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日常系
つながる心、甘い想い 4
棗は、昼休みにオフィス街を歩きながら、朋志から貰ったバレンタインチョコレートのお返しを何にしようかと考えていた。ホワイトデーは明日に迫っていた。
バレンタインから今日まで色々と考えていたが、あまりこれといったものが思いつかなかったのだ。
朋志がなんでも喜んでくれることはわかっている。
バレンタインで、兄の理生から届いた小包を開封したときもだ。中味は、ハート型のラムネ菓子と紅茶だった。ラムネには一言メッセージが印字されていて、朋志は「可愛いです」とめちゃくちゃ可愛い笑顔で喜んでいた。
そのあと、朋志が「紅茶淹れてきます」といってパタパタ走っていく後ろ姿を見ながら、棗のテンションが地を這うほどに落ちたのは言うまでもない。さらに、紅茶と一緒に用意してくれた小皿に置かれたラムネには、”Really like!”と書いてあり、朋志は照れながら紅茶を飲んでいるし、どうしてくれようか…と悶々としたわけだが。
腹立たしいやら、可愛いすぎると大声で叫びたいやら、とにかく情緒が忙しかった棗だ。なにに腹が立つのかというと、手作りのお菓子だったり、高価ではないが洒落がちょっと効いていたり、何かと朋志の心を掴む術を兄たちがちゃんと心得ているところである。
棗も、朋志が欲しがるのなら、旅行でもブランド品でも渡したいものだが、なんでも喜ぶとはいえ、朋志はそういうタイプではなかった。
エプロンを贈ったときもまあ喜んだが、「一緒に料理を作りましょう」と言ったときのほうが断然喜んでいた。
だったらキャンプでも一緒に行くとか…と悪くない思いつきだだったが、今回は企画時間が短すぎるので仕方なく見送ることにする。
休憩時間もそろそろ終わり、職場に戻るかと思ったとき、一軒のお店が目に入り…。
「あ…」
その日の夜。
夕食を終えてリビングのソファで寛いでいると、スマホが鳴った。
知らない番号で、画面を見たまま出るかどうかと逡巡していると、心配そうに朋志が隣に座る。
「知らない番号です」
「え…」
間違いなら教えてあげたほうがいいですねと応答をタップする。
相手は警察でびっくりしたが、『先日の…』と話しだした内容には覚えがあった。
そういえば、裸足で歩いていた高齢女性を交番に送り届けた。
送り届けた女性は、足の裏に擦り傷があったものの、それ以外大きな怪我もなく、無事に家族の元へ帰られたようだ。
感謝状を渡したいので、空いている日を教えて欲しいということだった。
仕事帰りの時間でも良いと言われたので、明日行きますと伝えて通話を終える。
「警察でした」
「えっ」
びっくりしている朋志に、最初から説明をする。
聞いているうちに朋志の頬が仄かに色づいてきた。
「朋志さん…?」
「あ…すみません、俺も棗さんにはじめて会ったときのことを思い出して…」
「ええ」
朋志とは、彼の元パートナーである許斐から紹介されて会うことになったのだが、それが初めてではなかった。その少し前に、青年が具合が悪そうに道端で蹲っていたので声をかけたことがある。それが、朋志だった。あの時は名前も知らない青年だったのに…。
朋志も同じことを考えているのだろうか。
あのあとしばらく、棗は名前も知らないあの青年のことが頭から離れなかった。Subだというのは見てすぐにわかった。明らかにダイナミクスの乱れからくる不調だった。彼の周りにはちゃんとしたDomがいないのか、あれから病院には行けたのか、パートナーがいるようには見えない、いたらそこまで具合が悪くなることはないだろうに…、棗がいくらDomでも、お互いに知らない相手といきなりプレイが成立するはずもない。棗もDomとしての欲求不満を抱えていたので、あの時の朋志は棗にとって、庇護欲を掻き立ててきて、どうしようもなく目の毒だった。
「感謝状をいただけるそうです」
「すごいです」
「本当に…、なにが起こるかわかりませんね」
今の朋志は不調とは無縁だ。頬を染めて、自分のことのように喜んでいた。
棗が仕事を終え、感謝状を受領して戻ってくると、待ってましたと言わんばかりの勢いで朋志が玄関まで走ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「ご飯できてますよ」
夕食を終えるとすぐに、朋志に感謝状を見せてほしいと催促されて封筒を渡す。感謝状、棗理人殿と書かれており、朋志は、「玄関に飾りましょう」と興奮している。額を買わないと、と言って感謝状のサイズを測りだした。
嬉々としている朋志の姿に、することは早く終わらせようと感謝状の受領を今日にしたのだが、棗は日にち選びを間違えたかと若干後悔していた。
ホワイトデーなのだ。
棗がお返しに買ってきたのは、カモミールの小さな鉢植えだ。咲いた花でカモミールティーを一緒に作ろうと言って、なんなら今日のうちに花も収穫してイチャイチャする予定だった。
この朋志を前に、どのタイミングで渡せばいいのか。
棗が思いもしなかったところで、まさかここまで喜んでくれるとは、悪い気はしない。いや、かなり嬉しい。
これではどちらがお返しを貰ったのかわからない。
朋志の笑顔に鼻の下を伸ばしてデレデレしている棗にツッコミを入れる人間がここにいないことが、棗にとって一番の幸せかも知れなかった。
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