31 / 33
31.原因と特別
しおりを挟むここから出て、リリーとして好きに生きていい。
衣食住を含め、あちらでの生活の全てを支援するので、何も心配はいらない。
そうアルトワ夫妻に言われた私はなかなか息苦しい毎日を送っていたが、またそんな毎日に耐えられるようになっていた。
今までとは違い、終わりが見えているからだ。
あとどのくらいでアルトワから離れられるのか具体的な日数はわからない。
だが、私のために2人は急ピッチでことを進めてくれると言ってくれていた。
きっと1ヶ月もしないうちにここから出られるだろうと期待も込めて思う。
そんな毎日を送る中で、私は常々疑問に思っていたことの答えをついに見つけてしまった。
「ゔぅ…ぅ…」
アルトワ伯爵邸内の廊下を何となく歩いていると、聞こえてきたすすり泣く女性の声。
気になってその声の方へ向かうと、レイラ様が今使っている部屋の前へとたどり着いた。
そしてたまたまほんの少しだけ扉が開いていたので、思わず中を覗いてみると、そこには静かに泣いているレイラ様と、そんなレイラ様を気の毒そうに見つめ、囲む、複数のメイドたちの姿があった。
「…私、リリーが怖いの。自分の居場所が奪われそうだからと口も聞いてくれないし、目が合えば睨むし。セオとウィルなんて、無理やり彼女に縛られて、彼女の傍にいるしかないのよ?本当に2人が可哀想だわ。でも私、怖くてリリーには逆らえないの…」
うるうるとその美しい星空のような深い青色の瞳に涙を溢れさせ、メイドたちに訴えかけるレイラ様はあまりにも儚げで、弱々しい。
そんなレイラ様にメイドたちは一斉に哀れみの視線を注いだ。
「レイラ様、大丈夫ですからね。私たちがアナタ様をお守りいたします」
「あのニセモノのことなら私たちにお任せを」
メイドたちがレイラ様を少しでも安心させようと優しく笑っている。
泣いているレイラ様にそれを慰めるメイド。
この光景を見て私はわかってしまった。
私への嫌がらせの原因はまさかのあの完璧で女神様のように優しいレイラ様だったのだ、と。
何故アルトワが周りに伏せようとしていたことがこんなにもあっさりと広まってしまったのか私は常々疑問に思っていた。
だが、今のレイラ様を見れば、あっさりと事実が広まってしまった原因がわかってしまった。
レイラ様自身が発信していたので伏せようがなかったのだ。
私は確かにレイラ様とあまり話さないが、それは基本ウィリアム様やセオドアなどの誰かがその場におり、話す必要や機会がなかったからだった。
睨んだ覚えももちろんないし、どう考えてもレイラ様の勘違いか嘘だろう。
セオドアやウィリアム様が私に縛られているという話も、あまりにも作り話すぎて、レイラ様が悪意を持ってああしているのだとわかってしまった。
もしかしたら、かなり鈍感なレイラ様が本当にそう思っていた、と考えるのもありかもしれないが、あの思慮深く、人のことをよく考えられる完璧なレイラ様がそこだけはわかりませんでした、となるだろうか。
「ねぇ、どうか私がこんな弱音を吐いていることなんて誰にも言わないでね。私は常に完璧でいたいから」
美しい涙を流しながらもメイドたちにそう訴えたレイラ様を見て、私はなるほど、と腑に落ちた。
ああいうふうに訴え、願うことによって、全ての情報源であるレイラ様という存在を上手く隠していたのだ。
レイラ様を大切に思っている人にのみ弱音を吐き、それを黙らせる。きちんと人を選んでレイラ様はあることないことを言っていたのだろう。
今にも散って消えてしまいそうなほど、儚く、辛そうなレイラ様に、メイドたちは案の定、「もちろんでごさいます!」「私たちだけの秘密です!」と明るく胸を張って言っていた。
…全てレイラ様の嘘だと知らず、面白いくらいにメイドたちがレイラ様の手のひらで踊らされている。
慈悲深い仮面の裏でレイラ様は私を排除する為に、嘘を編み、噂を操っていたのだ。
まあ、レイラ様からすると、本来自分が得られるはずの恩恵を受け続ける私なんて、邪魔で邪魔で仕方ないのだろうけど。
てっきり女神様のように慈悲深いレイラ様なら、そんなことなど気にせず、ゆったりと構えていると思っていたのに。
それを邪魔だからと、さっさと消す為に、ああして動くとは。
何と計算高く恐ろしいお方なのだ。
あのウィリアム様とセオドアと渡り合えるだけのことはある。すごい性格の悪さだ。
*****
変わらず私の周りは悪意で満ちている。
だが、私はもう耐えられた。ここから離れられることが決まっているからだ。
もちろんこんな私を助けようとする者など現れなかった。
当然だろう。レイラ様から全てを奪うニセモノを一体誰が助けたいと思うのだろうか。
今日学院で受けた嫌がらせは、机に入れておいた教科書を全て水浸しにされる、というものだった。
なので私はその教科書たちを抱えて、学院内の綺麗に整えられた芝生が生い茂る広場へと向かった。
そしてそれらを一冊ずつ芝生の上へと並べた。
時刻は午後2時。昼下がりの太陽の光が降り注ぐここは教科書を乾かすにはうってつけの場所だ。
ここでなら1時間もすれば、教科書も少しは乾き、鞄に入れ、持ち帰れるくらいにはなるだろう。
「はぁー」
私は教科書を並び終えると大きく息を吐いて、芝生の上に仰向けになった。
私の瞳と同じ色の空には複数のいろいろな形の白い雲が浮かんでおり、見ていて飽きない。
ふわふわのうさぎに、ふわふわの花。
ふわふわの大きな家に見える雲もある。
この穏やかな時間に私は懐かしさを感じた。
かつて没落寸前の男爵家の娘だった私は、よくこうして庭に寝そべり、空を見ていた。
あの時の感覚が今でも鮮明に思い出せる。
もう授業が始まる時間だったが、そんなことどうでもよかった。
完璧ではないリリーは今ここで教科書と共にあの時のように寝たかった。
ーーー瞼を閉じてどのくらいたったのだろうか。
気持ちよく寝ていると、突然その声は聞こえてきた。
「おい。こんなところで寝るな」
聞き覚えのある冷たい声に瞼を開ける。
すると、そこには立ったままこちらを呆れたように見下ろしているセオドアがいた。
そんなセオドアについ反射で「あ、ごめん」と謝罪し、上半身だけ起こす。
こんなところをセオドアに見られるなんて。
また小言が始まるぞ。
「そもそも年頃の令嬢がこんなところで1人で寝るな。危ないだろ。せめて寝たいなら使用人を横に置け。そのくらい分かれ。何年アルトワの令嬢をやっているんだ、お前は」
ほら、やっぱり。
こちらを冷たく見据え、私の予想通りに小言を言い始めたセオドアに思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「返事は?」
苦笑する私を見て、セオドアは片眉を上げ、私に凄んだ。
「…はぁい」
「…気に食わない返事だな」
私の気の抜けた返事にセオドアがため息を漏らす。
だが、セオドアは「まあ、いい」と諦めたように言い、こちらに改めて視線を向けた。
「使用人に頼めないなら僕に頼め」
「え」
セオドアの予想外の提案に思わず目を見開く。
あのセオドアが私に優しい?何故?
信じられないものでも見るようにセオドアを見つめていると、そのセオドアが「返事は?」と冷たく私に返事の催促をしてきたので、私は慌てて「うん」と頷いた。
私の返事を聞いたセオドアがそのまま私の横に腰を下ろす。
何で座ったんだろう?
居座るつもりなのかな?
私の横にいるセオドアを気にしながらも、せっかく起きたので、私は乾かしていた教科書を一冊手に取ってみた。
表紙は完全に乾いているが、中がまだ湿った状態だ。
だが、ここに持ってきた時には、水が滴っていたので、これはこれで上出来だろう。
私は完全に教科書を乾かしたかったのではなく、ただ持ち帰れるようにしたかっただけなのだ。
よし。もういいかな。
そう判断した私はせっせとその場に広げている教科書を一冊ずつ集め始めた。
「ねぇ」
そんな私にセオドアが突然冷たい声音で声をかける。
「お前、僕に何か言うことはない?」
「え?」
それからどこか責めるようにそう言われて私は戸惑った。
セオドアに言うことなどないからだ。
「ないと思うけど…」
「ふーん」
私の歯切れの悪い返事を聞き、セオドアはただただ無表情に私をまっすぐ見た。
その瞳が何故か仄暗い気がするのだが、気のせいだろうか。
「…言わないつもりなんだ」
セオドアが何か呟いた気がしたが、私には聞こえなかった。
530
あなたにおすすめの小説
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
番(つがい)はいりません
にいるず
恋愛
私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。
本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。
運命の番より真実の愛が欲しい
サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。
ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。
しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。
運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。
それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。
5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!
158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・
2話完結を目指してます!
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
いい加減な夜食
秋川滝美
恋愛
ハウスクリーニングのバイトをして学費を稼ぐ大学生、谷本佳乃。ある日彼女が、とある豪邸の厨房を清掃していたところ、その屋敷の使用人頭が困り顔でやってきた。聞けば、主が急に帰ってきて、夜食を所望しているという。料理人もとっくに帰った深夜の出来事。軽い気持ちで夜食づくりを引き受けた佳乃が出したのは、賞味期限切れの食材で作り上げた、いい加減なリゾットだった。それから1ヶ月後。突然その家の主に呼び出されたかと思うと、佳乃は専属の夜食係として強引に雇用契約を結ばされてしまい……。ひょんなことから始まる、一風変わった恋物語。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる