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第7章・困惑
#6
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要は意表を突かれて、思わずしどろもどろになった。
「え?そ、それは……い、一体どういう、意味ですか?」
「江戸川千景ではない、という事だよ。本当の江戸川千景はもうこの世にいない。つまり、あの男は死人の名前を騙っているんだ」
「じゃ……じゃあ、あの男は一体何者なんです?まさか――まさか、本当に……?」
「さあ、それは分からない。でも唯人はあの男を信じているという。だから私も信じようと思うが、でもこの不安をどうしても払拭できない」
土方はそう言って、救いを求めるように要を見た。
「君にお願いがある。どうかあの子を守って欲しい。あの子もきっと、あの男同様――いや、もしかしたらそれ以上に君の事を信頼している」
「……」
「私にはもう守ってやれる力がない。先の知れてる老いぼれより、若く強い力で、どうかあの子を守ってやって欲しい。勝手な願いだが、でももうそれしか方法がないんだ」
付き添いの男が土方を急かした。土方は素直に歩きだした。おぼつか無い足取りで、杖をつきながら要に背を向けると、最後にもう一度振り返って言った。
「頼む。どうかあの子を守ってやってくれ……」
要は何も言わなかった。
ただ、遠ざかっていく老人の後ろ姿が視界から消えるまで、その場にじっと突っ立っていた。
暫くは何も考えられなかった。
様々なものが頭の中を飛び交っていて、でもそのどれもが淡い輪郭をなぞるだけの、不鮮明なものばかりだった。
人体実験という事実。
それがもたらした悲劇。
生き残った息子。
1人ベンチの傍に突っ立ったまま、これは本当に現実世界の出来事なのだろうか?と要は考えた。
社長室で父から話を聞いたのは、本当についこの間の事だ。
あれから僅か数週間で、これだけ目まぐるしく世界が動くなんて考えもしなかった。
しかもその世界ときたら、人の命も平気で踏みつぶす人間たちで溢れ殺伐としている。
その根底に横たわる死者の数に、要は心底ゾッとした。
『自分もそうなるのが怖いか?』
という父の言葉に、そんなことはないと思いつつも、しかし一方ではひどく恐ろしかった。
こんな臆病な自分に、あの少年を守れるだろうか?
そう思うと、今更ながら強い力が欲しいと思った。
父を屈服させることが出来れば。いや、せめて父の前で委縮せずに堂々としていられれば――
そう思った時、要は初めて江戸川の写真を見た時に感じた、あの意味もない嫉妬が一体何なのか、分かった気がした。
なぜ自分はあの男に対して、これほどの敵対心を抱くのか……
(そうだ、あの男は)
父に似ているんだ――
自分を子供のように見下し、圧倒し、自分の方が優っているのだと言いたげに薄く笑う。
あの目。あの態度。
もし、江戸川が北岡誠一郎だとしたら、彼の目的は復讐か?
悪魔の薬を作り出し、父親を実験台にして家族を滅茶苦茶にした復讐。
だがもしそうだとしても、なぜ今まで何もしなかったのか。
近くにいたのなら、いつでも復讐できたはずだ。
今頃になって動き出す理由が、何かあったのだろうか?
江戸川千景が、もし本当に北岡誠一郎なら――――
果たして自分に、あの子が守れるだろうか……と、要は逡巡し、困惑し、暗い眼差しを遠くに向けたまま、いつまでもその場に突っ立っていた。
「え?そ、それは……い、一体どういう、意味ですか?」
「江戸川千景ではない、という事だよ。本当の江戸川千景はもうこの世にいない。つまり、あの男は死人の名前を騙っているんだ」
「じゃ……じゃあ、あの男は一体何者なんです?まさか――まさか、本当に……?」
「さあ、それは分からない。でも唯人はあの男を信じているという。だから私も信じようと思うが、でもこの不安をどうしても払拭できない」
土方はそう言って、救いを求めるように要を見た。
「君にお願いがある。どうかあの子を守って欲しい。あの子もきっと、あの男同様――いや、もしかしたらそれ以上に君の事を信頼している」
「……」
「私にはもう守ってやれる力がない。先の知れてる老いぼれより、若く強い力で、どうかあの子を守ってやって欲しい。勝手な願いだが、でももうそれしか方法がないんだ」
付き添いの男が土方を急かした。土方は素直に歩きだした。おぼつか無い足取りで、杖をつきながら要に背を向けると、最後にもう一度振り返って言った。
「頼む。どうかあの子を守ってやってくれ……」
要は何も言わなかった。
ただ、遠ざかっていく老人の後ろ姿が視界から消えるまで、その場にじっと突っ立っていた。
暫くは何も考えられなかった。
様々なものが頭の中を飛び交っていて、でもそのどれもが淡い輪郭をなぞるだけの、不鮮明なものばかりだった。
人体実験という事実。
それがもたらした悲劇。
生き残った息子。
1人ベンチの傍に突っ立ったまま、これは本当に現実世界の出来事なのだろうか?と要は考えた。
社長室で父から話を聞いたのは、本当についこの間の事だ。
あれから僅か数週間で、これだけ目まぐるしく世界が動くなんて考えもしなかった。
しかもその世界ときたら、人の命も平気で踏みつぶす人間たちで溢れ殺伐としている。
その根底に横たわる死者の数に、要は心底ゾッとした。
『自分もそうなるのが怖いか?』
という父の言葉に、そんなことはないと思いつつも、しかし一方ではひどく恐ろしかった。
こんな臆病な自分に、あの少年を守れるだろうか?
そう思うと、今更ながら強い力が欲しいと思った。
父を屈服させることが出来れば。いや、せめて父の前で委縮せずに堂々としていられれば――
そう思った時、要は初めて江戸川の写真を見た時に感じた、あの意味もない嫉妬が一体何なのか、分かった気がした。
なぜ自分はあの男に対して、これほどの敵対心を抱くのか……
(そうだ、あの男は)
父に似ているんだ――
自分を子供のように見下し、圧倒し、自分の方が優っているのだと言いたげに薄く笑う。
あの目。あの態度。
もし、江戸川が北岡誠一郎だとしたら、彼の目的は復讐か?
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だがもしそうだとしても、なぜ今まで何もしなかったのか。
近くにいたのなら、いつでも復讐できたはずだ。
今頃になって動き出す理由が、何かあったのだろうか?
江戸川千景が、もし本当に北岡誠一郎なら――――
果たして自分に、あの子が守れるだろうか……と、要は逡巡し、困惑し、暗い眼差しを遠くに向けたまま、いつまでもその場に突っ立っていた。
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