薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第2章・星を巡る人々

#1

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 麻生あそうは机の上に新聞を広げたまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 見えるものといったら、どれもこれも似たような造りのビルばかりで、淀んだ空気のために窓ガラスが曇ってさえ見た。足下では車や人が蟻のように這いずり回り、今日もせっせと働いている。

 ある者は甘い汁を吸うために。また、ある者は他所よそで仕入れた甘い汁を持ち込み、それを巧みに使って上へ上へとのし上がっていくために。
 コンクリートで出来た蟻塚の中は、盲目的な働き蟻たちでいっぱいだ。

 高い所から、いつもこうして眺めていると、自分が創造神にでもなったような気がして、ちょっとした優越感に浸れたが。
 でもさすがに今日ばかりはそんな気分にはなれなかった。


 まさか――


 心の中でそう呟いて、麻生はもう一度新聞に目を向けた。
 三面記事の隅の方。うっかり見落としてしまいそうだったが、最初にその見出しが目に入った時、麻生はイヤな予感に襲われた。

【爆発炎上?真昼の火災】

 その見出しの横には、短い文章で次のように報じられていた。

 【昨日の午後1時頃、東京都世田谷区の住宅から突如ドーンという音と共に黒煙が上がり、木造2階建てひと棟が全焼。焼け跡から2人の遺体が発見された――
 発見されたのは成人で、警察では連絡が取れない住民の清宮正人氏と家政婦ではないかとみて捜査している】

 ――という、実に簡素で淡々とした内容だった。
 麻生がこの記事を読んで、最初に目を止めたのは清宮正人という男の名前だった。
 そして次に火災のあった住所を確認して、間違いない……と呟いた。

 まさか――

 今朝から幾度となく繰り返してきたその言葉を、再び呟いて麻生は席を立った。
 そろそろ昼の時報が鳴る時間。
 東京の大手町にあるオフィス街の一角に燦然と輝くガラス張りのビルは、貿易企業麻生グループの本社ビルだ。
 海外からの輸出入品に関することが主な仕事だが、最近ではそれ以外にも様々な分野に手を広げている。

 社長の麻生稔あそうみのりはまだ50代半ばだが、一代でほとんど無名に近かった麻生グループをトップ企業にまでのし上げた、いわば希代の大物――といったところだが、本人は長身痩躯の、どこか紳士然とした風貌で、実業家というよりはむしろ、学者のような雰囲気が漂っている。
 小鬢こびんにチラホラと白いものが見えるほかは、髪は黒々と豊かで肌は若者のようにツヤツヤと張りがある。

 だが一見穏やかに見えるこの風貌も、仕事となると一転して険しいものになる。
 麻生は受話器を掴むと、内線ボタンを押した。

「新井君を寄越してくれ」

 それだけ言って受話器を置いた。程なくして、ノックと共に1人の男が部屋に入ってきた。

「お呼びでしょうか?」

 新井は麻生とたいして年の変わらぬ男だが、幾分禿げ上がった頭のせいか、麻生よりはずっと年上に見えた。しかし、麻生を前に佇む姿や、じっと向けられた目の据わり方はどこか普通ではない。平凡なサラリーマンという見た目のイメージとは程遠い所に、その目はあった。
 麻生は、新井の前に今朝の朝刊を差し出して言った。

「これを見たか?」
「今朝のですか?」
「そうだ。ここだよ。読まなかったか?」

 そう言って、麻生は例の記事の部分を指で差した。
 新井はその記事にざっと目を通すと、大きく息を吸い込んだ。

「これは……一体どういう事でしょう?」
「さぁ。なにしろ昨日の今日だ。まだ詳しいことは何も分かっちゃいない」

 麻生はそう言って、ゆったりと椅子に腰を下ろした。

「君はどう思う?」
「どうと言いますと?」
「事故だと思うか?新聞ではガス漏れによる事故ではないかと書いてあるが――」

 麻生の問いに、新井は首を傾げた。

「ガス漏れでここまで激しく吹っ飛びますかね……じゃないと難しいかと思いますが」
「じゃあ自殺かな」
「自殺ですか!?」

 新井は驚いて麻生を見た。

「にしてはやり方が派手すぎませんか?」
「そうとも――」

 麻生はそう言うと、じっと真正面から新井を睨み据えて言った。

「この16年間。極力目立たんように生きてきた連中だ。ガス漏れに気づかず、うっかり引火してしまったとは到底思えん。自殺にしても人目を引きすぎる」
「……」
「世間は誤魔化せても、我々には通用しない。だろう?」

 麻生は椅子に座りながら、窓から見える高層ビル群をじっと眺めながら言った。

「事故でもなく自殺でもないとしたら、残る一つは殺人だよ」
「殺……」
「奴は消されたんだ」
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