40 / 69
第7章・困惑
#4
しおりを挟む
「なぁ要君。なぜ私がこんな話を君にするのか、不思議に思っているだろうね?私も、出来ればもう誰も巻き込みたくない。私自身、命なんてもう惜しくはないが、でもあの子はそうはいかん。あの子だけは守ってやりたい」
「唯人君をですか?」
「そうだ。守ってやらねば。でも私はもう年を取り過ぎた……」
土方は頷き、木々の間から時折吹き抜ける寒風に身震いした。
白髪が乱れ、それを軽く手で撫でつけると、再び重い口を開いた。
「薬は完成したが、まだ人体に使用できる段階ではなかった――いずれは臨床試験をするはずだったが、功を焦った上の人間が見切り発車で実験を強行した。当時の社長で今の会長、咲屋昇一氏の一言で、それは行われた」
「……」
「結果は……悲惨なものだったよ」
土方はそう呟くと、暗い眼差しでジッと虚空を見つめた。
足下に散らばる枯葉がザーッと音を立てて風に散ってゆく。
その舞い散る先を見て、土方は続けた。
「実験台として連れてこられたのは、季節労働者のような風采の上がらない男だった。どこで見つけたのか知らないが、恐らく治験の為――とでも言われたんだろう。協力すれば、代わりに高額の治験料を払うとでも言われたのかもしれない。身寄りはなくて、もし仮に――万が一の事があっても心配する必要がない男だと聞いていた」
「……」
「愚かにも我々はそれを鵜呑みにした。ただ、最後まで渋っていたのは清宮だったよ。たとえ身寄りがなくても、万が一死に至った場合、どう責任を取るのか?と――でも咲屋は、責任は全て会社が取ると請け負った。事実、そうだったよ。男の死は闇から闇へ……」
「死んだんですか?」
「あぁ、そうだ。それで我々は恐れをなして逃げ出したんだ。あれだけ鮮やかに人の死を隠ぺいしたんだ。自分達だってそうされかねない――とね」
「でも実際に逃げおおせたのは、あなたと清宮氏だけだ」
「そうとも。あとは皆、殺された――」
要は土方の目を見た。
深い悔恨と悲しみに満ちた目だった。
「実験は失敗して男は死んだ。酷い有様だったよ……地獄絵図とはまさにあの事だ。男には身寄りがないと言っていたが、それは嘘だった。彼には家族がいたんだ」
「え?!」
「あぁそうだ。我々はとんでもない過ちを犯してしまったんだ。男には家族がいたんだ。妻が、子供が」
「そんな……なんてことを」
要はきつく眉を寄せた。
「男は発狂して自分の家族を殺した。我々の目の前で。止めようにも止められなかった。どうしようもなくなってたんだ――男は死んで、その妻も子供も死んだ。咲屋はそれを事件として片付けてしまったよ。生活苦に絶望した夫の無理心中事件。当時の新聞にも載っているはずだ」
「そんな事を……なぜ今まで黙っていたんですか?なぜ警察に」
「咲屋は政財界や警察幹部に知り合いが多い。今も影響力を持っている。都合の悪い事実をもみ消す力があるんだ。奥村の件も、自殺で片付けられるだろうな」
要は唇を噛みしめた。
大きな力に逆らうには、それに対抗できるだけの力が必要になる。
父の前で、未だ子ども扱いの自分では到底太刀打ちできない。
分かってはいるが、それが無性に悔しかった。
「唯人君をですか?」
「そうだ。守ってやらねば。でも私はもう年を取り過ぎた……」
土方は頷き、木々の間から時折吹き抜ける寒風に身震いした。
白髪が乱れ、それを軽く手で撫でつけると、再び重い口を開いた。
「薬は完成したが、まだ人体に使用できる段階ではなかった――いずれは臨床試験をするはずだったが、功を焦った上の人間が見切り発車で実験を強行した。当時の社長で今の会長、咲屋昇一氏の一言で、それは行われた」
「……」
「結果は……悲惨なものだったよ」
土方はそう呟くと、暗い眼差しでジッと虚空を見つめた。
足下に散らばる枯葉がザーッと音を立てて風に散ってゆく。
その舞い散る先を見て、土方は続けた。
「実験台として連れてこられたのは、季節労働者のような風采の上がらない男だった。どこで見つけたのか知らないが、恐らく治験の為――とでも言われたんだろう。協力すれば、代わりに高額の治験料を払うとでも言われたのかもしれない。身寄りはなくて、もし仮に――万が一の事があっても心配する必要がない男だと聞いていた」
「……」
「愚かにも我々はそれを鵜呑みにした。ただ、最後まで渋っていたのは清宮だったよ。たとえ身寄りがなくても、万が一死に至った場合、どう責任を取るのか?と――でも咲屋は、責任は全て会社が取ると請け負った。事実、そうだったよ。男の死は闇から闇へ……」
「死んだんですか?」
「あぁ、そうだ。それで我々は恐れをなして逃げ出したんだ。あれだけ鮮やかに人の死を隠ぺいしたんだ。自分達だってそうされかねない――とね」
「でも実際に逃げおおせたのは、あなたと清宮氏だけだ」
「そうとも。あとは皆、殺された――」
要は土方の目を見た。
深い悔恨と悲しみに満ちた目だった。
「実験は失敗して男は死んだ。酷い有様だったよ……地獄絵図とはまさにあの事だ。男には身寄りがないと言っていたが、それは嘘だった。彼には家族がいたんだ」
「え?!」
「あぁそうだ。我々はとんでもない過ちを犯してしまったんだ。男には家族がいたんだ。妻が、子供が」
「そんな……なんてことを」
要はきつく眉を寄せた。
「男は発狂して自分の家族を殺した。我々の目の前で。止めようにも止められなかった。どうしようもなくなってたんだ――男は死んで、その妻も子供も死んだ。咲屋はそれを事件として片付けてしまったよ。生活苦に絶望した夫の無理心中事件。当時の新聞にも載っているはずだ」
「そんな事を……なぜ今まで黙っていたんですか?なぜ警察に」
「咲屋は政財界や警察幹部に知り合いが多い。今も影響力を持っている。都合の悪い事実をもみ消す力があるんだ。奥村の件も、自殺で片付けられるだろうな」
要は唇を噛みしめた。
大きな力に逆らうには、それに対抗できるだけの力が必要になる。
父の前で、未だ子ども扱いの自分では到底太刀打ちできない。
分かってはいるが、それが無性に悔しかった。
0
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる