逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。

朝比奈未涼

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5.誰が一体悪者なのか

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次に目を覚ました時、私は死んでいなかった。
見覚えのある天井に自分が今、レイラ様の部屋にいるのだと把握する。

何となく体を起こす前に誰かの気配を感じたので、横を見てみれば、そこには椅子に座り、ベッドにうつ伏せになって寝ているセオドア様の姿があった。

何故、ここにセオドア様が?

疑問に思いながらも体をゆっくりと起こす。
すごく重たい感じはするが、それ以外に特に目立った異常は感じられない。
毒を飲んだ割には至って正常だ。
今までの毒の中でも強力なものだと思っていたのだが、そうではなかったのかもしれない。



「…ん」



私が起きた気配を感じたのか、セオドア様も目を覚まし、体を起こした。
それから至って普通な私と目が合うとほっとした表情を浮かべた。

え?

セオドア様の表情の意味がわからず固まる。

何でそんな表情を浮かべるのか。
まるで私が大丈夫そうだから安心しているみたいではないか。

だが、そんなセオドア様の表情はすぐにいつもの冷たいものへと変わった。

…あのほっとした表情は見間違いだったようだ。



「「…」」



私とセオドア様の間に気まずい沈黙が流れる。
どちらも何も言わず、ただ互いに目を合わさない。

セオドア様が一体何をしたくてここにいるのかわからず、私はつい聞いてしまった。



「私の死ぬ様を見届けていたのですか?」



そうとしか思えず、セオドア様をまっすぐと見つめる。
するとセオドア様はその美しい顔を思いっきり歪めた。



「違う!そもそも誰がお前に解毒薬を…」



そこまで言ってセオドア様はハッとした表情になり、口を閉じた。

セオドア様が私に解毒薬を飲ませたのか?
あのセオドア様が?
さすがに私を殺すとアルトワ夫妻に怒られるから生かしたのか?



「…お前の紅茶を用意した者は拘束済みだ。もちろんこのことはお父様にも報告している。紅茶を用意した者は解雇され、罪を問われるのも時間の問題だろう」



全く状況を理解できていない私にセオドア様が冷たい表情のまま淡々と状況を説明する。
そしてそれだけ言うと、セオドア様はさっさとベッドから離れてこの部屋から出て行った。

セオドア様の嫌がらせもここまでエスカレートするとは。
セオドア様に命令されて紅茶に毒を盛った者に私は同情した。




*****




冬空の下、籠から一枚ずつ使用人の服を出し、伸ばしたり、振ったりしながらシワを伸ばす。
シワを伸ばし終えたらハンガーへ。それを物干し竿にかけて、もう一度初めから。

こんなことをもう何度も何度も繰り返しているが、洗濯物はまだ終わりそうにない。

私は今日もヴァネッサ様に言い付けられて、使用人たちの服を南棟の端で1人で干していた。

時刻はまだ10時くらいだろうか。
あと1時間後には最初の授業が始まる為、早く終わらせたいが、今日もギリギリになりそうだ。

本当はこんなことなんて今すぐにやめて、勉強の予習復習がしたい。
だが、ヴァネッサ様には逆らうことができず、できないのが現状だ。

家事は男爵家にいた頃、お母様やお父様とたくさんしてきたので、苦ではないが、勉強に家事に追われる日々は少々疲れるものがある。
おまけにその合間を縫うように気の抜けないアルトワ夫妻の相手をし、セオドア様の嫌がらせや嫌味に付き合うとなると、さすがに体力の限界だった。



「…はぁ」



やっと半分終わった洗濯物を見てため息を吐く。
意識を失うほどの毒を盛られてもう3日が経った。

私、リリーを囲う環境は相変わらずで、優しい存在はアルトワ夫妻くらいしかいない。
あとはどれもこれも厳しく、今日も絶賛その厳しさの中で洗濯物を干し中だ。

だが、しかし、倒れてから一つだけ変わったことがある。
まだ3日しか経っていないので断言はできないが、セオドア様の嫌がらせの中に私に毒を盛るという項目がなくなったのだ。
ここ3日間恐る恐るいろいろなものを口にしたが、どれにも毒は入っていなかった。

セオドア様も私のことを死ぬほど嫌ってはいるが、あそこまでのことは望んでいなかったのかもしれない。
相変わらず小さな嫌がらせも嫌味も継続されてはいるが。

バサッと次の洗濯物を手にして、勢いよく広げる。
すると洗濯物越しに少し向こうにいたセオドア様と目が合った。

何で南棟の端にセオドア様がいるの?



「…おい」



私と目の合ったセオドア様が、どこか機嫌が悪そうにこちらへと近づいてくる。
セオドア様のそんな姿に私は首を傾げた。

一体何がそんなに気に食わないのだろうか?
…まさか嫌いな私が持っている服は汚い、とか?でもこれは使用人の服だし…。

そうこうセオドア様の怒りの理由について考えていると、いつの間にかセオドア様が私の目の前まで迫っていた。



「何でお前が使用人の真似事をしているんだよ?」

「…え」



怒っているセオドア様が聞いてきた意外な質問に素っ頓狂な声を出す。
まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったのだ。

セオドア様の質問にふと、ヴァネッサ様の脅しの言葉を思い出す。
使用人の仕事をさせられていることをアルトワ一家にバラせば、アルトワ夫妻の目を覚まさせ、私をこの家から追い出す、と。

しかしセオドア様は最初から私をレイラ様として見ていない。
もし私が今していることをセオドア様に話したところで、何も状況は変わらないのだ。
それよりもここで沈黙を貫き、セオドア様の機嫌を損ねる方がよっぽど良くないだろう。
そう判断した私は何故洗濯物をしているのか、セオドア様に言うことにした。



「頼まれたからしています。どうも手が回らないほど仕事があるようなので…」



それだけ言って、私はさっさと洗濯物の続きに取り掛かる。
このままでは本当に授業に間に合わなくなる。
本当は授業前にせめて予習としてテキストを見るだけでもしときたいし、時間が惜しい。



「誰だ」

「え」

「…誰にそんなこと頼まれたんだ」



洗濯物を続けていると、相変わらず機嫌の悪そうなセオドア様の酷く低い声が聞こえてきたので、私は一度手を止めて、セオドア様の方へと視線を向けた。



「ヴァネッサ様ですが…」

「様?」



私の答えにセオドア様が怪訝な顔をする。



「お前は伯爵家の…」



そしてそこまで言うとセオドア様はハッとした顔になり、急に黙った。
綺麗な顔で怒りを帯びた表情で黙られるとかなり迫力がある。
まだたった11歳の少年なのに怖いと思えてしまうほどだ。

何がそんなに気に食わないんですかぁ。

と、心の中で嘆くが、もちろん表では何事もないように洗濯物を再開する。
すると、そんな私をしばらくじっと見ていたセオドア様がやっと口を開いた。



「やっぱりお前は伯爵家に相応しくないよ。僕の姉さんなわけがない。男爵令嬢のお前には使用人のように働く今の姿の方がお似合いだよ」



ガンッとそれだけ言って洗濯物を入れていた籠をセオドア様が蹴り上げる。
それからセオドア様はさっさとこの場から離れていった。
思いっきり洗濯物をぶち撒けられてもおかしくない状況だったが、何故かセオドア様はそれをしなかった。

何でだろう?

疑問に思いながらも私は洗濯物を続けたのだった。




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