7 / 65
第2章・星を巡る人々
#2
しおりを挟む
新井は何も言わなかった。ビルの向こうを、航空機の機影がゆっくりと横切っていく。それをじっと目で追った。
「我々の他に、例の事を知っているのはアイツらだけだ」
「サキヤ製薬ですか……」
その名前に、麻生は黙って頷いた。
自分達も清宮の居場所はかなり前から掴んでいた。ならば当然、奴らの方も知っていたはずだ。
奴らは情報を聞き出したのだろうか?
そして、不要になった清宮を始末したのだろうか?
どちらにしても早急に手を打たなければならないと感じて、麻生は言った。
「岩田と平野を使って、向こうの動向を探らせてくれ」
「向こうがもう情報を入手しているという可能性は?」
「ないとは言えない。ただ、気になることが一つある」
「?」
「いや、それはいい。とにかく、あの2人に詳しく調べるように言ってくれ。頼む」
麻生はそう言うと、話は以上だ――というように手を振ってみせた。
新井は静かに頭を下げると、そのまま部屋を出て行こうとして、不意に呼び止められて振り返った。
「要はしっかりやっているか?」
「要さんですか?えぇ、まぁ……でも今朝はまだ出社していません」
「本当か?あいつめ……いつまでも学生気分でしょうがない奴だな――来たらここへ来るよう伝えてくれ」
「分かりました」
新井は、父親も大変だな……と言うように麻生を見て苦笑した。
新井が出て言った後、麻生は立ち上がると落ち着きなく部屋の中を行ったり来たりした。目は嫌でも今朝の新聞に向けられる。
油断していた――
まさか奴らがこんな大胆な行動に出るとは思わなかった。
まだ奴らの仕業と決まったわけではないが、でもいざとなった奴らの方が自分達より大きく出るだろうことは想像に難くない。
なぜもっと早く手を打たなかったのだろう。数々の修羅場をかいくぐってきた自分からは、考えられない失態だった。
慎重になりすぎたか……
でも出来れば穏やかに済ませたかった。不要なトラブルは避けたかったのだ。話し合いや取引を通して、ただ協力してくれればそれでよかったのだが。
(彼は死んだ……だが、まだ可能性はある)
その時、軽くドアをノックする音がして、1人の若い男が顔を出した。
それを見た麻生は、クッと目尻を上げて肩を怒らせた。
「ストップ!言いたいことは分かってるよ」
麻生が何か言いだす前に、要は素早く相手の言葉を遮って言った。
「今そこで新井さんに会ったんだ。社長は今日機嫌が悪いよって。ご親切に忠告してもらったよ」
自嘲気味にそう言いながら肩を竦める要を見て、麻生はやや気勢をそがれたように溜息をついた。
「今頃ご出勤か?――いい身分だな。お前はいつからそんなに偉くなった?」
が、相手のこの皮肉に対して、要はフッと笑みを漏らしただけだった。
その笑った感じといい、スラリとした長身といい、全身から漂う雰囲気はどこか麻生とよく似ている。
それもそのはず。
要は麻生のたった一人の息子。ゆくゆくはこの麻生グループを引き継ぐだろう、大事な跡取りだ。
しかし、その大事な跡取り息子も、今の麻生にとっては頭の痛い悩みの種に他ならない。
たった一人の息子なれば、多少のことなら大目に見られる。少々仕事でヘマをやらかしたとしても、目を瞑ることはできる。慣れぬ仕事も、少しずつ経験を積んでいけば自然に覚えてゆくし、現に麻生もそうやってここまで上り詰めてきた。
自分の経験を、仕事を通じて少しずつ息子に教えていくつもりだった。
ところが、現実はそう上手くいかない。
実際、親があまりに大きな力を持ちすぎると、かえって子供はその大きさについていけず委縮してしまうものらしい。
麻生もこの息子を見てつくづくそう思った。
(この子にビジネスの才覚はない。それをこの子自身もよく分かっている。だから強く反発するのだ)
スーツを着込み、ネクタイを締めてはいるが、それがこの子の望んでいるものでないことぐらい麻生も気づいている。
分かってはいるのだが――……
「私より先に家を出て、今の今までどこで何をしていた?」
「車が故障したんだ。ほんと、嫌になっちゃうよなぁ……あの車。そろそろ買い替えようかな」
「それならそれで、きちんと連絡を入れなさい」
「しようと思ったんだけど……どうせ何を言っても信じちゃくれないだろう?」
「……言い訳ならもう少しマシな物を用意しておけ」
「ほらな」
要は笑って肩を竦めた。
「少しは真面目にやったらどうだ?お前はここへ遊びに来ているのか?」
悪びれた様子もない要の態度に、麻生は顔をしかめた。
「ここに来たってやることないじゃないか。それとも俺に仕事くれるの?」
「不真面目な奴に仕事をくれてやるほど、人のいい会社じゃないんだぞ、ここは」
へぇそう……というように要は頷いた。
これが普通の社員なら、とっくにクビになっている。でも自分はそうならない。
そうしたくてもできない父親の気持ちを知っているので、要も敢えて口には出さないのだ。
辞めさせてほしい……と。
「我々の他に、例の事を知っているのはアイツらだけだ」
「サキヤ製薬ですか……」
その名前に、麻生は黙って頷いた。
自分達も清宮の居場所はかなり前から掴んでいた。ならば当然、奴らの方も知っていたはずだ。
奴らは情報を聞き出したのだろうか?
そして、不要になった清宮を始末したのだろうか?
どちらにしても早急に手を打たなければならないと感じて、麻生は言った。
「岩田と平野を使って、向こうの動向を探らせてくれ」
「向こうがもう情報を入手しているという可能性は?」
「ないとは言えない。ただ、気になることが一つある」
「?」
「いや、それはいい。とにかく、あの2人に詳しく調べるように言ってくれ。頼む」
麻生はそう言うと、話は以上だ――というように手を振ってみせた。
新井は静かに頭を下げると、そのまま部屋を出て行こうとして、不意に呼び止められて振り返った。
「要はしっかりやっているか?」
「要さんですか?えぇ、まぁ……でも今朝はまだ出社していません」
「本当か?あいつめ……いつまでも学生気分でしょうがない奴だな――来たらここへ来るよう伝えてくれ」
「分かりました」
新井は、父親も大変だな……と言うように麻生を見て苦笑した。
新井が出て言った後、麻生は立ち上がると落ち着きなく部屋の中を行ったり来たりした。目は嫌でも今朝の新聞に向けられる。
油断していた――
まさか奴らがこんな大胆な行動に出るとは思わなかった。
まだ奴らの仕業と決まったわけではないが、でもいざとなった奴らの方が自分達より大きく出るだろうことは想像に難くない。
なぜもっと早く手を打たなかったのだろう。数々の修羅場をかいくぐってきた自分からは、考えられない失態だった。
慎重になりすぎたか……
でも出来れば穏やかに済ませたかった。不要なトラブルは避けたかったのだ。話し合いや取引を通して、ただ協力してくれればそれでよかったのだが。
(彼は死んだ……だが、まだ可能性はある)
その時、軽くドアをノックする音がして、1人の若い男が顔を出した。
それを見た麻生は、クッと目尻を上げて肩を怒らせた。
「ストップ!言いたいことは分かってるよ」
麻生が何か言いだす前に、要は素早く相手の言葉を遮って言った。
「今そこで新井さんに会ったんだ。社長は今日機嫌が悪いよって。ご親切に忠告してもらったよ」
自嘲気味にそう言いながら肩を竦める要を見て、麻生はやや気勢をそがれたように溜息をついた。
「今頃ご出勤か?――いい身分だな。お前はいつからそんなに偉くなった?」
が、相手のこの皮肉に対して、要はフッと笑みを漏らしただけだった。
その笑った感じといい、スラリとした長身といい、全身から漂う雰囲気はどこか麻生とよく似ている。
それもそのはず。
要は麻生のたった一人の息子。ゆくゆくはこの麻生グループを引き継ぐだろう、大事な跡取りだ。
しかし、その大事な跡取り息子も、今の麻生にとっては頭の痛い悩みの種に他ならない。
たった一人の息子なれば、多少のことなら大目に見られる。少々仕事でヘマをやらかしたとしても、目を瞑ることはできる。慣れぬ仕事も、少しずつ経験を積んでいけば自然に覚えてゆくし、現に麻生もそうやってここまで上り詰めてきた。
自分の経験を、仕事を通じて少しずつ息子に教えていくつもりだった。
ところが、現実はそう上手くいかない。
実際、親があまりに大きな力を持ちすぎると、かえって子供はその大きさについていけず委縮してしまうものらしい。
麻生もこの息子を見てつくづくそう思った。
(この子にビジネスの才覚はない。それをこの子自身もよく分かっている。だから強く反発するのだ)
スーツを着込み、ネクタイを締めてはいるが、それがこの子の望んでいるものでないことぐらい麻生も気づいている。
分かってはいるのだが――……
「私より先に家を出て、今の今までどこで何をしていた?」
「車が故障したんだ。ほんと、嫌になっちゃうよなぁ……あの車。そろそろ買い替えようかな」
「それならそれで、きちんと連絡を入れなさい」
「しようと思ったんだけど……どうせ何を言っても信じちゃくれないだろう?」
「……言い訳ならもう少しマシな物を用意しておけ」
「ほらな」
要は笑って肩を竦めた。
「少しは真面目にやったらどうだ?お前はここへ遊びに来ているのか?」
悪びれた様子もない要の態度に、麻生は顔をしかめた。
「ここに来たってやることないじゃないか。それとも俺に仕事くれるの?」
「不真面目な奴に仕事をくれてやるほど、人のいい会社じゃないんだぞ、ここは」
へぇそう……というように要は頷いた。
これが普通の社員なら、とっくにクビになっている。でも自分はそうならない。
そうしたくてもできない父親の気持ちを知っているので、要も敢えて口には出さないのだ。
辞めさせてほしい……と。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる