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10歳〜アストレカ大陸編【旅芸人と負の遺産】
オーキス、真実を知る!
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○○○ オーキス視点
(前話の模擬戦30分程前、最後の授業が終わった直後からのスタートとなります)
あれから1週間、僕も気を引き締めて授業を受けていたのだけど、何も起きない。いや……起きてほしいわけじゃないけど、あまりにも普通に学生生活を過ごしている。今日最後の授業でもある【道徳】、先生の言葉が僕の心に響く。僕以外にも、心に響いた者は大勢いるんじゃないかな?
【ノーブレスオブリージュ】
《身分の高い者は、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務がある》
【セレクションオブリージュ】
《特殊な魔法・スキル・称号を持つ者は悪用せず、自制と行使の責任を持て》
この2つの言葉で、真っ先に思い浮かんだのはシャーロットとイザベルだ。あの2人は、光と闇だ。イザベルも盗んだとはいえ、【聖女】の称号を持った以上、きちんと自制し責任感を強く持っていれば、あの忌まわしい事件を防げたかもしれない。【公爵令嬢】でもあるシャーロットは、怪我人だらけの光景を見ても決して逃げず、マジックポーションを何度も飲みながら上級魔法リジェネレーションを何度も行使して皆を救った。
当時、学園に在籍していた学生にとって、決して忘れられない事件となっている。あの凄惨な事件を2度と起こさないためにも、また起きたとしても皆で立ち向かっていけるよう、この2つの言葉が各クラスの掲示板の壁にも貼られている。
僕は【勇者】だ。
シャーロットが僕よりも強い存在であったとしても、僕はこの称号に恥じぬ生き方をしたい。そして、シャーロットに頼られる存在になりたい。そのためにも、勇者として善行を重ねていくことが大切だ。冒険者ギルドの依頼を受け、人々の不安を消し去ることも重要だけど、今の僕の年齢では無理がある。せめて成人してからでないと、逆に周囲に迷惑をかけてしまう。
今の僕にとって出来ること、学園生の悩みを聞いて解決に導いたり、生徒会に入って学園に大きく貢献することが近道だと思う。まだ1年生だから生徒会メンバーにはなれないけど、その人達の補佐としてなら貢献できるはずだ。授業も終わったことだし、早速……
「オーキス、行くよ!」
突然、クラスメイトでもある獣人のミーシャが僕に話しかけてきた。
彼女はシャーロットとの模擬戦に敗れて以降、毎日僕を訓練に誘ってくる。
「まさか、また訓練場?」
「当然。強くなって、シャーロット様に勝つ!」
《いや、絶対に不可能だから!》とは言えない。彼女の容姿は紫の髪色、少し長い髪を後ろで1本の紐で縛っており、可愛い顔立ちをしている。ただ、普段無表情であるためか、男子からの評判が少し悪い。
『おしい。笑ったら可愛いいのに』
『俺としては、【もっと抑揚をつけろ】といいたい』
『無表情だけど、性格はいいよ』
そんなミーシャだけど、僕としては好印象を抱いている。確かに無表情ではあるけども、本人の性格は前向きで、戦闘センスも申し分ない。それに戦闘に限り、彼女は感情を表に出す。普段から表情を出すよう心掛けていれば、男子にもモテるだろうに。
これがミーシャの個性なのだから、僕としては何も言わないけど。
「あのさ…」
「今日は模擬戦しよう。週1回必ず模擬戦をして、戦闘の感覚を維持させておきたい」
む、それは一理ある。どんな経験を積んだベテランでも、たった数週間の堕落だけで、感覚を鈍らせると聞く。学校に滞在する以上、騎士団での訓練が殆どできなくなる。僕としても、感覚を鈍らせたくない。
「わかった。模擬戦をやろうか」
「そうこなくっちゃ!」
前回、最後の攻撃に対応できず、悲惨な敗北を味わった。それをシャーロットやリーラ、フレヤにも目撃されてしまい、あの後色々と慰めてもらったけど、僕としては全然嬉しくなかった。今日の模擬戦で、あの時の敗北感を払拭してやる!
○○○(模擬戦終了直後)
やった!
模擬戦に勝ったぞ!
最後の意表を突いた攻撃を華麗に回避し、ミーシャの首元に木刀を突きつけた! イメージ通りの勝ち方をできたぞ!
「やっぱり、オーキスは強い。当面の目標は、あなたに安定して勝つこと」
ミーシャは、戦闘狂なのかな? 戦闘の話になると妙に輝いている。
「僕の当面の目標は、500の限界を突破すること。いずれは999の壁も突破してみせる!」
シャーロット、コウヤ先生、その弟子でもあるトキワさんは999を超えている。僕自身も【勇者】の称号を上げていけば可能だけど、称号の力に頼りたくない。マリルさんの称号【修羅】、シャーロットから教わった称号【静読深思】、これら以外にも突破方法はあると聞いている。
「オーキスは人間の能力限界を突破しているの?」
「ああ。シャーロットが帰還して以降、ずっと訓練を続けてきたおかげで、既に突破しているよ。ミーシャも強くなるのはいいことだけど、もっと目標を具体的に示さないと強くなれないぞ」
「む、一理ある。わたしは、まだ限界突破を果たしていない」
せっかく友達になれたのだし、ヒントくらい出してもいいかな。
「ミーシャ、今のレベルは?」
「12」
それなら、まだ間に合う。
「今後、魔力関係の基礎スキルの訓練に重視べきだよ。実戦感覚も確かに重要だけど、基礎が疎かになれば実戦で死ぬよ」
「む、オーキスがそういうのなら…わかった。基礎訓練を重視する」
……模擬戦も終了し、帰り支度を整えていると、アーバンがやって来た。隣には、フレヤもいる。
「オーキス、ちょっといいか?」
彼との出会いは入学試験だったけど、同じクラスになって以降、お互いすっかり打ち解けて気軽に話し合える存在になれたんだ。
「いいけど、どうしたんだ?」
2人の様子が、少しおかしい。
「最後の回避行動、自分がどう回避したか覚えているか?」
突然、何を言い出すんだ?
「え? 華麗に回避したと思うけど?」
「「華麗!?」」
どうして、アーバンもフレヤも驚くんだ?
「お前…やっぱり…」
「アーバン、ここで言ってはダメよ。あなたに任せるわ。私は、アレをやりたくない」
アーバンもフレヤもおかしい。何が言いたいんだ?
「オーキスに話したい事がある。今から自習室に行こう」
「え……構わないけど」
一体、なんなんだ?
自習室、学生が図書館や自分の寮以外で勉強を静かに行える部屋のことだ。僕も1度だけ使ってみたけど、防音壁が組み込まれているからか本当に静かな部屋で、1人部屋から4人部屋まである。
……僕とアーバンは2人部屋の自習室へと入り、彼から模擬戦での出来事、つまりミーシャから放たれた最後の攻撃を、僕がどうやって回避したのかを聞いた。
「あ…あ…僕は…本当に…そんな回避を?」
「やっぱり、無意識の行動か。いいか、これから行う行為は巫山戯たものじゃない。 お前自身が行ったものだからな」
アーバンは顔を赤くしながら、両手で股間を隠し、クルリと華麗に回転し、木刀を突きつけるポーズをとる。え、僕がこの回避行動をとったのか!?
「そんな…全然記憶にない。華麗に回避したとばかり……」
「全然、華麗じゃない。見学人の多くが目を細めて、疑問に思ったよ。オーキス、お前は股間攻撃に対して、トラウマを持ってしまったんだ」
トラウマ……僕自身、敗北した事にショックを覚えたけど、あの攻撃に対して、そこまで怯えていないはず。……どうして?
「フレヤの見解だと、これは精神的な病らしい。現状のオーキスは、病自身を自覚していない。まずは自分で自覚し、信頼できる男子に相談して治していくしかないとも言っていた」
心の病気。
「こんな病気、どうやって治せばいいんだ? あまりにも情けなくて、シャーロットにだって相談できない」
シャーロットやリーラが、直接模擬戦を見てなくてよかった。でも心の病気となると、シャーロットの力でも無理だ。自分自身で、克服するしかない。
「俺が手伝うよ。あくまで例えだが、俺がお前の股間を何度も攻撃して耐性をつけさせるという手段もある。《たとえ》だからな!」
僕は、良い友達を持ったな。こんな病なのに、アーバンは笑わずに真剣に向き合ってくれている。
「ありがとう、頼むよ。僕1人じゃあ、多分治せない。騎士団の先輩達にも相談してみる」
今のうちに、こういった病気を経験できて良かったかもしれない。成人してからだと、僕自身の評価が急降下していたと思う。
「早速、騎士団に行ってくるよ」
僕が立ち上がって出て行こうとすると、急に呼び止められた。
「ああ……て、違う、違う! ここに来てもらったのは、俺の悩みを聞いてほしいからなんだ!」
悩み? アーバンも、何かを抱えているのか?
この1週間、アーバンが何かで悩んでいる素振りを感じなかったけど?
「俺の悩みを言う前に、オーキスのことがあったから、先にそっちを伝えたんだ」
そうだったのか。
「僕で良ければ、相談に乗るよ。それで、その悩みというのは?」
貴族の彼が平民の僕に相談するくらいだから、相当な内容かもしれない。それに、彼は僕の病に対し、真剣に考えてくれている。僕自身も強い気持ちを持って、彼の悩みに耳を傾けよう。
「実は……」
話を聞いた限り、それはクディッチス一家が抱えている悩みのようだ。彼の妹ネルマさんを脅かす原因不明の奇病、【周囲の生物の生命力を吸い取る】、それは病気といえるものだろうか?
アーバンは学校の領分を完全に逸脱しているこの悩みを、シャーロットやフレヤに話すべきかを思案している。下手に教会へ伝えると、情報が漏洩して、ネルマさん自身が社会的な意味で殺されることを恐れて、これまで誰にも言えなかったそうだ。
「オーキス、誓って言うが、妹の治療のために君に近づいたわけじゃないからな! 俺にとって、君は【真の友】ともいえる存在なんだ!」
嬉しい事を言ってくれる。アーバンは実直で融通の効かないところも少しあるけど、この1週間で彼の人格を理解している。
「わかっているさ。けど、妹のネルマさんの身体を侵しているのは、【病気】といえるのか?」
ステータスの基本情報に、何の異常もない。スキルや魔法にも異常なし。けど、他者の生気を吸い取る力がある。アーバンを見ると、苦渋に満ちた表情をしている。妹さんのことを大切に思っているんだな。
「わからない。信頼の置ける医者に幾度も診せてきた。教会のステータスチェッカーを利用させてもらい、家族全員だけでネルマのステータスを確認した。オークションでエリクサーを競り落とし、飲ませもした。どんな治療を施そうとも、効果がなかった」
いくらなんでもおかしいだろ?
僕自身、シャーロットからエリクサーや回復魔法の回復原理を聞いている。エリクサーとヒール系回復魔法で共通しているのが、大気中の魔素を使用すること。この魔素が身体中に吸収されて欠損部分を補ったり、病原体を破壊する物質に変換されて、体内を浄化していく。
一見完璧のように思えるけど、欠点もある。
体内魔力が病気によってかき乱されている場合、大気中の魔素を吸収できない。そういった場合、魔力をかき乱す原因物質を特定し、【イムノブースト】または【薬】で除去してからでないと完治しない。【イムノブースト】は制御面で危険だから、現在の主流は、【薬】の服用となっている。
けど、どんな病気であれ、身体に異常があればステータスに【状態異常】として病名が記載される。
まさか……負の遺産?
いや…ネルマさんの病気は3年前に起きたものだから違うか?
「アーバン、フレヤとシャーロットに相談しよう。彼女達は、情報を漏洩したりしないよ」
「だが、ネルマに近づけば、お2人の身体が……それに教会側の許可を得ていない」
そういった特殊な事情であれば、教会側も情報の漏洩を考慮して、シャーロットの派遣を許可してくれるはずだ。
「フレヤは危険かもしれないけど、シャーロットなら大丈夫だよ。彼女はハーモニック大陸で、数多くの耐性スキルや回復スキルを身につけているからね」
シャーロットは【状態異常無効】と【HP自動回復スキルL v10】を持っているから、直接触れても問題ない。
「それに、情報漏洩に関しても心配いらない。患者の個人情報を教会内だけに秘匿させる制度がある。内部の者が特定の個人の情報を見る場合でも、許可が必要となる。情報を外部に漏らした者は如何なるものであろうとも、厳重な処罰が下される」
「それを聞いて安心したよ」
けど、これは危険な賭けとなる。もし、シャーロットでも治療できなかった場合、精神的な意味合いでクディッチス家自体が崩壊するかもしれない。
(前話の模擬戦30分程前、最後の授業が終わった直後からのスタートとなります)
あれから1週間、僕も気を引き締めて授業を受けていたのだけど、何も起きない。いや……起きてほしいわけじゃないけど、あまりにも普通に学生生活を過ごしている。今日最後の授業でもある【道徳】、先生の言葉が僕の心に響く。僕以外にも、心に響いた者は大勢いるんじゃないかな?
【ノーブレスオブリージュ】
《身分の高い者は、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務がある》
【セレクションオブリージュ】
《特殊な魔法・スキル・称号を持つ者は悪用せず、自制と行使の責任を持て》
この2つの言葉で、真っ先に思い浮かんだのはシャーロットとイザベルだ。あの2人は、光と闇だ。イザベルも盗んだとはいえ、【聖女】の称号を持った以上、きちんと自制し責任感を強く持っていれば、あの忌まわしい事件を防げたかもしれない。【公爵令嬢】でもあるシャーロットは、怪我人だらけの光景を見ても決して逃げず、マジックポーションを何度も飲みながら上級魔法リジェネレーションを何度も行使して皆を救った。
当時、学園に在籍していた学生にとって、決して忘れられない事件となっている。あの凄惨な事件を2度と起こさないためにも、また起きたとしても皆で立ち向かっていけるよう、この2つの言葉が各クラスの掲示板の壁にも貼られている。
僕は【勇者】だ。
シャーロットが僕よりも強い存在であったとしても、僕はこの称号に恥じぬ生き方をしたい。そして、シャーロットに頼られる存在になりたい。そのためにも、勇者として善行を重ねていくことが大切だ。冒険者ギルドの依頼を受け、人々の不安を消し去ることも重要だけど、今の僕の年齢では無理がある。せめて成人してからでないと、逆に周囲に迷惑をかけてしまう。
今の僕にとって出来ること、学園生の悩みを聞いて解決に導いたり、生徒会に入って学園に大きく貢献することが近道だと思う。まだ1年生だから生徒会メンバーにはなれないけど、その人達の補佐としてなら貢献できるはずだ。授業も終わったことだし、早速……
「オーキス、行くよ!」
突然、クラスメイトでもある獣人のミーシャが僕に話しかけてきた。
彼女はシャーロットとの模擬戦に敗れて以降、毎日僕を訓練に誘ってくる。
「まさか、また訓練場?」
「当然。強くなって、シャーロット様に勝つ!」
《いや、絶対に不可能だから!》とは言えない。彼女の容姿は紫の髪色、少し長い髪を後ろで1本の紐で縛っており、可愛い顔立ちをしている。ただ、普段無表情であるためか、男子からの評判が少し悪い。
『おしい。笑ったら可愛いいのに』
『俺としては、【もっと抑揚をつけろ】といいたい』
『無表情だけど、性格はいいよ』
そんなミーシャだけど、僕としては好印象を抱いている。確かに無表情ではあるけども、本人の性格は前向きで、戦闘センスも申し分ない。それに戦闘に限り、彼女は感情を表に出す。普段から表情を出すよう心掛けていれば、男子にもモテるだろうに。
これがミーシャの個性なのだから、僕としては何も言わないけど。
「あのさ…」
「今日は模擬戦しよう。週1回必ず模擬戦をして、戦闘の感覚を維持させておきたい」
む、それは一理ある。どんな経験を積んだベテランでも、たった数週間の堕落だけで、感覚を鈍らせると聞く。学校に滞在する以上、騎士団での訓練が殆どできなくなる。僕としても、感覚を鈍らせたくない。
「わかった。模擬戦をやろうか」
「そうこなくっちゃ!」
前回、最後の攻撃に対応できず、悲惨な敗北を味わった。それをシャーロットやリーラ、フレヤにも目撃されてしまい、あの後色々と慰めてもらったけど、僕としては全然嬉しくなかった。今日の模擬戦で、あの時の敗北感を払拭してやる!
○○○(模擬戦終了直後)
やった!
模擬戦に勝ったぞ!
最後の意表を突いた攻撃を華麗に回避し、ミーシャの首元に木刀を突きつけた! イメージ通りの勝ち方をできたぞ!
「やっぱり、オーキスは強い。当面の目標は、あなたに安定して勝つこと」
ミーシャは、戦闘狂なのかな? 戦闘の話になると妙に輝いている。
「僕の当面の目標は、500の限界を突破すること。いずれは999の壁も突破してみせる!」
シャーロット、コウヤ先生、その弟子でもあるトキワさんは999を超えている。僕自身も【勇者】の称号を上げていけば可能だけど、称号の力に頼りたくない。マリルさんの称号【修羅】、シャーロットから教わった称号【静読深思】、これら以外にも突破方法はあると聞いている。
「オーキスは人間の能力限界を突破しているの?」
「ああ。シャーロットが帰還して以降、ずっと訓練を続けてきたおかげで、既に突破しているよ。ミーシャも強くなるのはいいことだけど、もっと目標を具体的に示さないと強くなれないぞ」
「む、一理ある。わたしは、まだ限界突破を果たしていない」
せっかく友達になれたのだし、ヒントくらい出してもいいかな。
「ミーシャ、今のレベルは?」
「12」
それなら、まだ間に合う。
「今後、魔力関係の基礎スキルの訓練に重視べきだよ。実戦感覚も確かに重要だけど、基礎が疎かになれば実戦で死ぬよ」
「む、オーキスがそういうのなら…わかった。基礎訓練を重視する」
……模擬戦も終了し、帰り支度を整えていると、アーバンがやって来た。隣には、フレヤもいる。
「オーキス、ちょっといいか?」
彼との出会いは入学試験だったけど、同じクラスになって以降、お互いすっかり打ち解けて気軽に話し合える存在になれたんだ。
「いいけど、どうしたんだ?」
2人の様子が、少しおかしい。
「最後の回避行動、自分がどう回避したか覚えているか?」
突然、何を言い出すんだ?
「え? 華麗に回避したと思うけど?」
「「華麗!?」」
どうして、アーバンもフレヤも驚くんだ?
「お前…やっぱり…」
「アーバン、ここで言ってはダメよ。あなたに任せるわ。私は、アレをやりたくない」
アーバンもフレヤもおかしい。何が言いたいんだ?
「オーキスに話したい事がある。今から自習室に行こう」
「え……構わないけど」
一体、なんなんだ?
自習室、学生が図書館や自分の寮以外で勉強を静かに行える部屋のことだ。僕も1度だけ使ってみたけど、防音壁が組み込まれているからか本当に静かな部屋で、1人部屋から4人部屋まである。
……僕とアーバンは2人部屋の自習室へと入り、彼から模擬戦での出来事、つまりミーシャから放たれた最後の攻撃を、僕がどうやって回避したのかを聞いた。
「あ…あ…僕は…本当に…そんな回避を?」
「やっぱり、無意識の行動か。いいか、これから行う行為は巫山戯たものじゃない。 お前自身が行ったものだからな」
アーバンは顔を赤くしながら、両手で股間を隠し、クルリと華麗に回転し、木刀を突きつけるポーズをとる。え、僕がこの回避行動をとったのか!?
「そんな…全然記憶にない。華麗に回避したとばかり……」
「全然、華麗じゃない。見学人の多くが目を細めて、疑問に思ったよ。オーキス、お前は股間攻撃に対して、トラウマを持ってしまったんだ」
トラウマ……僕自身、敗北した事にショックを覚えたけど、あの攻撃に対して、そこまで怯えていないはず。……どうして?
「フレヤの見解だと、これは精神的な病らしい。現状のオーキスは、病自身を自覚していない。まずは自分で自覚し、信頼できる男子に相談して治していくしかないとも言っていた」
心の病気。
「こんな病気、どうやって治せばいいんだ? あまりにも情けなくて、シャーロットにだって相談できない」
シャーロットやリーラが、直接模擬戦を見てなくてよかった。でも心の病気となると、シャーロットの力でも無理だ。自分自身で、克服するしかない。
「俺が手伝うよ。あくまで例えだが、俺がお前の股間を何度も攻撃して耐性をつけさせるという手段もある。《たとえ》だからな!」
僕は、良い友達を持ったな。こんな病なのに、アーバンは笑わずに真剣に向き合ってくれている。
「ありがとう、頼むよ。僕1人じゃあ、多分治せない。騎士団の先輩達にも相談してみる」
今のうちに、こういった病気を経験できて良かったかもしれない。成人してからだと、僕自身の評価が急降下していたと思う。
「早速、騎士団に行ってくるよ」
僕が立ち上がって出て行こうとすると、急に呼び止められた。
「ああ……て、違う、違う! ここに来てもらったのは、俺の悩みを聞いてほしいからなんだ!」
悩み? アーバンも、何かを抱えているのか?
この1週間、アーバンが何かで悩んでいる素振りを感じなかったけど?
「俺の悩みを言う前に、オーキスのことがあったから、先にそっちを伝えたんだ」
そうだったのか。
「僕で良ければ、相談に乗るよ。それで、その悩みというのは?」
貴族の彼が平民の僕に相談するくらいだから、相当な内容かもしれない。それに、彼は僕の病に対し、真剣に考えてくれている。僕自身も強い気持ちを持って、彼の悩みに耳を傾けよう。
「実は……」
話を聞いた限り、それはクディッチス一家が抱えている悩みのようだ。彼の妹ネルマさんを脅かす原因不明の奇病、【周囲の生物の生命力を吸い取る】、それは病気といえるものだろうか?
アーバンは学校の領分を完全に逸脱しているこの悩みを、シャーロットやフレヤに話すべきかを思案している。下手に教会へ伝えると、情報が漏洩して、ネルマさん自身が社会的な意味で殺されることを恐れて、これまで誰にも言えなかったそうだ。
「オーキス、誓って言うが、妹の治療のために君に近づいたわけじゃないからな! 俺にとって、君は【真の友】ともいえる存在なんだ!」
嬉しい事を言ってくれる。アーバンは実直で融通の効かないところも少しあるけど、この1週間で彼の人格を理解している。
「わかっているさ。けど、妹のネルマさんの身体を侵しているのは、【病気】といえるのか?」
ステータスの基本情報に、何の異常もない。スキルや魔法にも異常なし。けど、他者の生気を吸い取る力がある。アーバンを見ると、苦渋に満ちた表情をしている。妹さんのことを大切に思っているんだな。
「わからない。信頼の置ける医者に幾度も診せてきた。教会のステータスチェッカーを利用させてもらい、家族全員だけでネルマのステータスを確認した。オークションでエリクサーを競り落とし、飲ませもした。どんな治療を施そうとも、効果がなかった」
いくらなんでもおかしいだろ?
僕自身、シャーロットからエリクサーや回復魔法の回復原理を聞いている。エリクサーとヒール系回復魔法で共通しているのが、大気中の魔素を使用すること。この魔素が身体中に吸収されて欠損部分を補ったり、病原体を破壊する物質に変換されて、体内を浄化していく。
一見完璧のように思えるけど、欠点もある。
体内魔力が病気によってかき乱されている場合、大気中の魔素を吸収できない。そういった場合、魔力をかき乱す原因物質を特定し、【イムノブースト】または【薬】で除去してからでないと完治しない。【イムノブースト】は制御面で危険だから、現在の主流は、【薬】の服用となっている。
けど、どんな病気であれ、身体に異常があればステータスに【状態異常】として病名が記載される。
まさか……負の遺産?
いや…ネルマさんの病気は3年前に起きたものだから違うか?
「アーバン、フレヤとシャーロットに相談しよう。彼女達は、情報を漏洩したりしないよ」
「だが、ネルマに近づけば、お2人の身体が……それに教会側の許可を得ていない」
そういった特殊な事情であれば、教会側も情報の漏洩を考慮して、シャーロットの派遣を許可してくれるはずだ。
「フレヤは危険かもしれないけど、シャーロットなら大丈夫だよ。彼女はハーモニック大陸で、数多くの耐性スキルや回復スキルを身につけているからね」
シャーロットは【状態異常無効】と【HP自動回復スキルL v10】を持っているから、直接触れても問題ない。
「それに、情報漏洩に関しても心配いらない。患者の個人情報を教会内だけに秘匿させる制度がある。内部の者が特定の個人の情報を見る場合でも、許可が必要となる。情報を外部に漏らした者は如何なるものであろうとも、厳重な処罰が下される」
「それを聞いて安心したよ」
けど、これは危険な賭けとなる。もし、シャーロットでも治療できなかった場合、精神的な意味合いでクディッチス家自体が崩壊するかもしれない。
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