薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第7章・困惑

#5

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 土方は言った。

「私たちは恐ろしかった。悪魔のような薬を作り出し、それによって罪もない男とその家族を殺した。殺したのは男だが、我々が殺したようなものだ」
「それで逃げ出したんですか?自分達だけ」

 責められるような言い方に、土方は口元を歪めた。泣いているのか笑っているのか分からない、複雑な表情だった。

「何と言われても仕方ない。今でも後悔しているよ。たくさんあり過ぎて、後悔しきれないぐらいだ。薬を作った事も、実験を強行した事も、事実に目を伏せて逃げた事も……それに」

 それに――土方はそこまで言って言葉を切った。
 近くを通り過ぎる人がいた。散策に来たのか、中年女性二人組が話をしながらゆっくりと去っていく。その姿が消えるのを待って、土方は再び口を開いた。

「……だが、過去の事をいくら悔やんだところで、もうどうにもならん」
 そうだろう?というように土方は要に目をやった。

「今はただ、今できることをするだけだ」
「それが唯人君を守る事ですか?」

 土方は頷きながら、ぼんやりと遠くに目をやった。
 千鳥ヶ淵周辺の桜並木が寒そうに揺れている。
 武道館で催し物があると、この辺りは賑やかになるが今日は何もないのか、とても静かだった。
 その静けさを噛みしめながら、土方は言った。

「あの男――」
「?」
「江戸川というあの男を、もちろん君も知っているだろう?彼をどう思う?」
「どうというと?」
「信用できる人間だと思うか?」
「――」

 要は言葉に詰まった。
 土方の言い方に、微かな棘を感じたのだ。

(江戸川をどう思うか?)

 要は言った。

「さぁ……よく分かりません。でも、悪い人では無いように思います。愛想はないけど、唯人君をしっかり守っているみたいだし。きちんと世話もしている」
「そうか――それならきっと、そうなんだろう」
「なぜそんな事を聞くんですか?」

 その問いに土方は首を振ると、「の話だよ」と言って笑った。
 そして腕時計を見ると、「長話になってしまったな」と呟いた。
 しかし、話を切り上げようという素振りは見せない。

 何かを言い渋っている――土方の様子を見て、要はそう感じた。

 今日。
 わざわざ自分をこんな所に呼び出したのは、サキヤの本当の目的を教えるため――だけではあるまい。
 一番言いたい何かを、彼はまだ言っていない。


「土方さん、話して下さい。今日、俺をここへ呼び出した理由は、今の話だけではないんでしょう?」
「……」
「何なんです?言って下さい。今更何を聞いても、もう驚きませんよ」

 だから教えて下さい、という要の言葉に、土方は大きく息をついた。
 木立の向こうに見え隠れしている1人の男が、土方の方へ小さく合図を寄越した。
 そろそろ切り上げた方がいい、という合図だ。
 土方はそれに対して小さく頷くと、「要さん」と顔を向けた。

「君がこの話を聞いてどう対処するか、それは君の判断に委ねるが……でもこれは、あくまでもだ」
「……」
「サキヤには、実はもう一つ、人体実験の発覚と同様に恐れているものがある。今も必死になって捜している、ある人物がそれだ」
「……」
「実験台になった北岡という男には、妻と3人の子供がいた。でも実際に殺されたのは妻と2人の子供だけ――1人は無事だった。長男の北岡誠一郎という息子がね」

 息子――と、要は呟いた。

「当時、彼は少年院にいた。皮肉なものだが、そのお陰で彼は助かったんだ。サキヤも当然その事実には気づいていた。しかし如何せん塀の中だ。出てくるまで待つしかなかった。ところが、一足違いで逃げられた。その子は出所するとすぐに姿を消してしまったんだよ。そしてそれっきり……未だに行方知れずだ」
「……」
「塀の中で悲報を聞いた彼は、その時何を思っただろうね……ひょっとしたら、家族が死に至った事実を知ってしまったかもしれない。それで人知れず姿を消したのかもしれない」
「自分も殺されると思ったから?それともまさか――復讐の為?」

 そこ言葉に土方は小さく笑った。

「当時16歳だった彼も、生きていたら32。分別のつくいい大人だ」
「――土方さん。あなた……まさか?」

 土方は激しく首を振り、要の言葉を遮った。

「いやいや、分からん。私には分からんよ。ただ可能性の話だ」
「でもあなたは疑ってる。あの男を。違いますか?」
「ただ気になるだけだ」
「気にする理由は何です?何か理由があって疑ってるんじゃないんですか?ここまで色々と調べてこられたあなただ。あの男が唯人君に――いえ、清宮一家に近づいた時点で、詳しく調べたはずだ」
「……」

 土方は視線を上げた。
 スーツを着た男が1人、素早く土方の傍に寄り耳元に何か囁いている。

「そうか……分かった。もう行こう」
「土方さん!」

 ベンチから立ち上がる相手につられて、要も腰を浮かせると慌てて何か言いかけた。
 が。それを遮る様に土方は言った。



「1つだけ。分かっている事実を話そう。
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