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蜜月かもしれません
未来は見えないけれど 2
ホテルに着くと、棗がチェックインを済ませてくれて、鍵を受け取る。
部屋からの景色もいい。
山が近くにある。
「きれい…」
夕食までまだ時間があるので、先に温泉に浸かろう。
「夕食の前に温泉行きますね」
「はい」
「?」
棗が静かだ。
無理に話をすることもないが…。
機嫌が悪いわけではなさそうなので、疲れたのかな?と思ったが、どう考えても朋志より体力のある棗が、距離はあってもただ歩くだけの運動で消耗するとは思えない。
お茶を淹れる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
棗がお茶に手を伸ばす。
「おいしいです、朋志さんは疲れていませんか」
「すこし…。棗さん」
「はい」
「さっきのカフェで、…いましたね」
「ええ」
「Subの男性が、首輪をしていました」
「Domの女性は同じ素材のブレスレットとチェーンをしていましたね」
チェーンの先がカラビナ作りになっていて、首輪に繋がるらしい。
「見ただけでわかるんですか」
「あれと同じ商品を見たことがあります」
あれは、なによりもわかりやすいパートナーの証だ。
朋志はサブドロップを経験して、日常生活に支障をきたすほどの不調に悩まされていたので、仕方なく職場でカミングアウトして、周囲に配慮を求めた。
幸い、恵まれた職場環境だったので、カミングアウトをして嫌な経験をしたことはない。
今は棗というパートナーもいる。
ダイナミクスはマイノリティーだ。
あの頃、不調が抑制剤で抑えられるくらいのものだったら、きっとカミングアウトはしていなかっただろう。
前のパートナーだった顕も、カミングアウトはしていなかった。朋志もあの頃はしていなかったし、それが普通だと思っている。
あのカフェで見た二人はパートナーだ。
首輪は、二人には結婚指輪と同じ位置づけのものだと、見てすぐにわかった。
あの二人を見たのは短い時間だったが、朋志は、パートナー関係を可視化させて堂々としている二人を尊敬した。
「羨ましく思いましたか」
「えっ、首輪ですか」
どうだろう。
「羨ましいというより、…すごいことだと思いました」
「僕は少し羨ましく思いました」
「え」
「いえ、首輪をして欲しいと思ったわけではありませんよ」
「…はい」
それはなんとなくわかるような気がした。
棗もDomだ。
朋志のイメージしていたDom像とは違ったが、付き合ってみると、棗はDomでしかない。
プレイは優しくて、自尊心が満たされるくらい褒めてくれる。棗は不安感が強いSubである朋志を労って、ケアもたくさんしてくれる、思いやりのあるDomだ。
そんな中にも、強い独占欲、朋志を隅々まで支配しつくそうとする視線、ほんの指先を動かすことすら棗に操られていると感じる時がある。
そんなとき朋志は、棗をこわく感じてしまう。
でもそれは不安とは少し違うもので。
もうなにもかも棗に支配されているのに、なにをすれば朋志のDomがもっと満足してくれるのか、なんでも差し出すから暴いてほしいと、泣き叫んでしまいたくなるのだ。
それがこわい。
朋志がSub性から、被支配欲を持っているように。
棗もDom性から、支配欲を持っている。
首輪は、支配と被支配を可視化させるわかりやすい方法だった。
朋志は、棗がしたいと言えばするだろうが、ふたりきりの時しかしないだろうなと思う。
Subであることをカミングアウトして、パートナーがいることは知られていても、職場に首輪をしていく勇気はない。
「あのふたりは、今の僕には刺激が強く感じました」
「俺にもです」
「ええ」
「僕は、Domだということをカミングアウトしていません」
「はい」
それが普通だろうと思う。
カフェで見たふたりの方がマイノリティーの中の少数派だろう。
「朋志さん」
「はい」
「このタイミングで言うのはちょっと違うかも知れませんが、もともと言うつもりでしたし…」
「?」
棗にしては歯切れが悪い。
――― 首輪、とか…?
あのふたりにあてられて、棗も首輪をしたくなったのだろうか。
朋志的には、棗に縛られながらプレイするだけで棗を感じられ、充分満たされているのだが…。
なにを言われるのかドキドキしている朋志をよそに、切り出した棗の方が落ち着いて見える。
「僕と一緒に住んでくれませんか」
「えっ」
「部屋は空いています」
「あっでも」
「無理にとは言いませんが、考えてみてもらえませんか」
「は、はい」
「ありがとうこざいます」
「…」
それは、いつかの日に見た夢が現実になるかも知れないということで…。
朋志には、首輪よりも刺激が強いことだった。
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