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第7章・困惑
#4
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「なぁ要君。なぜ私がこんな話を君にするのか、不思議に思っているだろうね?私も、出来ればもう誰も巻き込みたくない。私自身、命なんてもう惜しくはないが、でもあの子はそうはいかん。あの子だけは守ってやりたい」
「唯人君をですか?」
「そうだ。守ってやらねば。でも私はもう年を取り過ぎた……」
土方は頷き、木々の間から時折吹き抜ける寒風に身震いした。
白髪が乱れ、それを軽く手で撫でつけると、再び重い口を開いた。
「薬は完成したが、まだ人体に使用できる段階ではなかった――いずれは臨床試験をするはずだったが、功を焦った上の人間が見切り発車で実験を強行した。当時の社長で今の会長、咲屋昇一氏の一言で、それは行われた」
「……」
「結果は……悲惨なものだったよ」
土方はそう呟くと、暗い眼差しでジッと虚空を見つめた。
足下に散らばる枯葉がザーッと音を立てて風に散ってゆく。
その舞い散る先を見て、土方は続けた。
「実験台として連れてこられたのは、季節労働者のような風采の上がらない男だった。どこで見つけたのか知らないが、恐らく治験の為――とでも言われたんだろう。協力すれば、代わりに高額の治験料を払うとでも言われたのかもしれない。身寄りはなくて、もし仮に――万が一の事があっても心配する必要がない男だと聞いていた」
「……」
「愚かにも我々はそれを鵜呑みにした。ただ、最後まで渋っていたのは清宮だったよ。たとえ身寄りがなくても、万が一死に至った場合、どう責任を取るのか?と――でも咲屋は、責任は全て会社が取ると請け負った。事実、そうだったよ。男の死は闇から闇へ……」
「死んだんですか?」
「あぁ、そうだ。それで我々は恐れをなして逃げ出したんだ。あれだけ鮮やかに人の死を隠ぺいしたんだ。自分達だってそうされかねない――とね」
「でも実際に逃げおおせたのは、あなたと清宮氏だけだ」
「そうとも。あとは皆、殺された――」
要は土方の目を見た。
深い悔恨と悲しみに満ちた目だった。
「実験は失敗して男は死んだ。酷い有様だったよ……地獄絵図とはまさにあの事だ。男には身寄りがないと言っていたが、それは嘘だった。彼には家族がいたんだ」
「え?!」
「あぁそうだ。我々はとんでもない過ちを犯してしまったんだ。男には家族がいたんだ。妻が、子供が」
「そんな……なんてことを」
要はきつく眉を寄せた。
「男は発狂して自分の家族を殺した。我々の目の前で。止めようにも止められなかった。どうしようもなくなってたんだ――男は死んで、その妻も子供も死んだ。咲屋はそれを事件として片付けてしまったよ。生活苦に絶望した夫の無理心中事件。当時の新聞にも載っているはずだ」
「そんな事を……なぜ今まで黙っていたんですか?なぜ警察に」
「咲屋は政財界や警察幹部に知り合いが多い。今も影響力を持っている。都合の悪い事実をもみ消す力があるんだ。奥村の件も、自殺で片付けられるだろうな」
要は唇を噛みしめた。
大きな力に逆らうには、それに対抗できるだけの力が必要になる。
父の前で、未だ子ども扱いの自分では到底太刀打ちできない。
分かってはいるが、それが無性に悔しかった。
「唯人君をですか?」
「そうだ。守ってやらねば。でも私はもう年を取り過ぎた……」
土方は頷き、木々の間から時折吹き抜ける寒風に身震いした。
白髪が乱れ、それを軽く手で撫でつけると、再び重い口を開いた。
「薬は完成したが、まだ人体に使用できる段階ではなかった――いずれは臨床試験をするはずだったが、功を焦った上の人間が見切り発車で実験を強行した。当時の社長で今の会長、咲屋昇一氏の一言で、それは行われた」
「……」
「結果は……悲惨なものだったよ」
土方はそう呟くと、暗い眼差しでジッと虚空を見つめた。
足下に散らばる枯葉がザーッと音を立てて風に散ってゆく。
その舞い散る先を見て、土方は続けた。
「実験台として連れてこられたのは、季節労働者のような風采の上がらない男だった。どこで見つけたのか知らないが、恐らく治験の為――とでも言われたんだろう。協力すれば、代わりに高額の治験料を払うとでも言われたのかもしれない。身寄りはなくて、もし仮に――万が一の事があっても心配する必要がない男だと聞いていた」
「……」
「愚かにも我々はそれを鵜呑みにした。ただ、最後まで渋っていたのは清宮だったよ。たとえ身寄りがなくても、万が一死に至った場合、どう責任を取るのか?と――でも咲屋は、責任は全て会社が取ると請け負った。事実、そうだったよ。男の死は闇から闇へ……」
「死んだんですか?」
「あぁ、そうだ。それで我々は恐れをなして逃げ出したんだ。あれだけ鮮やかに人の死を隠ぺいしたんだ。自分達だってそうされかねない――とね」
「でも実際に逃げおおせたのは、あなたと清宮氏だけだ」
「そうとも。あとは皆、殺された――」
要は土方の目を見た。
深い悔恨と悲しみに満ちた目だった。
「実験は失敗して男は死んだ。酷い有様だったよ……地獄絵図とはまさにあの事だ。男には身寄りがないと言っていたが、それは嘘だった。彼には家族がいたんだ」
「え?!」
「あぁそうだ。我々はとんでもない過ちを犯してしまったんだ。男には家族がいたんだ。妻が、子供が」
「そんな……なんてことを」
要はきつく眉を寄せた。
「男は発狂して自分の家族を殺した。我々の目の前で。止めようにも止められなかった。どうしようもなくなってたんだ――男は死んで、その妻も子供も死んだ。咲屋はそれを事件として片付けてしまったよ。生活苦に絶望した夫の無理心中事件。当時の新聞にも載っているはずだ」
「そんな事を……なぜ今まで黙っていたんですか?なぜ警察に」
「咲屋は政財界や警察幹部に知り合いが多い。今も影響力を持っている。都合の悪い事実をもみ消す力があるんだ。奥村の件も、自殺で片付けられるだろうな」
要は唇を噛みしめた。
大きな力に逆らうには、それに対抗できるだけの力が必要になる。
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