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第3章・接近
#4
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「自分たちの身辺にはかなり気を使っていた連中だ。まったく関係のない赤の他人の子を引き取って、一緒に暮らしていたとは考えにくい。子供に対する警戒の仕方も異常だ。恐らく彼らにとっては身内同様に大切な子供なんだろう」
麻生はタバコを灰皿に押し付けた。
「しかし、他人に対する警戒心がこれだけ強い彼らが、いつ雇ったのか知れないが、2人の人間を雇っていた。1人は住み込みの家政婦。今回一緒に死んだ女だろう。そしてもう1人が、清宮の秘書と称して頻繁にあの家に出入りしていた男だ」
そう言うと、麻生は内ポケットから別の封筒を取り出して、その中から一枚の写真を抜き出した。それを要の方へ差し向ける。
要は手に取って見た。
「江戸川千景。年齢32。本籍地は静岡になっていた。両親は既に死亡。他に身寄りはないらしい。家政婦同様、彼らとひとつ屋根の下で生活していた」
黒いスーツを着て、遠くを見るように佇む男。
パット見は、エリート商社マンといった風貌だった。
静止画像だが、そつのない身のこなしが伺えるようで、なんだかいけ好かないと感じる。
まだ言葉すら交わしたことのない相手なのに――要は妙な嫉妬を感じて戸惑った。
「俺に一体何をしろと?」
要は、写真の男を睨みつける様に見つめながら、そう聞いた。
「あの事故があった直後から、この男と少年は姿を消した。死んでいないのは確かだ。焼け跡から出てきたのは清宮と家政婦だけ」
「まさかオヤジは、この男の子が薬の製造法を知っているとでも思ってるわけ?」
「可能性がないとは言えない」
バカらしい……と、要は苦笑した。
麻生はそれを見てゆっくり背を向けると、窓辺に寄った。
向かいのビルも、そのまた向こうにそびえるビルも、盲目的な働き蟻で溢れかえっている。
金を集め、金を稼ぎ、経済を回しながら経済に食われていく。
哀れな亡者どもの巨大な蟻塚。
「怖いと思うか?」
ふいにそう聞かれて、要は視線を上げた。
麻生は窓の外に目をやったまま言った。
「この件に関わって消えた人間は大勢いる。だが表沙汰になったものは1つもない。今回の事故も、恐らくガスの引火で片付けられるだろう」
「……」
「表から見る世界と裏から見る世界は違う。それを見るのは怖いか?」
振り返って自分を見る父の目を、要は睨み返した。
「これは試練だよ」
「試練?」
「私が今いるこの地位について最初に直面した試練は、社の命運を分ける様なデカい取り引きだった。あの時の判断が間違っていたら、今頃一家揃って首を括っていたところだ。でもどうだ?私もお前も生きている――」
「――」
「我々の目的は少年を保護することだ」
「表向きは――だろ?」
「この2人を捜し出して説得して欲しい。それがお前の仕事だ。最初の試練だよ」
できるか?
と聞かれたが、要は答えなかった。
「もし成功したら、お前も一人前だ。学生気分にケリをつけるチャンスだぞ。さぁ、どうする?」
麻生の言葉に、要は舌打ちした。
(なにを偉そうに……)
会社で役に立たないのなら、せめてこれくらいは自分に貢献しろ――そう遠回しに言ってるだけじゃないか!
要はしばらく無言で考え込んだ。
目の前に並ぶ写真を、1つ1つ目で追っていく。
その中から、父親と一緒に写るあどけない顔をした少年。不安そうに映るその姿に、ふと、会ってみたい――と思った。
存在が定かでない幻のような少年。
本当に実在するのだろうか?
(試練なんてクソ喰らえだ!)
自分はこの子に会ってみたいから承諾するだけだ。
要は麻生の顔を見て、一言だけ呟いた。
「分かった」――と。
麻生はタバコを灰皿に押し付けた。
「しかし、他人に対する警戒心がこれだけ強い彼らが、いつ雇ったのか知れないが、2人の人間を雇っていた。1人は住み込みの家政婦。今回一緒に死んだ女だろう。そしてもう1人が、清宮の秘書と称して頻繁にあの家に出入りしていた男だ」
そう言うと、麻生は内ポケットから別の封筒を取り出して、その中から一枚の写真を抜き出した。それを要の方へ差し向ける。
要は手に取って見た。
「江戸川千景。年齢32。本籍地は静岡になっていた。両親は既に死亡。他に身寄りはないらしい。家政婦同様、彼らとひとつ屋根の下で生活していた」
黒いスーツを着て、遠くを見るように佇む男。
パット見は、エリート商社マンといった風貌だった。
静止画像だが、そつのない身のこなしが伺えるようで、なんだかいけ好かないと感じる。
まだ言葉すら交わしたことのない相手なのに――要は妙な嫉妬を感じて戸惑った。
「俺に一体何をしろと?」
要は、写真の男を睨みつける様に見つめながら、そう聞いた。
「あの事故があった直後から、この男と少年は姿を消した。死んでいないのは確かだ。焼け跡から出てきたのは清宮と家政婦だけ」
「まさかオヤジは、この男の子が薬の製造法を知っているとでも思ってるわけ?」
「可能性がないとは言えない」
バカらしい……と、要は苦笑した。
麻生はそれを見てゆっくり背を向けると、窓辺に寄った。
向かいのビルも、そのまた向こうにそびえるビルも、盲目的な働き蟻で溢れかえっている。
金を集め、金を稼ぎ、経済を回しながら経済に食われていく。
哀れな亡者どもの巨大な蟻塚。
「怖いと思うか?」
ふいにそう聞かれて、要は視線を上げた。
麻生は窓の外に目をやったまま言った。
「この件に関わって消えた人間は大勢いる。だが表沙汰になったものは1つもない。今回の事故も、恐らくガスの引火で片付けられるだろう」
「……」
「表から見る世界と裏から見る世界は違う。それを見るのは怖いか?」
振り返って自分を見る父の目を、要は睨み返した。
「これは試練だよ」
「試練?」
「私が今いるこの地位について最初に直面した試練は、社の命運を分ける様なデカい取り引きだった。あの時の判断が間違っていたら、今頃一家揃って首を括っていたところだ。でもどうだ?私もお前も生きている――」
「――」
「我々の目的は少年を保護することだ」
「表向きは――だろ?」
「この2人を捜し出して説得して欲しい。それがお前の仕事だ。最初の試練だよ」
できるか?
と聞かれたが、要は答えなかった。
「もし成功したら、お前も一人前だ。学生気分にケリをつけるチャンスだぞ。さぁ、どうする?」
麻生の言葉に、要は舌打ちした。
(なにを偉そうに……)
会社で役に立たないのなら、せめてこれくらいは自分に貢献しろ――そう遠回しに言ってるだけじゃないか!
要はしばらく無言で考え込んだ。
目の前に並ぶ写真を、1つ1つ目で追っていく。
その中から、父親と一緒に写るあどけない顔をした少年。不安そうに映るその姿に、ふと、会ってみたい――と思った。
存在が定かでない幻のような少年。
本当に実在するのだろうか?
(試練なんてクソ喰らえだ!)
自分はこの子に会ってみたいから承諾するだけだ。
要は麻生の顔を見て、一言だけ呟いた。
「分かった」――と。
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