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4.嫌がらせを受ける日々
しおりを挟むアルトワ伯爵家に来て早、1ヶ月。
少しずつここでの生活にも慣れてきたのはいいのだが、セオドア様の私に対する嫌がらせは、現在も当然のように続いていた。
相変わらず私のものはよく壊されるし、わざと物置や小さな部屋に閉じ込められる。
さらには食べ物や飲み物に微量な毒まで入れられて、体調不良を起こすことも度々あった。
嘔吐に腹痛に頭痛に熱まで。一通りの体調不良をここ数週間で全て経験した。
しかし本当に微量の毒だったので、ちょっとした体調不良にしかならず、苦しんでも2日ほどだった。なので、私の体調不良をアルトワ夫妻は、環境が急に変わったストレスによる体調不良だと思っているようだった。
「あら、ちょうどいいところに」
午後の授業を終え、伯爵邸内の廊下を移動していると、40後半くらいの恰幅の良い女性に声をかけられた。
セオドア様とレイラ様の乳母、ヴァネッサ様だ。
ヴァネッサ様の周りには数人の若いメイドもいた。
「まだ南棟の掃除が終わっていないのよね。だけどこれから私たちみんなでお茶会をしようと思ってて。誰かが残らないといけなかったのだけれど、その必要はなくなったわね」
こちらを見て、ニヤリと笑うヴァネッサ様に何が言いたいのかわかってしまう。
まだ授業を終えたばかりなので、内容を忘れぬうちに復習をしたかったのだが、それは無理そうだ。
「それじゃあ、よろしくね。ニセモノさん」
「…はい」
ヴァネッサ様にそう言われて私は暗い表情のまま頷いた。
そしてそんな私を見て、ヴァネッサ様をはじめ、メイドたちはクスクス笑いながらその場を後にした。
*****
南棟に移動した私はまだ掃除の終わっていなさそうな部屋へと入ると、上等な布で隅々まで拭き始めた。
今の私の敵はセオドア様だけではない。
セオドア様の私への態度を見て、ヴァネッサ様をはじめ、主にヴァネッサ様の下にいる使用人たちも私に嫌がらせをしてくるようになったのだ。
しかもセオドア様やアルトワ夫妻の見えないところで。
ここ南棟で掃除をさせているのも、彼らに見つからず、私に嫌がらせをする為だった。
アルトワ伯爵邸内には4つ棟があり、南棟は使用人のエリアなので、アルトワ一家がここに近づくことはまずないのだ。
正直、嫌がらせを受けるたびに腹が立ったし、言い返してやりたい気持ちにもなった。
しかし私は使用人たちに対してでさえ、逆らうことができず、従うしかなかった。
理由は簡単だ。ヴァネッサ様に脅されているからだ。
ヴァネッサ様は初めて私に嫌がらせをした時こう言った。
『ホンモノのレイラ様は完璧で慈悲深いお方。私がお前に嫌がらせをする理由は、お前がレイラ様ではないから。レイラ様の場所を奪う存在だから。お前がもし、このことを旦那様たちに報告してみろ?私がお2人を目覚めさせてみせる。セオドア様はちゃんとお前がレイラ様ではないとわかっている。お2人も私がきちんと説得すれば、すぐにお目覚めになるだろう。お前がホンモノのレイラ様ではなかった、と。そうなれば、お前はここから出ていくことになる。お前の男爵家は終わるんだよ』
邪悪な笑みを浮かべ、そう言われたことを私は今でも鮮明に覚えている。
だから私はヴァネッサ様や使用人たちにさえも、逆らうことができなかった。
ここでの私の味方はアルトワ夫妻だけだ。
けれど、その夫妻でさえも、私が完璧なレイラ様でなければ、きっと私をレイラ様として扱わず、味方ではいてくれない。
「あらら?まだこんなところを掃除していたの?」
座って床を磨いていると、突然、1人のメイドがクスクス笑いながら私に近づいてきた。
私に近づいてきたメイド以外にも複数のメイドがこちらをおかしそうに見ている。
「本当に掃除してくれたの?まだ全然汚れて見えるけど?」
近づいてきたメイドはそう言うと、手に持っていたバケツを私の頭の上でひっくり返した。
するとそのバケツの中にあった大量の水が私目掛けてバシャァと流れ落ちた。
「汚ったなぁ。ちゃんと掃除しておいてよね?」
本当に汚いものでも見るように私を見るメイドたちにイライラが募る。
腹が立って仕方ないが、これも黙って受けるしかなかった。全ては男爵家の為、愛するお父様とお母様の為に。
*****
アルトワ夫妻はセオドア様とレイラ様の代わりである私を以前のように仲良くさせたいらしい。
その為、私とセオドア様は毎日15時には必ず共にお茶をすること、とアルトワ夫妻によって決められてしまっていた。
その決まり事の元、私は今日も全面ガラス張りのドーム状の植物園で、セオドア様と共にお茶をしていた。
机に並ぶ様々なおやつ。
クッキーにケーキにフルーツ。どれも男爵家では月に一度食べられるか食べられないかのものだ。
それがここ伯爵家では毎日のようにたくさんの種類が出てくる。
最初こそ、毎日がお祭り状態だったが、この状況にも1ヶ月もすると慣れた。
たくさん並べられたおやつたちの中から、私はクッキーを選び、お皿から一枚だけ手に取る。
それから口に含むと、サクッとした食感と程よい甘さが口いっぱいに広がった。
美味しい!
毎日食べても飽きない美味しさだ。
このクッキーが毎日出されるおかげで、私は何とか元気に過ごせているのだ。これだけが今の楽しみだと言っても過言ではない。
「好きだよね、それ」
味わいながら少しずつ一枚のクッキーを食べていると、机を挟んで向こう側にいるセオドア様が冷たくそう言ってきた。
ガラス張りの天井から降り注ぐ、午後の光を浴びてキラキラと輝くセオドア様は相変わらず美しい。
だが、美しいのは見た目だけで中身は悪魔のような男なので、油断してはいけない。
「気に入ったものばかり食べて貧乏くさいね。男爵令嬢が聞いて呆れる」
ほら、やっぱり。
鼻でフッと笑い、美しい所作でスッと紅茶を飲むセオドア様に心の中でため息を漏らす。
ああ、この見た目のまま彼が天使だったらどんなによかったか。
もしセオドア様が天使だったのなら、こんなにも四方八方嫌がらせだらけにはならなかっただろうに。
「…ここのクッキーとても美味しいので」
「ふーん。プレーン以外は何が好き?」
「えっと…。マーブルも好きですし、柑橘系のもの美味しいですよね」
「…はっ、何でも好きなんじゃないか。男爵家でろくなもの食べてないんだね」
「…」
そんなことない、と反論したいところだが、もちろんできるはずもなく。
確かにセオドア様にとっては、ろくなものではないかもしれないが、お母様が作る限られた食材での料理はどれもとても美味しかった。
クッキーだって、数ヶ月に一度だったが、私が好きだからとよく焼いてくれた。
ここのものとは違う味だが、お母様のものはお母様のものでとてもよかった。
まあ、こんなことを言えばセオドア様が機嫌を損ねるだけなのでもちろん言わないが。
「お前にとってここでの生活は天国のようだろうね?どう?姉さんの代わりに姉さんが受けるべきだった全てを受けている気持ちは?」
いつものようにセオドア様に嫌味を言われながらもコップに注がれていた紅茶に口を付ける。
「…っ」
そして紅茶を口にした瞬間、私はこの中に毒があることに気がついた。
口いっぱいに味わったことのある酸味を感じたからだ。それもいつもとは違い、かなり濃く感じる。
相当な量の毒が盛られていた可能性がある。
「…どうしたんだ?」
突然様子のおかしくなった私をセオドア様がほんの少しだけ怪訝そうに見つめる。
それと同時に私の口いっぱいに血が溢れた。
「…っ」
たらりと口いっぱいに溢れてしまった血が口の横から垂れる。
ここまでの毒だったとは。
そう思った頃には視界が突然ぐわんぐわんと大きく揺れ始め、その場に座っていられなくなった。
ガシャンッ!とお菓子たちが並べられている机へと体が倒れる。
「おい!大丈夫か!おい!」
そんな私を見てセオドア様は慌てて席から立ち、私の元へと駆け寄ってきた。
ぼんやりとした視界と意識の中、セオドア様の必死な顔だけが何となく私の世界に広がっている。
これはいつものセオドア様の毒でしょ?
何で毒を盛った張本人がこんなにも焦っているの?
まさかこんな殺しそうなほど強力なものだとは思わなかったとか?
そんなことを思いながらも私は意識を失った。
最悪死んだら幽霊になって、こうなった元凶であるセオドア様を呪ってやる。
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