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本編

3話 不審者と遭遇しました

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現在の時刻は昼1時過ぎ、庭ではお嬢様の10歳の誕生日パーティが盛大に催されているのですが、私のいる1階調理場は料理の戦場と化しているため、その声は全く届いていません。しかも、そこら中から食材の匂いがしているため、庭に漂う悪意の臭いを感じ取ることもできません。お嬢様の誕生日パーティーだから、流石に大勢の人前で嫌がらせをされるとは思えませんが、それでも気になります。

私はお嬢様を守ると言いながら、朝から延々と食器類を洗い続けている自分を情けなく思います。職務を放棄するわけにはいきませんが、何か起きた時は必ずお嬢様の味方となりましょう。
 
それにしても、さっきから洗浄すべき食器の量が、全然減りません。全てを洗いきり、水分を拭き食器棚に収納したと思ったら、次から次へと汚い食器類が運び込まれてくるのです。パーティーが始まる前からやっていますので、かれこれ2時間近くはこの作業を続けています。

「食洗機が欲しいです~~~」

前世の御主人様のお友達の家で見たキッチン内蔵型の食洗機、あんな便利なものがあれば、この果てしない作業も多少は楽になっていたと思います。

「食洗機? ま~た、リコッタのおかしな呟きが始まったわね」

私の隣で私と同じ作業をしている先輩メイドのルカさん、彼女もここに来た頃、今の私のように不満を漏らしていたそうですが、私の場合、その解決策を具体的に呟くそうなので、何故か皆さん本気で気にかけてくれています。

「自動で食器を洗ってくれる魔道具です。キッチンに置かれている皿などの食器類を食器立てに一定方向で配置固定させて、そこに魔石を利用した洗剤込みの水魔法・風魔法を全方位から一斉に放つことで食器類を洗浄してくれます」

女神様が何かして下さったのか、私は犬の時に経験した事を今でも全て鮮明に覚えていますし、殆ど意味不明だったご主人様やそのお友達の言葉も全てわかるようになりましたから、食洗機やテレビなどの家電の意味もわかるのです。

「そんなものがあれば、飲食業界の人たちにとってはかなり便利よね。高価なものになるけど、一定の需要はありそうね」

 大量の食器を洗い続けていたら、私たちの手は荒れ放題になってしまいます。
 誰か食洗機を作ってほしいです。

「ほら追加だ。いらんこと言ってないで、さっさと洗えよ。それが終われば、ルカはパーティーの配膳、リコッタは昼30分休憩だ」

うう、現実に目を背けていたら、コック見習いで成人(15歳)したばかりのナオトさんが、私たちの目の前に大量の食器類を置いていきました。

「ナオトさん、意地悪です‼︎ 私も、配膳担当になりたいです‼︎」

彼は呆れた顔になって、私の最も気にする一言を言い放ちます。

「チビだから無理だ、諦めろ」

ぐほ‼︎ チビ…警察犬仲間から散々言われた言葉です。
早く大人になりたい。

犬と違って、人間や獣人の場合は、身長180センチくらいまで伸びると聞いています。180は無理でも、せめて160くらいに背を伸ばしたいです。

「ルカさんが、羨ましいです」
「あのね、配膳担当も大変なのよ。状況によっては貴族に絡まれる事だってあるんだから」

 ルカさん、私は聞いてしまったんですよ。
 配膳担当のメリットとデメリットを。

「でも、状況によっては玉の輿もありえるんですよね?」
「その通り‼︎ 実話を聞かされているから、尚更燃えるのよね」

実話を基にして作られた小説が流行しているせいで、多くの先輩メイドが玉の輿を狙い、婚約者のいない貴族の子息たちを狙っているようです。この家に住むメイドの情報網は広く、どうやって収集しているのか不明ですが、婚約者のいない下位貴族を割り出し、配膳でパーティー会場を移動する際は、その人たちの目に映りやすいよう動いているようです。出席者の多くが人間族の貴族であるため、獣人族の私は玉の輿を狙えませんし、そんなものに興味もありません。

私の場合は、もう一つのメリットでもある食べ残しをもらえることの方が興味深いです。貴族方の食べるパーティー料理には、全て上質な食材が使われており、かなり美味と聞いています。配膳担当の人たちは、食器類を下げ邸内に入り、誰もいないところで余っているものを食べているそうです。

全く、けしからんです。
私も混ぜて欲しいです。


○○○


ふう~、お腹いっぱいになりました。
私は使用人専用の食堂で、お昼ご飯を食べました。
料理当番のナオトさんの調理したお子様ランチは、最高でした‼︎

4日前に、彼から『リコッタにとっての理想的な料理はあるか? それをパーティー時のリコッタの昼食にしよう』と言われたので、私は《お子様ランチ》のことを言いました。

ペットの入れるレストラン、そこでご主人様の甥っ子さんの食べた料理《お子様ランチ》がとても印象的だったので、今でも鮮明に覚えています。と言っても、私自身食べたことがないので、どんな味なのかわかりません。だから、質問された時点でその時の映像を絵にしてナオトさんに見せました。彼は『絵が少々雑だけど、どんな料理なのか、そのニュアンスだけは伝わったよ。これは、子供向けだな。もしかしたら、平民だけでなく、貴族にも通用するかもしれない。よし、見た目をこの絵の通りにして調理してみるか』と答えてくれました。

その結果、完成された料理は、私の記憶に近いお子様ランチそのものでした。《ピラフ》《卵焼き》《タコサンウィンナー》《ポテトサラダ》などの味も格別で、私としても大満足です。これが日本のものと同一の味なのかはわかりませんが、疲れが吹っ飛びましたね。

「リコッタ、その料理を食べて、何か不満点はあるか?」

ナオトさんは、料理を食べている私の顔色をずっと窺っていました。
やはり、味が気になるのでしょう。
ここは、素直に不満点を口にしたほうがいいですね。

「少し濃くてくどいので、お口直しのフルーツやジュースを添えれば完璧です」
「なるほど、食後のお口直しか。貴族の世界では常識だが、平民の通う料理屋でも使えそうだな」

ナオトさんは熱心にメモをとっていました。
料理人という職種の人たちは、みんな研究熱心で驚きです。

「あと15分ほど休憩時間がありますので、2階に行ってパーティーの様子を覗いてきますね」

「ああ、わかった」

調理場を離れ、2階のテラスを目指し階段を上がると、ふと不快な臭いを感じました。

「この臭いはなんでしょう?」

少しエグ味のある嫌な臭い、これまでの経験上、こういったものは悪意なんですよね。パーティー会場となる庭からではなく、どうして2階から感じるのでしょう?

「クンクン、あっちの廊下から臭いが漂ってきます」

悪意だけでなく、人の匂いも感じますが、私の知らないものです。不法侵入者が、2階のどこかにいますね。

一度引き返して、ルカさんやナオトさんに言うべきでしょうか? 
でも、侵入者がその間に逃げちゃう可能性もあります。
とりあえず、どこにいるのかだけでも把握しておきましょう。

恐る恐る臭いの元を辿っていくと、行き着いた先がまさかのアリアお嬢様のお部屋でした。犯人が何の目的で部屋に侵入しているのかわからない以上、今ここで踏み込んでおかないと、お嬢様に何らかの不利益が被るかもしれません。でも、それはかなり危険な行為です。

「危険ですが、ここは1人で行くしかありませんね」

ここで雇われている以上、私に《逃げ》の選択肢はありません。私は覚悟を決めて、不審者を刺激させないよう、ドアをゆっくりと開けると、1人の黒いフルフェイスマスクを被った見知らぬ男性が部屋の中にいました。私からは相手の目しか見えません。

「お嬢様の部屋で、何をやっているんですか!!」

あまりにも不気味な容姿だったので、つい声を荒げてしまいました。胸ポケット付近に鷲の紋章を施したバッジを付けているという事は、この人はパーティー参加者の護衛ですね。

年齢まではわかりませんが、男性で間違いありません。私と目が合った途端、かなり驚いているものの、それを声に出していません。
 
「この不法侵入者!! お嬢様の部屋で、何をしているのですか!!」

どんな人であろうとも、泥棒は泥棒です。
絶対に許しません。

不審者は右手に高価そうな指輪を持っていますが、あれはお嬢様のものでもありませんし、指輪から知っている人の匂いも感じ取れません。

この男の目的は、何なのでしょう?

「こいつは驚いた。まさかターゲットの方から近づいてくるとは…手間が省ける」

ターゲット?
どういう意味でしょう?

「おチビちゃん、悪いね。俺の雇い主は、アリア嬢を大層嫌っている。彼女に絶望を与えるよう、心の支えとなっている君に、2択の選択を迫るよう命令されている」

お嬢様を嫌う人は、学園内に少なからずいると旦那様から聞いています。
この男は、私に何を求めているのでしょう?

「どんな選択なんですか?」 
「な~に簡単なことだ」

男は懐から、子供用のポシェットを取り出しました。

「こいつを見てみな」

男性はポシェットの中に右手を突っ込み、何かを取り出し、私に見せると、彼の右手には、3枚の金貨が握られていました。

「こいつは、ほんの一部だ。この中には、お前さんが半年間遊んで暮らせる程の金が沢山入っている。《こいつを受け取り、今すぐこの屋敷から出ていく》、これが1つ目の選択だ。2つ目は、《この場で私に殺され、命そのものを強制的に断たせてもらう》だ。さあ、どちらを選択する?」

この男は、何を言っているんですか!?
私は何が起ころうとも、ご主人様を絶対に裏切りません‼︎

「そんなの、答えは決まっています!!」
「はは、だよな、物分かりが良くて助かる」
「私は、どちらも選びません!!」

男の目つきが、明らかに変化しました。
緊迫した空気が、部屋の中に満ちていきます。

「おチビちゃん、何を言ったか理解しているか? 最初の選択肢を選べば、君は小金持ちになれるんだぞ。そもそも、お前さんは道端でアリアに指名され、無理矢理メイド見習いにされたと聞いているが?」

「無理矢理ではありません!! きちんと条件を提示され、私が承諾したことで、メイド見習いになったんです!! 私は、お嬢様を絶対に裏切りません!!」

「そうかい、その忠誠心は見事なものだが、それが仇になったな」

男の目つきが変わり、私に濃密な視線を被せてきました。
この身体全身に纏わりつくねっとり殺伐とした感覚は、何なのでしょう?
私の額から、嫌な汗が流れ出てきます。
まさか、本当にこの場で私を殺す気なのですか?

「庭には、大勢のパーティー参加者がいるのですよ? ここで私を殺せば、大騒ぎになります」

「依頼主にとって、それが狙いなんだよ」

男が、少しずつ私に近づいてきます。
本気だ……本気で私を殺す気なんだ。 

「子供を殺すのは心苦しいが、潔く死んでくれ」

この男の発せられる醜悪な臭いでわかります。
こいつは、《心苦しい》とは微塵も思っていません。
誰が、この男に命令したのでしょう?
あ、私が少し考え込んでいる間に、もう間近にまで迫っています!!
逃げたいけど、身体が恐怖で動きません!!

「じゃあな」

まずいです。
男が懐から短剣を抜き、私のお腹を刺そうと腕を突き出してきました!!
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