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17歳と18歳

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「おはよう、ヒバリくん」
「おはよう、トキくん。じゃ行こうか」
「うん」
まだ朝日が昇るまでは少し時間がある。
朝晩は寒い。冬の格好をした斗樹は、母から持たされた弁当箱が入っているリュックを雲雀の方に向ける。
「母さんからの朝ごはん入ってるよ」
「嬉しいな、おばさんの料理は美味しいから。着いてから食べよう」
「うん」
これから30分ほど電車で行った先にある野鳥公園に雲雀と行く。雲雀にとって帰国して初めての野鳥観察。以前観察した分布図に変化がないかとか、昆虫の羽化が早まっていないかとか、そんなのを確認しにいく。
昨日、雲雀から宿題を見てもらっているときに、『明日は予定空いてる?』と言われた。まだ春休みで塾もない日、『空いてるよ、どうしたの?』と返したら、『観察行かない?』と誘われたのだ。斗樹もすぐに『行くよ』と返事をして、母の雪衣に話したら、『そういうの久しぶりねぇ』と、お弁当を作ってくれることになった。
朝の電車は空いていて、雲雀が先に座った斗樹の隣に座る。
膝がくっつきそうな距離で、斗樹の内心は、あわわわぁっとびびっていて大変忙しかった。
気を逸らすように話しかける。
「ヒバリくん、インドに鳥はいっぱいいた?」
「いたよ、チャイロオナガにオウチョウニに…」
雲雀はスマホのページを開いてそれがどんな鳥なのかを見せた。
「オナガはこの辺でも見られるね」
「そうだね、今日もいたらいいね」
「うん」
斗樹は雲雀と再会した日、意地悪なことを言われて、約束を破って連絡しなかったことを責められて、それで嫌われたのかと思っていたのに、次の日から雲雀は普通だった。雲雀のほうが、以前と同じようにと、斗樹に合わせてくれている感じだ。
斗樹が、”変わった”と言ったからかも知れないし、違うかも知れない。5年会わない間に雲雀がなにを考えているのか欠片もわからない。
以前なら「なにそれ?何考えてるの?」となんでも言えたし、雲雀も斗樹にはなんでも話してくれたと思う。今の雲雀になんでも言えるとは思わない。大人になるってこういうことかもしれないなぁと、以前と違うことをひとつづつ確認して受け入れていく。それでも、斗樹は雲雀に誘われたら、喜々としてついて行ってしまうのだ。
(ヒバリくん、もう大学決めてるのかな)
たとえ雲雀でも、高3からの受験は楽ではないだろう。
しかし、せっかく隣に戻って来てくれても、来年には斗樹の手が届かないところへいってしまうかも。塾に通ってやっと人並の斗樹とは違い、雲雀は優秀だ。望むなら鳥のようにどこへでも好きなところへ行ける。
(今だけだし…)
そのうちに雲雀も斗樹に構っていられなくなる。
雲雀が斗樹に合わせてくれているなら、それを甘受したほうがいい。
でも、変わったこともある。
「ね、聞いてた?」
「わっ」
雲雀が顔を覗き込んでくる。余所事を考えていた斗樹は急に雲雀の顔がアップで見えてびっくりしてしまう。ちょっと不機嫌そうにムッと口を尖らせていて、そんな顔をしていても雲雀は格好いい。全くデッサンが狂わないのがすごい。
「ご、ごめん…も一回言って」
「言わない」
「えぇ…ごめん。ちょっと聞き逃しちゃっただけなのに…」
「朝早かったからまだ寝てるんじゃやない」
「起きてるよ」
「っそ」
「もぅ…」
それ以上なにも言わず、スマホを見始めた雲雀に、なにも言えなくなった斗樹は、最初こそ雲雀の機嫌を伺うようにちらちらと見ていたが、雲雀がそれ以上なにも言う気がないとわかると諦めて外を眺めた。
「トキくんってさ…」
「な、なに…?」
「…ううん、なんでもない」
雲雀は、チラッと斗樹の方を見てからまたスマホに視線を落とした。

公園に着いて、日当たりも良く日陰も近い場所を見つけ、そこにシートを敷く。
「虫取り網と虫かご持ってきたけど」
「ありがとう、僕も双眼鏡持ってきたよ」
「うん」
先ずは腹ごしらえだ。母の雪衣に持たされた弁当箱を広げる。
おにぎりに、卵焼きに春巻き、唐揚げに茹で野菜…二人で食べても余りそうな量だ。
「わ、すごい。朝早くから豪華だね」
「張り切って作ってたよ」
雪衣は久しぶりに雲雀に食べてもらえると言って、前日から念入りに仕込みをしていた。斗樹だけならおにぎりとソーセージ、あってプチトマトの15分コースなのに。
「揚げ物は残ったら昼にも食べられるって」
「わかった、ありがとう」
春巻きとおにぎりを交互に頬張る。
雪衣の春巻きが外で食べられることなんか基本ない。雲雀サマサマである。
「あ、トキくん」
「ん?」
雲雀の手が斗樹の口もとへと伸びてくる。
「ほら、おべんと付いてるよ」
「…んあっ?」
そう言って、斗樹の口の橋に付いた米粒を摘む。
春巻きにテンションが上がってしまい、我を忘れてしまった。
「あ…ありがと」
「ん」
そして、あろうことか雲雀は斗樹の口もとに付いていた米粒をパクリと食べてしまった。
「えっ…あ…」
雲雀は、慌てている斗樹を見て、してやったりとにっこりしている。
「…っ」
「トキくんってさ…」
「な、なに…」
「僕のこと好きだよね」
「えっ!」
(ば、バレてる?いや、それもそうか?)
なにせ告白もプロホースもしてる。でも…。
雲雀がじいっと斗樹をみつめながら、近づいてくる。
思い出すのは、再会したときのことだ。
また近づがれて、反応してしまったら困る斗樹はじりじり後ずさりをする。
「ヒ、ヒバリくん…っ」
「顔真っ赤にしちゃって、…かわいいな…」
なにこれ、どーゆーこと?
雲雀の顔が近づいてくる。
成長した天使は神様のお仕えかのように神聖さもあって、甘さを残しながら精悍でもあって…。
だ、だめ近づかないで。俺はその顔がめちゃくちゃ好みだから…!
「…やっぱり、顔かな?」
「あっ、なに、ヒバリく」
「ごめんね、トキくん」
「え」
「僕が男で…」
「あ…」
「僕が、女のコだったらよかった?」
きっと、雲雀には斗樹の気持ちなんてお見通しなのだ。
だから未練たらしい斗樹に「ごめんね」と言って斗樹の気持ちには答えられないよって断りを入れるのだ。
(でも、ヒバリくん…)
(ヒバリくんが男でも女でも俺は…)
もう雲雀は斗樹の性癖にばっちり刺さってしまっている。久しぶりに会って余計に心がヒートアップしている感もある。でも、このままじゃだめなのはわかる。
「ひどいよ、ヒバリくん。俺が女のコだって言ったらめちゃくちゃ怒るくせにさぁ」
「うん、ごめんね」
「いいよ、もう…それよりさ、さっきから鳴いてる鳥、あれは?探しに行こうよ」
「そうだね」
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