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第6章・動き出す駒
#7
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部屋に戻ると、唯人は真っ先に江戸川に詰め寄った。
「今日はどこに行ってたの?朝からずっと。心配してたんだよ」
「……」
「メモにだって用があるから出掛けるとしか書いてないし。いつもならちゃんと書いていくのに――ねぇ、どこに行ってたの?」
だが、江戸川は答えなかった。
それを見て、唯人は「また?」と聞いた。
「また何も答えてくれないの?この前もそうだったね。要さんと2人で何を話していたのか、聞いても全然答えてくれなかった」
「大した話じゃありませんよ」
「それなら話してくれてもいいでしょう?」
自分に詰め寄る唯人を尻目に、江戸川はクローゼットから鞄を取り出すと、それに荷物を詰め始めた。
「なにしてるの?」
「明日。朝一番にここを出ます。別のホテルに移りましょう」
「どうして?」
唯人は鞄の縁に手をかけて、江戸川の動きを止めた。
江戸川は唯人を見て言った。
「少し気分を変えましょう。同じ所ばかりでは飽きてしまう。今度はどこがいいですか?浅草辺りなんてどうです?それか――いっそ都内を出ますか?」
「僕は真面目に聞いているんだよ。ねぇ……もしかしたら、さっき要さんが言ってたことと何か関係あるの?誰かが僕たちを見張ってるの?」
「いいえ。関係ないですよ」
江戸川は強引に荷物を詰め始めた。
唯人はその手を抑えると、「嘘だ!」と言って江戸川を睨みつけた。
「何を隠してるの江戸川?そんなに僕に言えない事?でも、江戸川が関わってるなら、僕だって無関係じゃないよね?そうでしょう?お願いだから教えて。いったい何が起きてるの?僕たちの周りで何が起きてるの!?」
「……」
「……またそれ?黙ってるだけで、結局なにも答えないつもり?」
唯人は、抑えつけていた手に力を込めた。
「人には隠し事させないで、自分は平気で隠し事するんだ――僕を子供だと思ってバカにしているのか?」
「唯人さん」
言いかけた江戸川の言葉を、唯人は激しく首を振って遮った。
加速がついた感情が、急な斜面を転がっていくのが分かった。止めることが出来ない――分かっているのに、止められない。
「どうして要さんの前では、あんなに冷たい態度をとるの?江戸川、おかしいよ……いつもはあんな風に言ったりしないじゃないか。要さんの姿を見ると嫌な顔するし、さっきだってあんな――怖い顔して……」
「……」
「そんなにあの人のことが嫌い?江戸川がどう思ってるか知らないけど、彼はいい人だよ」
それを聞いて江戸川は苦笑したが、しかしすぐに顔をしかめると唯人の手を払い除けて荷物を詰め始めた。
「いい人かどうかは、本心を知るまで分からない」
「それはそうかもしれないけど……でも僕には悪い人には思えない。話をしていれば分かる」
「とにかく荷造りをして下さい。大して荷物はないけど、すぐに出られるように」
「江戸川!」
部屋の中を動き回り、次々と荷物を片付け始める江戸川の腕を掴み、唯人は言った。
「僕が誰と話をしようと、節度を持てば束縛しないって言ったよね?それなら僕があの人と話をしていても、さっきみたいな強引なやり方で引き離すな!」
「引き離す?そんな事はしていません」
「したじゃないか!怖い顔して要さんを追い払ったじゃないか!」
「そんなことはしていない」
江戸川は冷ややかに唯人を見下ろすと、自分の腕を掴むその手を、そっと外した。
テーブルに散らかったゴミをビニール袋に入れ、それをゴミ箱に突っ込む。
「あなたは世間の事を知らなすぎる……善人面した悪人なんて、この世には大勢いるんだ」
「じゃあお前もその1人か?」
その言葉に、江戸川はハッとなって振り向いた。
唯人も思わず「あっ」と呻くと、慌てて口を閉ざした。が、もう遅かった。
自分でも信じられない気持ちで、唯人は首を振ると、「ごめんなさい……」と呟いた。
江戸川は「いいえ」とだけ言って、そのまま荷造りを続けた。
黙々と荷物をまとめる江戸川を見て、唯人はふいにその腕にしがみ付くと、声を振り絞る様に言った。
「ごめんなさい……」
「別に。気にしてません」
「でも僕、ひどい事言った」
「――」
江戸川は、自分にしがみ付く唯人を黙って見下ろした。
唯人は肩を震わせて泣いた。
「本当はずっと怖かった……今日一日、江戸川がどこに行ったのか分からなくて――ずっと不安だった」
「すみません……」
「もう帰ってこなかったらどうしようって……本当に怖かった」
本当に怖かったんだ――そう言って泣く唯人の背に、そっと手を置いたまま、江戸川は言った。
「1人にはしませんよ。初めにそう約束しました。1人にはしません――絶対に」
泣きじゃくる唯人をそっと抱きしめながら――江戸川は頭の中で、駒を1つ1つ並べていた。
清宮の孫。
咲屋の娘。
麻生の息子。
並んだ駒が、掌中で踊るその感覚をぼんやりと噛みしめながら、唯人を抱きしめる腕に力を込めた。
外は強い風が吹いている。
けれど、嵐の中心は常に無風だ。
駒を倒すのは外の風じゃない。嵐の中心だ――
江戸川は唯人を抱きしめながら、ここが、その中心なんだ――と。
独り言ちて目を閉じた。
「今日はどこに行ってたの?朝からずっと。心配してたんだよ」
「……」
「メモにだって用があるから出掛けるとしか書いてないし。いつもならちゃんと書いていくのに――ねぇ、どこに行ってたの?」
だが、江戸川は答えなかった。
それを見て、唯人は「また?」と聞いた。
「また何も答えてくれないの?この前もそうだったね。要さんと2人で何を話していたのか、聞いても全然答えてくれなかった」
「大した話じゃありませんよ」
「それなら話してくれてもいいでしょう?」
自分に詰め寄る唯人を尻目に、江戸川はクローゼットから鞄を取り出すと、それに荷物を詰め始めた。
「なにしてるの?」
「明日。朝一番にここを出ます。別のホテルに移りましょう」
「どうして?」
唯人は鞄の縁に手をかけて、江戸川の動きを止めた。
江戸川は唯人を見て言った。
「少し気分を変えましょう。同じ所ばかりでは飽きてしまう。今度はどこがいいですか?浅草辺りなんてどうです?それか――いっそ都内を出ますか?」
「僕は真面目に聞いているんだよ。ねぇ……もしかしたら、さっき要さんが言ってたことと何か関係あるの?誰かが僕たちを見張ってるの?」
「いいえ。関係ないですよ」
江戸川は強引に荷物を詰め始めた。
唯人はその手を抑えると、「嘘だ!」と言って江戸川を睨みつけた。
「何を隠してるの江戸川?そんなに僕に言えない事?でも、江戸川が関わってるなら、僕だって無関係じゃないよね?そうでしょう?お願いだから教えて。いったい何が起きてるの?僕たちの周りで何が起きてるの!?」
「……」
「……またそれ?黙ってるだけで、結局なにも答えないつもり?」
唯人は、抑えつけていた手に力を込めた。
「人には隠し事させないで、自分は平気で隠し事するんだ――僕を子供だと思ってバカにしているのか?」
「唯人さん」
言いかけた江戸川の言葉を、唯人は激しく首を振って遮った。
加速がついた感情が、急な斜面を転がっていくのが分かった。止めることが出来ない――分かっているのに、止められない。
「どうして要さんの前では、あんなに冷たい態度をとるの?江戸川、おかしいよ……いつもはあんな風に言ったりしないじゃないか。要さんの姿を見ると嫌な顔するし、さっきだってあんな――怖い顔して……」
「……」
「そんなにあの人のことが嫌い?江戸川がどう思ってるか知らないけど、彼はいい人だよ」
それを聞いて江戸川は苦笑したが、しかしすぐに顔をしかめると唯人の手を払い除けて荷物を詰め始めた。
「いい人かどうかは、本心を知るまで分からない」
「それはそうかもしれないけど……でも僕には悪い人には思えない。話をしていれば分かる」
「とにかく荷造りをして下さい。大して荷物はないけど、すぐに出られるように」
「江戸川!」
部屋の中を動き回り、次々と荷物を片付け始める江戸川の腕を掴み、唯人は言った。
「僕が誰と話をしようと、節度を持てば束縛しないって言ったよね?それなら僕があの人と話をしていても、さっきみたいな強引なやり方で引き離すな!」
「引き離す?そんな事はしていません」
「したじゃないか!怖い顔して要さんを追い払ったじゃないか!」
「そんなことはしていない」
江戸川は冷ややかに唯人を見下ろすと、自分の腕を掴むその手を、そっと外した。
テーブルに散らかったゴミをビニール袋に入れ、それをゴミ箱に突っ込む。
「あなたは世間の事を知らなすぎる……善人面した悪人なんて、この世には大勢いるんだ」
「じゃあお前もその1人か?」
その言葉に、江戸川はハッとなって振り向いた。
唯人も思わず「あっ」と呻くと、慌てて口を閉ざした。が、もう遅かった。
自分でも信じられない気持ちで、唯人は首を振ると、「ごめんなさい……」と呟いた。
江戸川は「いいえ」とだけ言って、そのまま荷造りを続けた。
黙々と荷物をまとめる江戸川を見て、唯人はふいにその腕にしがみ付くと、声を振り絞る様に言った。
「ごめんなさい……」
「別に。気にしてません」
「でも僕、ひどい事言った」
「――」
江戸川は、自分にしがみ付く唯人を黙って見下ろした。
唯人は肩を震わせて泣いた。
「本当はずっと怖かった……今日一日、江戸川がどこに行ったのか分からなくて――ずっと不安だった」
「すみません……」
「もう帰ってこなかったらどうしようって……本当に怖かった」
本当に怖かったんだ――そう言って泣く唯人の背に、そっと手を置いたまま、江戸川は言った。
「1人にはしませんよ。初めにそう約束しました。1人にはしません――絶対に」
泣きじゃくる唯人をそっと抱きしめながら――江戸川は頭の中で、駒を1つ1つ並べていた。
清宮の孫。
咲屋の娘。
麻生の息子。
並んだ駒が、掌中で踊るその感覚をぼんやりと噛みしめながら、唯人を抱きしめる腕に力を込めた。
外は強い風が吹いている。
けれど、嵐の中心は常に無風だ。
駒を倒すのは外の風じゃない。嵐の中心だ――
江戸川は唯人を抱きしめながら、ここが、その中心なんだ――と。
独り言ちて目を閉じた。
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