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32. 欲しかった言葉
しおりを挟む「ニセモノのくせに本当、図々しい女ね」
朝、人気のない学院内の廊下を珍しく1人で歩いていると、イザベラ様たちと遭遇した。
イザベラ様を始め、イザベラ様の後ろに控えるイザベラ様の友人たちの鋭い視線に朝から嫌な気分になる。
ここにせめてウィリアム様かセオドアがいてくれれば、壁になってもらえたのだが、今はいないのでそういうわけにもいかない。これは長引きそうだ。
「レイラ様がお可哀想だわ」
「ニセモノはニセモノらしく引っ込んでおけばいいものを」
「ホンモノには敵わないからと自分こそがホンモノだと主張し続けるなんて」
早速始まったイザベラ様の後ろに控えるご令嬢たちの私を責める言葉に気が滅入る。
何故、このご令嬢たちは真実かどうかもはっきりとわかっていないことを、誰かの言葉だけを簡単に信じて、人のことを責められるのだろうか。
「ねぇ、早く私の親友、ホンモノのレイラを返して」
状況にげんなりしていると、イザベラ様はそんな私に詰め寄り、ドンッと強く私の胸を押した。
私を押したイザベラ様に私を睨む複数のご令嬢たち。
怒りの感情に晒され続けることが息苦しくて仕方がない。
本当は今すぐでも自分がニセモノであることを認め、レイラ様がもうすぐ帰ってくることを伝えたい。
だが、アルトワの方針では一応、私とレイラ様が入れ替わるまでは、私がレイラ様だ。
例え、もう私がニセモノだと広まっていたとしても、その方針に逆らうつもりはない。
なので、私は未だにこちらを力強く睨み続けるイザベラ様にいつも通り淡々と応えることにした。
「ご安心ください。もう少しお待ちいただければイザベラ様の望む結果になりますので」
「はぁ!?もうその話はやめてくれる?いつもそう言うけど、結局次の日もお前がここにレイラとして来るじゃない!」
「ですが、信じていただければ…」
「お前の言葉なんて信じないわよ!このレイラから全てを奪ったニセモノが!」
ついに限界を迎えたイザベラ様が顔を真っ赤にして、右腕を大きく振り上げる。
そしてそのまま私の頬目掛けてその手を勢いよく振り下ろした。
パァンっと私たち以外誰もいない静かな廊下に私の頬を叩く音が響く。
イザベラ様に頬を思いっきり叩かれたことによって、左頬がじんじんと痛むが、だからといって怯む私ではない。
私は元没落寸前の男爵家の娘なのだ。
誰かに頬を叩かれることなんて近所の子どもたちとの喧嘩の中でよくあったことなので、慣れていた。
「…これで満足ですか」
「…っ」
頬を思いっきり叩かれても何も変わらない私を見て、イザベラ様が悔しそうにわなわなと震える。
それから視線を伏せて何も言わなくなった。
きっと私の反応が薄すぎて、悔しくて悔しくて仕方ないのだろう。
イザベラ様は少しでも私を傷つけたいのだ。
イザベラ様から見て、諸悪の根源である私を。
「あ、明日こそは、私の親友を絶対に返しなさい」
やっと口を開いたイザベラ様はそれだけ言い捨てると、「…行くわよ」と、友人のご令嬢たちを引き連れて、この場を後にした。
とりあえずイザベラ様たちからの嫌味に堪える時間ももう終わったようだ。
「レイラ」
そんなことを思っていると、後ろから誰かが私に声をかけてきた。
いや、誰かではない。
この声は…
「…ウィリアム様」
振り向くとそこには私の予想通り、大変美しい表向きは完璧な王子様、ウィリアム様が立っていた。
あまりにも見計らったようなタイミングで現れたウィリアム様に、私は少しだけ不信感を抱く。
イザベラ様たちとのやり取りをウィリアム様は見ていたのでは?
そしてあえて私を助けずに今出てきたのでは?
もしそうならやはりウィリアム様は表向きだけ完璧なサイコパスだ。
わかっていたけれど。
「ああ、レイラ」
ウィリアム様に怪訝な視線を向けていると、ウィリアム様はそんな私なんて気にも留めずに、心配そうに私の元へとやってきた。
「君の愛らしい頬が赤くなっているね」
ウィリアム様が私の頬を辛そうに見て、労るように優しく撫でる。
それから制服のポケットから小さな蓋付きの容器を取り出すと、「これ、薬だよ」と、私の頬に容器の中のクリーム状の薬を塗った。
ウィリアム様に薬を塗られたことによって、痛みがすっと引いていくのがわかる。
「…見てました?」
「…?何を?」
改めてウィリアム様をじっと見つめ、イザベラ様たちとのやり取りを見ていたのか確認してみると、ウィリアム様はわざとらしくおかしそうに首を傾げた。
見ていたことを隠す気さえもないウィリアム様の態度に思わず、苦笑してしまう。
ウィリアム様らしいといえば、ウィリアム様らしいのだが。
「俺を頼ってもいいんだよ、レイラ。俺に助けを求めたっていい。俺はレイラに求められれば喜んで力になるよ」
そんなことを思っていると、ウィリアム様が甘い声音でそう言い、私の右手を取った。
そしてゆっくりと私の手の甲に唇を落とした。
「…ねぇ、プロポーズの返事は?」
ウィリアム様の黄金の瞳が焦がれるように私を見つめる。
何故、レイラ様が大切なウィリアム様が私にこんな視線を向けるのかわからない。
だが、私はどの道、今後はリリー・アルトワとして自由に生きていく。
フローレス男爵家の近くにあるアルトワの別荘で、こんなお堅く、周りの目ばかり気にする貴族の世界とは関わらず、レイラ様が大切な彼らから離れて、穏やかに暮らすのだ。
そんな私の新たな生活に、ウィリアム様という存在は不要だった。
「…ウィリアム様とのご結婚、とてもいいお話なのですが、私にはもったいなさすぎるお話で…。完璧なアナタにはもっと相応しいお方がいます。それこそホンモノのレイラ様とか」
こちらを見つめるウィリアム様に私はしおらしく笑う。
あくまで私がダメなのだと伝えるのだ。
完璧ではない私ではウィリアム様のお相手など到底務まらない、と。
ウィリアム様は私の答えを聞き、にこやかながらもどこか仄暗く微笑んだ。
「俺と結婚して君が公爵夫人になれば何もかも安泰なんだよ?手に入れられないものなんてないし、平穏だって手に入る。権力もお金も何もかも全てが君の思うがままだ。それを簡単に手に入れられるこのチャンスを君は逃すの?」
「はい、私にはそんなもの必要ありませんから」
確かにウィリアム様と結婚すれば、得られるものがたくさんあるだろう。
このプロポーズを断ることは惜しいことだと、十分わかっているし、そう思う私もいる。
だが、それでも私が本当に欲しい自由がそこにはないような気がした。
だから私はウィリアム様のプロポーズを断った。
「…そう」
私の迷いのない答えを聞き、ウィリアム様は静かに頷いた。
その輝く黄金の瞳がいつもとは違い、どこか暗い気もしたが、きっと私の見間違いだろう。
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