6 / 33
6.大切なものと譲れないもの
しおりを挟むセオドア様に少々邪魔されたが、何とか洗濯物を目標時間内に干し終えた私は、あと30分後に始まる授業に間に合うように、慌ててレイラ様の部屋へと移動していた。
この調子でいけば、授業開始15分前にはレイラ様の部屋へ着き、授業準備もできるはずだ。
15分もあれば、せめてテキストの内容を確認することもできる。内容を理解できるかどうかは別問題だが。
そんなことを考えながらも、やっとの思いで辿り着いたレイラ様の部屋の扉に手をかける。
それから扉を開けると、レイラ様の部屋に誰かがいた。
「誰?」
思わず反射でそこにいる誰かに声をかける。
大きな窓の前で佇む人物。
窓から射す、柔らかな太陽の光を浴びて、こちらに背を向ける人物に私は嫌な予感がした。
艶やかな短すぎず、長すぎない黒髪。
華奢な私と同じくらいの背丈の男の子。
少し考えてそこにいる人物が誰なのかわかった。
ーーーセオドア様だ。
何でセオドア様がここに?
先ほどの様子のおかしかったセオドア様のこともあり、不安になる。
「…セ、セオドア様?」
私がこの部屋に入ってきたことに気づいていないのか、未だにこちらに背を向けたままのセオドア様を恐る恐る呼んでみる。
するとセオドア様はやっとこちらに振り向いた。
「…っ」
太陽の光を背に浴び、逆光になっているセオドア様のわずかに見えた暗い表情に思わず息を呑む。
セオドア様の空色の瞳には光が一切ない。
美しいが故にどこか虚なセオドア様はまるで人形のようだった。
それから私は気がついた。
そんな美しいセオドア様の手に私のロケットペンダントがあるということを。
「…あっ」
セオドア様の手にあるものに思わず声を上げる。
あれは私、リリー・フローレスがリリーであると唯一証明できるものなのだ。
リリー・フローレスはここへ来た時、死んだ。
なので、私が私であると証明できるものはここへ来る前、全て処分された。
それでも私はどうしてもリリー・フローレスとしての欠片を一つだけでも持っていたかった。
だから私はお父様に懇願した。
私が私である証を一つだけでも残して欲しい、と。
そしてお父様はそんな私の願いを聞き入れ、あのロケットの所持を許してくれたのだ。
あのロケットの中には私とお父様とお母様、3人の家族写真がある。
あれだけが私がリリーであると証明できる唯一のものなのに。
それが今セオドア様の手の中にあるだなんて。
「…セ、セオドア様。そ、それは私の大切なものなんです。そ、それを返してください」
これ以上セオドア様に近づくとセオドア様を刺激してしまうような気がして、その場で声を振るわせながらセオドア様に切実に訴える。
「お、お願いします…」
それから私は深々とセオドア様に頭を下げた。
あれは私の心の支えだ。
何故、私がここでレイラ様として頑張っているのか、その意味を再確認できるものなのだ。
それを失うなんて耐えられない。
「…こんなものがそんなにも大切?」
「…は、はい。それは私が持つものの中で一番大切なもので…」
「ふーん」
私の答えを聞き、セオドア様が興味なさげにロケットのチェーンの部分を持ち上げる。
それからゆらゆらと揺らし、その様をしばらく見つめると、セオドア様はロケットを開けた。
セオドア様がじっと私の大切な家族写真を見つめている。
嫌な予感がする。
「やめてください」
「は?」
気がつけば私はここへ来て初めてセオドア様に強い口調で話しかけていた。
「今すぐそれを私に返してください」
「僕に命令するなよ。生意気だな」
私の態度を見てセオドア様が不愉快そうに表情を歪める。
そしてロケットから器用に家族写真を抜き取ると、ロケットだけその場に放り投げ、家族写真を手のひらへと置いた。
「な、何をするつもりですか!お願いです!やめて!」
「何をするつもりって…。わかっているだろ」
平静さを失い、叫ぶ私にセオドア様がニヤリと笑う。
それからセオドア様は私に見せつけるように写真を置いていた手を握り締めた。
ーーー私が、リリーがリリーである唯一の証がぐちゃぐちゃになっている。
そう思った瞬間、私の中で何かが壊れた。
「な、何で!何でそんなことをするの!?ふざけるな!」
気がつけばそう叫び、セオドア様の元まで駆け寄ると、私はセオドア様の胸ぐらを掴んでいた。
「私がアンタに何をしたっていうの!?」
「うるさい!お前の存在自体が不快なんだよ!出て行けよ!」
「出て行けるものなら出て行きたいよ!こんな家!」
「じゃあ、出て行けよ!消えろよ!ニセモノ!」
叫ぶ私にセオドア様も負けじと叫ぶ。
いつの間にか私たちは互いに一歩も引かない姿勢で、きつく睨み合っていた。
今までの上下関係がまるで嘘かのような状況だ。
「…姉さんは死んでいない」
続く叫び合いの中で、セオドア様が突然、小さな声でそう主張する。
「姉さんは生きている。絶対に帰ってくる。だから姉さんの代わりのお前なんて必要ないんだよ」
私に胸ぐらを掴まれたまま、どこか弱々しくそう言ったセオドア様に腹が立つと同時に胸が痛んだ。
痛いほど伝わってしまうセオドア様のレイラ様への想い。
レイラ様が未だにみつからないことが、レイラ様を探すことを諦めて、新たなレイラ様が現れたこの現状が、ずっとセオドア様は受け入れられないのだ。
それがきっと普通だ。
セオドア様も辛いのだと、私もわかっていたつもりだった。
それ故に酷いことばかりしてくるセオドア様に対して、苦手意識はあれど、憎みきれないのは、そういった事情が薄ら見えていたからだ。
セオドア様の胸ぐらを掴んでいた手から力が抜けていく。
「私はアナタの姉なんかじゃない。アナタの姉、レイラ様は必ず帰ってくる。それまでの代わりが私ってだけ」
それから私の手はセオドア様の胸ぐらから離れ、力なく下へと落ちた。
意味がわからないが、涙も流れ始めて止まらない。
「私だって帰りたい。私だって愛する家族がいる。私は私のまま生きていたかった」
今まで我慢していたものが溢れ出す。
男爵家の為に、と全てを捨てて諦めていたつもりだったが、どうやら心の奥底では違ったらしい。
私は私を殺しきれなかった。
リリー・フローレスはずっと私の中で生きたいと叫んでいた。
「僕だって、お前なんかを姉扱いしたくない。僕も会いたい。愛する姉さんに」
「私も帰りたい。伯爵家の娘なんて柄じゃない」
「姉さんに会いたいよ…」
「ゔぅ、帰りたい…」
最初こそ睨み合っていた私たちだったが、次第にその瞳から憎しみは消え、やがて悲しみ一色になっていた。
そして気がつけば私だけではなく、セオドア様も泣き始め、私たちはお互いに泣きながらも文句や願いをただただ言い合った。
そうして何十分も経った頃、私たちはやっと落ち着きを取り戻し、互いに黙ったまま下を向いていた。
…やってしまった。
いくら我慢の限界だったとはいえ、セオドア様に泣きながら文句を言い続けるだなんて。
絶対怒っている。このままでは最悪追い出されてしまう。
そうなれば男爵家は終わりだ。
「…」
気まずくて気まずくて仕方ない。
しかしこのまま黙っているわけにもいかず、何か言おうと顔をあげる。
すると泣き腫らした目をしたセオドア様がまっすぐとこちらを見つめていた。
「…お前は僕の姉さんなんかじゃない。それでも姉さんが帰って来るまでここにいることを許してやる」
私と視線の合ったセオドア様が、私の腕を引き、私を自身の腕の中へと入れ、抱き寄せる。
最初こそ、いろいろな感情があれど、ロケットの写真をぐちゃぐちゃにされたこともあり、腹立たしい相手であったセオドア様だったが、セオドア様の想いを嫌というほど知り、その感情もいつの間にかなくなっていた。
私たちは互いに愛するものを手放すしかなかった者だ。
少し違うが同じような傷を持つ同士、互いに支え合うのも悪くないだろう。
私は私を抱き寄せるセオドア様の背中に自身の腕を回して、強くセオドア様を抱き締めた。
340
あなたにおすすめの小説
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。
iBuKi
恋愛
サフィリーン・ル・オルペウスである私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた既定路線。
クロード・レイ・インフェリア、大国インフェリア皇国の第一皇子といずれ婚約が結ばれること。
皇妃で将来の皇后でなんて、めっちゃくちゃ荷が重い。
こういう幼い頃に結ばれた物語にありがちなトラブル……ありそう。
私のこと気に入らないとか……ありそう?
ところが、完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど――
絆されていたのに。
ミイラ取りはミイラなの? 気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。
――魅了魔法ですか…。
国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね?
いろいろ探ってましたけど、どうなったのでしょう。
――考えることに、何だか疲れちゃったサフィリーン。
第一皇子とその方が相思相愛なら、魅了でも何でもいいんじゃないんですか?
サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。
✂----------------------------
不定期更新です。
他サイトさまでも投稿しています。
10/09 あらすじを書き直し、付け足し?しました。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる