で謝罪する。
こんなことは日常茶飯事だ。
嫌な気持ちにはなるが、我慢くらいできる。
私はアルトワ伯爵家にとって都合のいい存在でなければならない。
アルトワ夫妻にはレイラ様として、セオドア様にはせめてセオドア様に絶対逆らわない者として。
もし少しでも上手くいかず、機嫌を損ねるようなことがあれば、我が男爵家は見捨てられる。
だから私は私を殺すしかないのだ。
「もう一度言う、お前は姉さんなんかじゃない。姉さんに成り代わろうとしているこんな勉強も時間の無駄だよ。お前はニセモノらしく周りの顔色を伺いながらヘラヘラ笑っていろ。惨めにね」
セオドア様はそう言ってから、最後に私の机に広げられていたノートを手に取る。
それからそのノートをベリベリと引き裂いて、その場に投げ捨てた。
「お父様とお母様の前でだけは姉さんのフリをすることを仕方なく許してやる。だけどそこだけだ。それ以外はお前はただの男爵令嬢だ。わかったか?」
悪魔だ。
こちらをただただ冷たく見下すセオドア様に私はそう思った。
人がない頭で一生懸命したためたノートをあんなにも躊躇なくビリビリに引き裂くとは。
人の心がないのではないか。
いくらレイラ様の代わりの私が気に食わないからってここまでやる必要が本当にあるのか。
「返事をしろ。男爵令嬢」
「…はい。セオドア様」
本日の努力を水の泡にされて、やるせない気持ちになっていると、セオドア様に返事を急かされた。
なので、私はこの想いに何とか蓋をしてセオドア様に返事をした。
340
あなたにおすすめの小説
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
私と義弟の安全は確保出来たので、ゆっくり恋人を探そうと思います
織り子
恋愛
18歳で処刑された大公家の令嬢、セレノア・グレイス。
目を覚ますと――あの日の6年前に戻っていた。
まだ無邪気な弟ルシアン、笑う両親。
再び訪れる“反逆の運命”を知るのは、彼女だけ。
――大公家に産まれた時点で、自由な恋愛は諦めていた。だが、本当は他の令嬢達の話を聞くたびにうらやましかった。人生1度きり。もう少し花のある人生を送りたかった。一度でいいから、恋愛をしてみたい。
限られた6年の中で、セレノアは動き出す。
愛する家族を守るため、未来を変えるために。
そして本当の願い(恋愛)を叶えるために。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる