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6.大切なものと譲れないもの
しおりを挟むセオドア様に少々邪魔されたが、何とか洗濯物を目標時間内に干し終えた私は、あと30分後に始まる授業に間に合うように、慌ててレイラ様の部屋へと移動していた。
この調子でいけば、授業開始15分前にはレイラ様の部屋へ着き、授業準備もできるはずだ。
15分もあれば、せめてテキストの内容を確認することもできる。内容を理解できるかどうかは別問題だが。
そんなことを考えながらも、やっとの思いで辿り着いたレイラ様の部屋の扉に手をかける。
それから扉を開けると、レイラ様の部屋に誰かがいた。
「誰?」
思わず反射でそこにいる誰かに声をかける。
大きな窓の前で佇む人物。
窓から射す、柔らかな太陽の光を浴びて、こちらに背を向ける人物に私は嫌な予感がした。
艶やかな短すぎず、長すぎない黒髪。
華奢な私と同じくらいの背丈の男の子。
少し考えてそこにいる人物が誰なのかわかった。
ーーーセオドア様だ。
何でセオドア様がここに?
先ほどの様子のおかしかったセオドア様のこともあり、不安になる。
「…セ、セオドア様?」
私がこの部屋に入ってきたことに気づいていないのか、未だにこちらに背を向けたままのセオドア様を恐る恐る呼んでみる。
するとセオドア様はやっとこちらに振り向いた。
「…っ」
太陽の光を背に浴び、逆光になっているセオドア様のわずかに見えた暗い表情に思わず息を呑む。
セオドア様の空色の瞳には光が一切ない。
美しいが故にどこか虚なセオドア様はまるで人形のようだった。
それから私は気がついた。
そんな美しいセオドア様の手に私のロケットペンダントがあるということを。
「…あっ」
セオドア様の手にあるものに思わず声を上げる。
あれは私、リリー・フローレスがリリーであると唯一証明できるものなのだ。
リリー・フローレスはここへ来た時、死んだ。
なので、私が私であると証明できるものはここへ来る前、全て処分された。
それでも私はどうしてもリリー・フローレスとしての欠片を一つだけでも持っていたかった。
だから私はお父様に懇願した。
私が私である証を一つだけでも残して欲しい、と。
そしてお父様はそんな私の願いを聞き入れ、あのロケットの所持を許してくれたのだ。
あのロケットの中には私とお父様とお母様、3人の家族写真がある。
あれだけが私がリリーであると証明できる唯一のものなのに。
それが今セオドア様の手の中にあるだなんて。
「…セ、セオドア様。そ、それは私の大切なものなんです。そ、それを返してください」
これ以上セオドア様に近づくとセオドア様を刺激してしまうような気がして、その場で声を振るわせながらセオドア様に切実に訴える。
「お、お願いします…」
それから私は深々とセオドア様に頭を下げた。
あれは私の心の支えだ。
何故、私がここでレイラ様として頑張っているのか、その意味を再確認できるものなのだ。
それを失うなんて耐えられない。
「…こんなものがそんなにも大切?」
「…は、はい。それは私が持つものの中で一番大切なもので…」
「ふーん」
私の答えを聞き、セオドア様が興味なさげにロケットのチェーンの部分を持ち上げる。
それからゆらゆらと揺らし、その様をしばらく見つめると、セオドア様はロケットを開けた。
セオドア様がじっと私の大切な家族写真を見つめている。
嫌な予感がする。
「やめてください」
「は?」
気がつけば私はここへ来て初めてセオドア様に強い口調で話しかけていた。
「今すぐそれを私に返してください」
「僕に命令するなよ。生意気だな」
私の態度を見てセオドア様が不愉快そうに表情を歪める。
そしてロケットから器用に家族写真を抜き取ると、ロケットだけその場に放り投げ、家族写真を手のひらへと置いた。
「な、何をするつもりですか!お願いです!やめて!」
「何をするつもりって…。わかっているだろ」
平静さを失い、叫ぶ私にセオドア様がニヤリと笑う。
それからセオドア様は私に見せつけるように写真を置いていた手を握り締めた。
ーーー私が、リリーがリリーである唯一の証がぐちゃぐちゃになっている。
そう思った瞬間、私の中で何かが壊れた。
「な、何で!何でそんなことをするの!?ふざけるな!」
気がつけばそう叫び、セオドア様の元まで駆け寄ると、私はセオドア様の胸ぐらを掴んでいた。
「私がアンタに何をしたっていうの!?」
「うるさい!お前の存在自体が不快なんだよ!出て行けよ!」
「出て行けるものなら出て行きたいよ!こんな家!」
「じゃあ、出て行けよ!消えろよ!ニセモノ!」
叫ぶ私にセオドア様も負けじと叫ぶ。
いつの間にか私たちは互いに一歩も引かない姿勢で、きつく睨み合っていた。
今までの上下関係がまるで嘘かのような状況だ。
「…姉さんは死んでいない」
続く叫び合いの中で、セオドア様が突然、小さな声でそう主張する。
「姉さんは生きている。絶対に帰ってくる。だから姉さんの代わりのお前なんて必要ないんだよ」
私に胸ぐらを掴まれたまま、どこか弱々しくそう言ったセオドア様に腹が立つと同時に胸が痛んだ。
痛いほど伝わってしまうセオドア様のレイラ様への想い。
レイラ様が未だにみつからないことが、レイラ様を探すことを諦めて、新たなレイラ様が現れたこの現状が、ずっとセオドア様は受け入れられないのだ。
それがきっと普通だ。
セオドア様も辛いのだと、私もわかっていたつもりだった。
それ故に酷いことばかりしてくるセオドア様に対して、苦手意識はあれど、憎みきれないのは、そういった事情が薄ら見えていたからだ。
セオドア様の胸ぐらを掴んでいた手から力が抜けていく。
「私はアナタの姉なんかじゃない。アナタの姉、レイラ様は必ず帰ってくる。それまでの代わりが私ってだけ」
それから私の手はセオドア様の胸ぐらから離れ、力なく下へと落ちた。
意味がわからないが、涙も流れ始めて止まらない。
「私だって帰りたい。私だって愛する家族がいる。私は私のまま生きていたかった」
今まで我慢していたものが溢れ出す。
男爵家の為に、と全てを捨てて諦めていたつもりだったが、どうやら心の奥底では違ったらしい。
私は私を殺しきれなかった。
リリー・フローレスはずっと私の中で生きたいと叫んでいた。
「僕だって、お前なんかを姉扱いしたくない。僕も会いたい。愛する姉さんに」
「私も帰りたい。伯爵家の娘なんて柄じゃない」
「姉さんに会いたいよ…」
「ゔぅ、帰りたい…」
最初こそ睨み合っていた私たちだったが、次第にその瞳から憎しみは消え、やがて悲しみ一色になっていた。
そして気がつけば私だけではなく、セオドア様も泣き始め、私たちはお互いに泣きながらも文句や願いをただただ言い合った。
そうして何十分も経った頃、私たちはやっと落ち着きを取り戻し、互いに黙ったまま下を向いていた。
…やってしまった。
いくら我慢の限界だったとはいえ、セオドア様に泣きながら文句を言い続けるだなんて。
絶対怒っている。このままでは最悪追い出されてしまう。
そうなれば男爵家は終わりだ。
「…」
気まずくて気まずくて仕方ない。
しかしこのまま黙っているわけにもいかず、何か言おうと顔をあげる。
すると泣き腫らした目をしたセオドア様がまっすぐとこちらを見つめていた。
「…お前は僕の姉さんなんかじゃない。それでも姉さんが帰って来るまでここにいることを許してやる」
私と視線の合ったセオドア様が、私の腕を引き、私を自身の腕の中へと入れ、抱き寄せる。
最初こそ、いろいろな感情があれど、ロケットの写真をぐちゃぐちゃにされたこともあり、腹立たしい相手であったセオドア様だったが、セオドア様の想いを嫌というほど知り、その感情もいつの間にかなくなっていた。
私たちは互いに愛するものを手放すしかなかった者だ。
少し違うが同じような傷を持つ同士、互いに支え合うのも悪くないだろう。
私は私を抱き寄せるセオドア様の背中に自身の腕を回して、強くセオドア様を抱き締めた。
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