薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第6章・動き出す駒

#5

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「怯えさせてしまったのなら許して欲しい。ニュースで事故があったことを知って、いてもたってもいられなかった。本当ならもっと早く会いたかったが……あいにく私も、自由の身とは言えなくてね――」

 老人は目を細めると、皺だらけの手で唯人の手を取った。

「でも、君が無事だと知った時は心底嬉しかった。よく助かったな」
「……僕は、たまたま外に出ていたんです。だから」
「そうか――それで災難を逃れたんだな。でもお父さんは残念だった」

 唯人は黙って俯いた。

「今はどうしてる?1人でいるのか?」
「いいえ。江戸――父の秘書をしていた人が一緒です」
「秘書?あぁ……あの男か」
「江戸川もご存知ですか?」
「あぁ……知っているとも」

 老人はそう答えた後、なぜか眉間に深い皺を寄せて黙り込んだ。
 その様子に、唯人は不安を覚えた。

「そうか……彼と一緒にいるのか」
「はい。でも彼がいてくれたおかげで、僕はこうしていられるんです。もし彼がいなかったら――」

 その江戸川も、今日はどこへ行ってしまったのか……

 唯人は再び怖くなり、小さく身震いした。

「彼は、君に良くしてくれる?」
「江戸川ですか?はい、とても。頼りにしていますから」
「彼以外に、頼れそうな人はいないのかな?」
「江戸川以外――ですか?」

 その問い掛けに、唯人は躊躇した。
「はい……あ!いいえ――1人」

 1人だけいるかもしれない――と、唯人は答えた。
 しかし、すぐに首を振ると「でも、僕が関わったら迷惑をかけてしまうかも……」
 そう呟いて俯く。

「そうか……」
「でも、とてもいい人なんです」
「なんていう人?」
「麻生要さんと言って、どこかの会社のサラリーマンだって言ってました」
「麻生――」

 その名に、老人は眉をひそめたが、唯人は気づかず続けた。

「まだほんの数回しか会ってないけど、一緒にいると楽しいんです。江戸川が教えてくれないような事を教えてくれるし、年上の人だけど、なんだか友達みたいで」
「……」
「ずっとそういう友達が欲しかったから――嬉しいんです」

 老人は黙って頷いた。

「でも、江戸川はあまりよく思ってないみたいで……」
「彼の事を?」
「その人の話をすると嫌な顔をするんです」

 唯人は寂しそうに笑った。
 そんな唯人を老人はじっと見つめると、ふいにこんな事を言った。

「事故が起きた時。その男はどこにいた?君と一緒だったのか?」
「江戸川ですか?いいえ――彼は僕とは別に外出していました」

 何故そんな事を聞くのか分からず、唯人は首を傾げた。

「そうか……それで?その後すぐ、君の元に戻ってきたのか?」
「はい……それが、なにか?」
「いや、いいんだ。気にしなくていい」

 老人はそう言って笑ったが、その笑みは取って付けた様にぎこちないものだった。

「あまり遅くなると、その男が心配するな。ホテルまで送らせよう」

 老人はそう言うと、枕元の呼び鈴を鳴らした。

「帰りもまた不自由な思いをさせてしまうが、悪く思わないでくれ。これもみな君の為だ」
「あの……僕は今日、何のためにここへ?」

 だが老人はその質問には答えず、両手をそっと唯人の方へ伸ばして言った。

「どうか許して欲しい。でも君は1人じゃない。君を知る人間はここにもいる。それだけは覚えていて欲しい」
「……」

 襖の向こうから声がした。

「あぁ。車の準備が出来たようだ」

 唯人は立ち上がった。そして老人の方を見下ろしてハッとした。その目に光るものを見て戸惑う。

「最後にもう一度、その顔をよく見せておくれ」
「……」

 老人に手招きされ、もう一度枕元に跪いた。
 老人は手を伸ばし、皺だらけの手で何度も唯人の頬を撫で続けた。愛おしいもののように、何度も、何度も――
 
 温かい手だった。

 幼い頃、自分の手を引いて歩いてくれた祖父の手と同じ温かさだった。
 すでにこの世にいない人たちと自分との間には、埋め尽くせないほどの溝があることを知り、なぜか突然、涙が溢れてきた。
 抑えていた感情が止めどなく溢れてきて、唯人はたまらず老人の胸に顔を伏せた。

 その背を優しく撫でてやりながら、「いい子だ……いい子」と繰り返し言った。

「江戸川というその男を、君は信じている?」

 その問いに唯人は無言で頷いた。

「そうか――なら私も信じよう。君がそう信じるなら、私も信じよう」

 唯人は静かに顔を上げた。
 老人は廊下で待機する男に、「この子を送ってあげて」と告げた。

「今日はすまなかった。でもお陰で少し元気が出たよ。ずっと君に会いたくてね――それだけがずっと心残りだった。じゃあさようなら。元気でな」

 唯人は立ち上がると廊下に出た。
 布団の上で半身を起こした老人に、最後にもう一度目をやろうとしたが、挨拶をする間もなく襖を閉められる。

 男の後について再び車に乗せられると、行きと同様どこを走っているのかまるで分らないまま――気づけば目的地の傍まできていた。

「本当はホテルの前まで送りたいのですが、事情がありまして――ここで勘弁してください。ホテルはこの通りの先にあります」

 そう言われて唯人は車から降ろされた。

「それとお願いがあります。今日あった事はどうか内密にお願いします」
「え?」
「約束してください」

 唯人は黙っていたが、「分かりました」と頷くと、「その代わり」と強い目を向けて言った。

「誰にも言わないって約束するので、これだけは教えて下さい。さっき会ったあの人の名前――教えて下さい」
「……」
「絶対誰にも言いません!約束します!」

 あまり長居できないのか、運転席から「早くしろ」と急かす声が聞こえた。
 男はじっと唯人の目を見ていたが、やがて微かに頷くと「いいでしょう。あなたを信じます」と言った。



「彼は――土方幸造さんです」



 男はそれだけ言って素早くドアを閉めると、車は猛スピードでその場から走り去っていった。
 それを唯人は黙って見送った。
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