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第6章・動き出す駒
#4
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車が止まった。
ようやく着いたのだろうか?
唯人は視線を上げたが、相変わらず、そこがどこか分からなかった。
隣に座っていた男が先に出ると、「どうぞ」と言って唯人を外へ促した。
あの雑踏の街中からは、かなり離れた場所だろう。
静かな住宅街だった。
車は表門の木戸口ギリギリに寄せてあり、降りるとすぐ玄関口に通され、辺りの様子を探ることは出来なかった。
唯人は玄関の間口で靴を脱ぎ、男の後について廊下を歩いた。
庭に面した廊下の雪見障子は下りていて、外の様子は伺い知れない。
だが、微かに金木犀の匂いを嗅いで、唯人は何故かハッとした。
「お連れしました」
前を歩ていた男が、ふいに立ち止まって襖の前に跪いた。
そしてゆっくりと襖を開ける。
唯人はその背後に佇み、そっと部屋の中を覗いた。
灯油が燃える、ストーブの匂いがした。
その部屋の中央に敷かれた布団の上に、誰かが寝ているのが見えた。
「どうぞ中へ」
男に促されて、唯人は恐る恐る足を踏み入れた。
男は唯人に、枕元へ行くよう指示をして、そのまま襖を閉めるとどこかへ行ってしまった。
(傍に行けって言われても……)
どうしていいか分からず、その場に突っ立ったまま暫く動けなかった。
すると、むっくりと布団から身を起こした老人が、ふいに「こっちへおいで」と声を掛けた。
唯人は驚いて視線を上げた。
老人はその目を見て、おいでおいでと手招きした。
「さぁ、ここへおいで。外は寒かったろう」
さぁさぁ……と、自分の枕元に呼び寄せ、嬉しそうに唯人を見た。
唯人は戸惑った。
相手は、まったく見覚えのない老人だ。
でもなぜだろう。
何故だかホッとする――唯人は黙ったまま、老人の枕元に座った。
「よく来てくれた。本当によく来てくれた」
老人はまず礼を言うと、節くれだった手で唯人の手を握りしめた。
「さぞ驚いただろうな。こんな方法で連れてこられて……本当なら、私が直接出向きたかったんだが――非礼を許して欲しい」
老人はそう言うと、軽く咳き込んだ。
少し苦し気に咳き込む様子に、唯人は心配になってそっと背中をさすった。
「大丈夫ですか?」
「あぁ……ありがとう……大丈夫、心配ない」
老人は何度か大きく息を吸うと、自分の背をさする唯人を見て嬉しそうに笑った。
皺だらけの顔。白くすすけた髪。柔らかな眼差し。
初めて見るはずの老人の顔が、何故だか一瞬祖父の姿とダブって見えた。
この部屋に充満する匂いも。
病床についていた頃の祖父の部屋と同じ匂いだった。
「大きくなったな……」
「え?」
一瞬。
本当に祖父がそう言ったのかと思い唯人はギョッとした。
だが目の前にいるのは、まったくの見ず知らず。
でも、自分を知っている――そう思うと急に不安になった。
「僕の事をご存知なんですか?」
「うん?あぁ、もちろん。よく知っているとも」
「ど、どうして?」
あっはっは、と老人はふいに笑った。
「私は君のお爺さんの知り合いだ」
「お爺ちゃんの?!」
「あぁ、そうだとも。君のお父さんの事も知っているよ」
「――」
唯人は黙って老人の顔を見た。
祖父や父を知っている。
そして自分を知っている。
という事は、身を潜めて生活していた事実も知っているということだろうか?
理由は分からないが、それを知っている……という事は、もしかしたらこの老人も、似たような境遇にいるのではないか――
ふとそんな気がして、唯人は部屋の中を見回した。
ここは、自分達が住んでいた環境とどこか似ている気がした。
ここへ連れてこられるまでの道中や、着いてからの対応も含めて、唯人はこの老人も、人目を忍ぶ生活を強いられているのではないか?――と強く感じた。
何も言わず警戒してる唯人の様子に、老人は笑うと、「なかなか警戒心が強くて、感心感心」と言った。
「今まで籠の鳥だったんだ。無理もなかろう。どうだ?外の世界は?楽しいか?それとも怖いか?」
「やっぱり、僕たちがどんな生活をしていたか、知っているんですね?」
「……」
老人はそれに対して、なぜか曖昧に頷くとじっと唯人の目を見つめた。
利発そうな目が、真っ直ぐ自分に向けられる。
(この子はまだ子供だが、でももう幼い子供ではない……)
それに気づき老人は大きく息を吸うと――静かに覚悟を決めた。
ようやく着いたのだろうか?
唯人は視線を上げたが、相変わらず、そこがどこか分からなかった。
隣に座っていた男が先に出ると、「どうぞ」と言って唯人を外へ促した。
あの雑踏の街中からは、かなり離れた場所だろう。
静かな住宅街だった。
車は表門の木戸口ギリギリに寄せてあり、降りるとすぐ玄関口に通され、辺りの様子を探ることは出来なかった。
唯人は玄関の間口で靴を脱ぎ、男の後について廊下を歩いた。
庭に面した廊下の雪見障子は下りていて、外の様子は伺い知れない。
だが、微かに金木犀の匂いを嗅いで、唯人は何故かハッとした。
「お連れしました」
前を歩ていた男が、ふいに立ち止まって襖の前に跪いた。
そしてゆっくりと襖を開ける。
唯人はその背後に佇み、そっと部屋の中を覗いた。
灯油が燃える、ストーブの匂いがした。
その部屋の中央に敷かれた布団の上に、誰かが寝ているのが見えた。
「どうぞ中へ」
男に促されて、唯人は恐る恐る足を踏み入れた。
男は唯人に、枕元へ行くよう指示をして、そのまま襖を閉めるとどこかへ行ってしまった。
(傍に行けって言われても……)
どうしていいか分からず、その場に突っ立ったまま暫く動けなかった。
すると、むっくりと布団から身を起こした老人が、ふいに「こっちへおいで」と声を掛けた。
唯人は驚いて視線を上げた。
老人はその目を見て、おいでおいでと手招きした。
「さぁ、ここへおいで。外は寒かったろう」
さぁさぁ……と、自分の枕元に呼び寄せ、嬉しそうに唯人を見た。
唯人は戸惑った。
相手は、まったく見覚えのない老人だ。
でもなぜだろう。
何故だかホッとする――唯人は黙ったまま、老人の枕元に座った。
「よく来てくれた。本当によく来てくれた」
老人はまず礼を言うと、節くれだった手で唯人の手を握りしめた。
「さぞ驚いただろうな。こんな方法で連れてこられて……本当なら、私が直接出向きたかったんだが――非礼を許して欲しい」
老人はそう言うと、軽く咳き込んだ。
少し苦し気に咳き込む様子に、唯人は心配になってそっと背中をさすった。
「大丈夫ですか?」
「あぁ……ありがとう……大丈夫、心配ない」
老人は何度か大きく息を吸うと、自分の背をさする唯人を見て嬉しそうに笑った。
皺だらけの顔。白くすすけた髪。柔らかな眼差し。
初めて見るはずの老人の顔が、何故だか一瞬祖父の姿とダブって見えた。
この部屋に充満する匂いも。
病床についていた頃の祖父の部屋と同じ匂いだった。
「大きくなったな……」
「え?」
一瞬。
本当に祖父がそう言ったのかと思い唯人はギョッとした。
だが目の前にいるのは、まったくの見ず知らず。
でも、自分を知っている――そう思うと急に不安になった。
「僕の事をご存知なんですか?」
「うん?あぁ、もちろん。よく知っているとも」
「ど、どうして?」
あっはっは、と老人はふいに笑った。
「私は君のお爺さんの知り合いだ」
「お爺ちゃんの?!」
「あぁ、そうだとも。君のお父さんの事も知っているよ」
「――」
唯人は黙って老人の顔を見た。
祖父や父を知っている。
そして自分を知っている。
という事は、身を潜めて生活していた事実も知っているということだろうか?
理由は分からないが、それを知っている……という事は、もしかしたらこの老人も、似たような境遇にいるのではないか――
ふとそんな気がして、唯人は部屋の中を見回した。
ここは、自分達が住んでいた環境とどこか似ている気がした。
ここへ連れてこられるまでの道中や、着いてからの対応も含めて、唯人はこの老人も、人目を忍ぶ生活を強いられているのではないか?――と強く感じた。
何も言わず警戒してる唯人の様子に、老人は笑うと、「なかなか警戒心が強くて、感心感心」と言った。
「今まで籠の鳥だったんだ。無理もなかろう。どうだ?外の世界は?楽しいか?それとも怖いか?」
「やっぱり、僕たちがどんな生活をしていたか、知っているんですね?」
「……」
老人はそれに対して、なぜか曖昧に頷くとじっと唯人の目を見つめた。
利発そうな目が、真っ直ぐ自分に向けられる。
(この子はまだ子供だが、でももう幼い子供ではない……)
それに気づき老人は大きく息を吸うと――静かに覚悟を決めた。
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