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9.レイラの婚約者
しおりを挟むアルトワ伯爵邸を初めて見た時、ただの貴族のお屋敷ではなく、お姫様や王子様が住んでいそうなとても豪華ですごいお城だと思った。
だが、上には上がいるようで、今日初めて見たシャロン公爵邸はそのアルトワ伯爵邸よりもさらにすごいものだった。
没落寸前の男爵家の娘であり、ほぼ平民の目の肥えてない私でさえも、シャロン公爵邸の洗練された美しさや素晴らしさがわかる。
そんなシャロン公爵邸の素晴らしさに圧倒されながらも、私は今、ガラスドームに囲まれた公爵邸内の園庭を歩き、シャロン公爵邸のすごさをまた肌で感じていた。
『お前は姉さんじゃないけど、姉さんの席、姉さんの名誉、姉さんの全てを守る義務がある』
シャロン公爵邸の美しすぎる園庭を男性の使用人に案内されながら、ふとセオドアに散々言われた言葉を思い出す。
そして私は改めて気を引き締めた。
私は今レイラ様なのだ。
私が失敗すれば、レイラ様の名に、アルトワの名に傷がつく。
そうなれば、私や男爵家の立場が当然危うくなる。
そうならない為にもきちんとしなければ。
「ウィリアム様、レイラ様をお連れ致しました」
私の前を歩いていた使用人が、園庭内の開けた場所に着いたと同時にそこにいる人物に声をかける。
「ああ、案内ご苦労」
花に囲まれた場所に用意されているティーセット。
そこに1人で腰掛け、微笑む人物はまさに絵画から出てきた王子様のような人だった。
セオドアよりも少し長い柔らかそうな銀髪は光の加減によっては白銀にも見えて美しく、こちらを見つめる金色の瞳もまるで黄金のような輝きを放っている。
目鼻立ちがはっきりとしており、人形のような完璧な顔立ちに宝石のような色合いを持つ彼は、セオドアとはまた違った美しさを持っていた。
彼こそがこの国の誰もが婚約したいと願うお方、ウィリアム・シャロン様だ。
そんなウィリアム様と目が合う。
するとウィリアム様はその黄金の瞳を細めて、私に柔らかく微笑んだ。
「レイラ、久しぶりだね」
ふわりと何の問題もないように微笑むウィリアム様。
特に今の状況に疑問を持つことなく、明らかにレイラ様ではない私をレイラ様として扱ったウィリアム様の姿に、アルトワ夫妻の姿が重なる。
私はそんなウィリアム様にアルトワ夫妻と同じように少しだけ恐怖心を抱いた。
「お久しぶりです、ウィリアム様」
しかし私は今、ニセモノだがレイラ様だ。
なので私は恐怖心を胸の奥にしまい、レイラ様としてウィリアム様に応えた。
そしてそんな私にウィリアム様は「少し雰囲気が変わったね、レイラ。どうぞここへ座って」とテーブルを挟んで向かい側にある席に座るように促した。
ゆっくりとウィリアム様に言われた席に座り、ウィリアム様にはバレないように小さく息を吐く。
この穏やかな王子様のような人はレイラ様の…いや、アルトワ伯爵家にとってとても大切なお方だ。
この方に私が何か粗相をするわけにはいかない。
気を引き締めなくては。
「半年前の事故で記憶を失っていると聞いたよ。俺のことも覚えていないのかな?悲しいな」
私の目の前で悲しそうにウィリアム様が笑う。
ウィリアム様はどうやらアルトワ夫妻が私に与えている役割をそのまま受け入れているようだ。
赤の他人が幼馴染の婚約者に成り代わっているというのに、それを当然のように受け入れている様子のウィリアム様にますます怖くなる。
まだセオドアの最初のリアクションの方が理解できたし、受け入れられたのに。
*****
それから私たちは本当に他愛のない話をした。
天気の話やちょっとした流行りの話、いろいろな話をしていく中で、私はこの優しいウィリアム様の気分を害さないようにずっとウィリアム様の顔色を伺っていた。
「それでレイラはこのことについてどう思う?」
「え、あ、えっと。ウィリアム様のお考えが正しいかと…」
「ふーん。それはレイラらしくない答えだね。レイラなら例え俺の意見であっても間違っていれば間違っていると言うはずなのに」
「…今はたまたまウィリアム様と意見が合っただけです」
「そう」
胃が痛い。
微笑んでいるのだが、何だか私を試すような目で見てくるウィリアム様の視線が痛すぎて、美味しそうなケーキが全く喉を通らない。
例え胃に入れたとしても胃が痛くて気持ち悪くてもう最悪だ。
ウィリアム様からのプレッシャーに限界を感じていると、ウィリアム様はその形の良い唇をゆっくりと動かした。
「君は俺と同じだね」
「…え」
目の前のテーブルにある紅茶に口を付けて、ふわりと笑うウィリアム様の言葉の意味がわからず、思わず声を漏らす。
ウィリアム様と私が同じ?
没落寸前のフローレス男爵家の娘と、この国の三大貴族、シャロン公爵家の長男では何もかも違うと思うのだが。
「周りの期待に応えるしかない。応え続けなければその価値を証明できない。哀れで哀れで不愉快だね」
ウィリアム様は優しい顔のままそれだけ言うと、その場から立ち、たった今優雅に飲んでいた紅茶を私に頭からかけた。
ーーーーえ?
今、何が起きたの?
たった今自分の身に起きた出来事が理解できず固まってしまう。
頭から流れ落ちる暖かい水は今まさにウィリアム様が飲んでいた紅茶で、その紅茶のせいで私は今、全身びしょ濡れだ。
この不快感の原因は今私の目の前で微笑んでいるこの男の仕業なのだ。
え?嘘でしょ?
状況を理解しても、私はこの状況をなかなか飲み込むことができなかった。
ウィリアム様は肩書きだけではなく、王子様のような美しい見た目と、何をやらせても完璧な器量、さらには性格の良さからこの国の誰もが婚約したいと願うお方だ。
そんなお方があんな酷い言葉を私に吐き、さらには紅茶を頭からかけてくるだなんて。
「こんなことを俺にされてもお前は怒れないし、媚びるしかないんだよね。全ては没落寸前の男爵家の為に」
おかしそうに笑うウィリアム様を見て、私はわかってしまった。
ウィリアム様がアルトワ伯爵家のニセモノのレイラ様の事情以外にも、私、リリーのことまでもいろいろと知っているということを。
そしてウィリアム様は全て知った上で、絶対に逆らえない私の様子を見て楽しんでいるのだ。
性格が悪いにもほどがある。性格が良いなんて真っ赤な嘘ではないか。
とても腹立たしいが、ウィリアム様の言う通り、私はウィリアム様の顔色を伺い、常に期待に応えられなければ、価値のない存在なので、ウィリアム様へのこの怒りも直接本人にぶつけることはできなかった。
なので私は代わりに目一杯ウィリアム様のことを睨んだ。
その後、ウィリアム様の証言によって、私は何故か園庭の大きな噴水に一人で落ちたことになっていた。
そんな私に対して公爵邸のメイドたちはウィリアム様の命令によってだが、至れり尽くせりで、私の世話を焼いてくれた。
お風呂に入れたり、着替えを手伝ったり、空き時間にはマッサージやエステをしてくれたり。数え出したらキリのない贅沢を一通り受けた後、私は公爵邸を後にした。
至れり尽くせりの最中に、時々ウィリアム様が私の様子を見に現れては、「大丈夫?」や「災難だったね」と声をかけてきた時は、サイコパスでは?と思ってしまった。
何なんだ、あの男は。
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