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期待をこめて
厨房は聖域 2
「ただいま」
「おかえりなさい」
仕事帰りの棗をエプロン姿で出迎える。
落ち着いた色のシンプルなエプロンでどこにでもある普通の形をしている。このエプロンは棗から受け取った。「僕の癒やしのために着けてください。仕事の疲れが浄化されますので」と言われながら。
朋志は、エプロンにそんな癒やし効果があるなんて知らなかった。でも、棗が癒やされるならと家事をするときには進んで着けている。
「エプロンと朋志さんの絶妙な隙間がいいです。癒やされます」
スーツ姿の棗はきれいで格好いい。ぼうっと見惚れてしまうくらいだが、言っていることはいつも意味不明だ。しかし、こういうときの棗は、なんだか可愛く見えるから好きだ。
「ごはん、用意していますよ」
「連絡をもらってからもう楽しみで」
「先にごはんで大丈夫ですか」
「もちろん」
今日の夕食は、ごはん、タラの西京焼き、大根の味噌汁。漬け物とめかぶは市販のものだ。
朝食メニューだが、朋志の料理レベルは、野菜を千切る、お湯を沸かすくらいのことしかできない。
それも、過去のこと。満を持しての朝食メニューである。夕食だが。
「こ、これを朋志さんが…」
「はい、温かいうちにどうぞ」
「うっ…割烹着も買っておけばよかった…」
「?」
「いえ、いただきます」
「はい」
棗が味噌汁、西京焼きと箸をつけて口に運ぶ。
「…」
「美味しいです」
「本当ですか」
「ええ」
嬉しい。
「練習した甲斐がありました」
「練習してくれたのですか」
「はい、駅前で」
「駅前…?」
「あっ」
朋志は隠し事が壊滅的に下手くそだ。
うかつな自分を叱咤する。
――― 棗さんの誘導尋問が巧みだから…!
「料理教室ですか」
「はい、外食もあまり好きではないし、いつも棗さんに作ってもらってばかりなのも申し訳ないので、少しくらいは作れるようになりたいと思って」
「気にしなくていいのに…でも、そうですか」
「はい」
「僕も一緒に通いたいですね」
「だ、だだめです!」
噛んでしまったが、気にしている場合ではない。
棗が料理教室に通う…?
とんでもない!
「なぜです?」
朋志がなぜ必死に阻止しようとしているのかわからず、首を傾げる棗。
「もしかして…」
棗の目が妖しく光る。
「えっ」
「気になる人でもできましたか…?」
「いないです」
そういうことではない。
「…」
「…」
蛇に睨まれた蛙の気分だか、ここでは屈しないのである。朋志は内心震え上がりながら、棗が諦めてくれるのを待った。
「…朋志さん、先に謝っておきます。すみません」
「え、何…」
「”Say”」
「あっ!棗さん…っ」
――― ああ、言いたくないのに…。でも、早く言わないと、胸がもやもやする…。
「う…料理教室の生徒さんはみんな若い女性です…先生も…」
「ええ」
「棗さんが来たらみんな棗さんの方に行きます。棗さんはモテるから」
「…朋志さんが女性と話をするのを邪魔されたくないのですか」
「違います…」
「じゃあどうしてですか」
「もうっ、知ってるじゃないですか…」
「言ってください。聞きたいです」
「俺が嫉妬するから…、来ないでください」
「朋志さん…」
棗が立ち上がり、朋志を抱きしめる。
「言いにくいことを言ってくれてありがとうございます。もうしませんので許してください」
「もういいです」
「僕は、料理教室に通いたいわけではありません」
「棗さん」
「僕は朋志さんと一緒にメニューを決めて、買い物に行って、ごはんを作りたいだけです。だめですか」
「いいえ…俺も棗さんと一緒に作りたいです」
「ええ、ぜひ」
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