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第7章・困惑
#5
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土方は言った。
「私たちは恐ろしかった。悪魔のような薬を作り出し、それによって罪もない男とその家族を殺した。殺したのは男だが、我々が殺したようなものだ」
「それで逃げ出したんですか?自分達だけ」
責められるような言い方に、土方は口元を歪めた。泣いているのか笑っているのか分からない、複雑な表情だった。
「何と言われても仕方ない。今でも後悔しているよ。たくさんあり過ぎて、後悔しきれないぐらいだ。薬を作った事も、実験を強行した事も、事実に目を伏せて逃げた事も……それに」
それに――土方はそこまで言って言葉を切った。
近くを通り過ぎる人がいた。散策に来たのか、中年女性二人組が話をしながらゆっくりと去っていく。その姿が消えるのを待って、土方は再び口を開いた。
「……だが、過去の事をいくら悔やんだところで、もうどうにもならん」
そうだろう?というように土方は要に目をやった。
「今はただ、今できることをするだけだ」
「それが唯人君を守る事ですか?」
土方は頷きながら、ぼんやりと遠くに目をやった。
千鳥ヶ淵周辺の桜並木が寒そうに揺れている。
武道館で催し物があると、この辺りは賑やかになるが今日は何もないのか、とても静かだった。
その静けさを噛みしめながら、土方は言った。
「あの男――」
「?」
「江戸川というあの男を、もちろん君も知っているだろう?彼をどう思う?」
「どうというと?」
「信用できる人間だと思うか?」
「――」
要は言葉に詰まった。
土方の言い方に、微かな棘を感じたのだ。
(江戸川をどう思うか?)
要は言った。
「さぁ……よく分かりません。でも、悪い人では無いように思います。愛想はないけど、唯人君をしっかり守っているみたいだし。きちんと世話もしている」
「そうか――それならきっと、そうなんだろう」
「なぜそんな事を聞くんですか?」
その問いに土方は首を振ると、「可能性の話だよ」と言って笑った。
そして腕時計を見ると、「長話になってしまったな」と呟いた。
しかし、話を切り上げようという素振りは見せない。
何かを言い渋っている――土方の様子を見て、要はそう感じた。
今日。
わざわざ自分をこんな所に呼び出したのは、サキヤの本当の目的を教えるため――だけではあるまい。
一番言いたい何かを、彼はまだ言っていない。
「土方さん、話して下さい。今日、俺をここへ呼び出した理由は、今の話だけではないんでしょう?」
「……」
「何なんです?言って下さい。今更何を聞いても、もう驚きませんよ」
だから教えて下さい、という要の言葉に、土方は大きく息をついた。
木立の向こうに見え隠れしている1人の男が、土方の方へ小さく合図を寄越した。
そろそろ切り上げた方がいい、という合図だ。
土方はそれに対して小さく頷くと、「要さん」と顔を向けた。
「君がこの話を聞いてどう対処するか、それは君の判断に委ねるが……でもこれは、あくまでも可能性の話だ」
「……」
「サキヤには、実はもう一つ、人体実験の発覚と同様に恐れているものがある。今も必死になって捜している、ある人物がそれだ」
「……」
「実験台になった北岡という男には、妻と3人の子供がいた。でも実際に殺されたのは妻と2人の子供だけ――1人は無事だった。長男の北岡誠一郎という息子がね」
息子――と、要は呟いた。
「当時、彼は少年院にいた。皮肉なものだが、そのお陰で彼は助かったんだ。サキヤも当然その事実には気づいていた。しかし如何せん塀の中だ。出てくるまで待つしかなかった。ところが、一足違いで逃げられた。その子は出所するとすぐに姿を消してしまったんだよ。そしてそれっきり……未だに行方知れずだ」
「……」
「塀の中で悲報を聞いた彼は、その時何を思っただろうね……ひょっとしたら、家族が死に至った事実を知ってしまったかもしれない。それで人知れず姿を消したのかもしれない」
「自分も殺されると思ったから?それともまさか――復讐の為?」
そこ言葉に土方は小さく笑った。
「当時16歳だった彼も、生きていたら32。分別のつくいい大人だ」
「――土方さん。あなた……まさか?」
土方は激しく首を振り、要の言葉を遮った。
「いやいや、分からん。私には分からんよ。ただ可能性の話だ」
「でもあなたは疑ってる。あの男を。違いますか?」
「ただ気になるだけだ」
「気にする理由は何です?何か理由があって疑ってるんじゃないんですか?ここまで色々と調べてこられたあなただ。あの男が唯人君に――いえ、清宮一家に近づいた時点で、詳しく調べたはずだ」
「……」
土方は視線を上げた。
スーツを着た男が1人、素早く土方の傍に寄り耳元に何か囁いている。
「そうか……分かった。もう行こう」
「土方さん!」
ベンチから立ち上がる相手につられて、要も腰を浮かせると慌てて何か言いかけた。
が。それを遮る様に土方は言った。
「1つだけ。分かっている事実を話そう。あの男は江戸川千景じゃない」
「私たちは恐ろしかった。悪魔のような薬を作り出し、それによって罪もない男とその家族を殺した。殺したのは男だが、我々が殺したようなものだ」
「それで逃げ出したんですか?自分達だけ」
責められるような言い方に、土方は口元を歪めた。泣いているのか笑っているのか分からない、複雑な表情だった。
「何と言われても仕方ない。今でも後悔しているよ。たくさんあり過ぎて、後悔しきれないぐらいだ。薬を作った事も、実験を強行した事も、事実に目を伏せて逃げた事も……それに」
それに――土方はそこまで言って言葉を切った。
近くを通り過ぎる人がいた。散策に来たのか、中年女性二人組が話をしながらゆっくりと去っていく。その姿が消えるのを待って、土方は再び口を開いた。
「……だが、過去の事をいくら悔やんだところで、もうどうにもならん」
そうだろう?というように土方は要に目をやった。
「今はただ、今できることをするだけだ」
「それが唯人君を守る事ですか?」
土方は頷きながら、ぼんやりと遠くに目をやった。
千鳥ヶ淵周辺の桜並木が寒そうに揺れている。
武道館で催し物があると、この辺りは賑やかになるが今日は何もないのか、とても静かだった。
その静けさを噛みしめながら、土方は言った。
「あの男――」
「?」
「江戸川というあの男を、もちろん君も知っているだろう?彼をどう思う?」
「どうというと?」
「信用できる人間だと思うか?」
「――」
要は言葉に詰まった。
土方の言い方に、微かな棘を感じたのだ。
(江戸川をどう思うか?)
要は言った。
「さぁ……よく分かりません。でも、悪い人では無いように思います。愛想はないけど、唯人君をしっかり守っているみたいだし。きちんと世話もしている」
「そうか――それならきっと、そうなんだろう」
「なぜそんな事を聞くんですか?」
その問いに土方は首を振ると、「可能性の話だよ」と言って笑った。
そして腕時計を見ると、「長話になってしまったな」と呟いた。
しかし、話を切り上げようという素振りは見せない。
何かを言い渋っている――土方の様子を見て、要はそう感じた。
今日。
わざわざ自分をこんな所に呼び出したのは、サキヤの本当の目的を教えるため――だけではあるまい。
一番言いたい何かを、彼はまだ言っていない。
「土方さん、話して下さい。今日、俺をここへ呼び出した理由は、今の話だけではないんでしょう?」
「……」
「何なんです?言って下さい。今更何を聞いても、もう驚きませんよ」
だから教えて下さい、という要の言葉に、土方は大きく息をついた。
木立の向こうに見え隠れしている1人の男が、土方の方へ小さく合図を寄越した。
そろそろ切り上げた方がいい、という合図だ。
土方はそれに対して小さく頷くと、「要さん」と顔を向けた。
「君がこの話を聞いてどう対処するか、それは君の判断に委ねるが……でもこれは、あくまでも可能性の話だ」
「……」
「サキヤには、実はもう一つ、人体実験の発覚と同様に恐れているものがある。今も必死になって捜している、ある人物がそれだ」
「……」
「実験台になった北岡という男には、妻と3人の子供がいた。でも実際に殺されたのは妻と2人の子供だけ――1人は無事だった。長男の北岡誠一郎という息子がね」
息子――と、要は呟いた。
「当時、彼は少年院にいた。皮肉なものだが、そのお陰で彼は助かったんだ。サキヤも当然その事実には気づいていた。しかし如何せん塀の中だ。出てくるまで待つしかなかった。ところが、一足違いで逃げられた。その子は出所するとすぐに姿を消してしまったんだよ。そしてそれっきり……未だに行方知れずだ」
「……」
「塀の中で悲報を聞いた彼は、その時何を思っただろうね……ひょっとしたら、家族が死に至った事実を知ってしまったかもしれない。それで人知れず姿を消したのかもしれない」
「自分も殺されると思ったから?それともまさか――復讐の為?」
そこ言葉に土方は小さく笑った。
「当時16歳だった彼も、生きていたら32。分別のつくいい大人だ」
「――土方さん。あなた……まさか?」
土方は激しく首を振り、要の言葉を遮った。
「いやいや、分からん。私には分からんよ。ただ可能性の話だ」
「でもあなたは疑ってる。あの男を。違いますか?」
「ただ気になるだけだ」
「気にする理由は何です?何か理由があって疑ってるんじゃないんですか?ここまで色々と調べてこられたあなただ。あの男が唯人君に――いえ、清宮一家に近づいた時点で、詳しく調べたはずだ」
「……」
土方は視線を上げた。
スーツを着た男が1人、素早く土方の傍に寄り耳元に何か囁いている。
「そうか……分かった。もう行こう」
「土方さん!」
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