薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第8章・バラの花

#4

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 唯人はシートに横たわったまま、ポツリポツリと話をした。

 今まで自分がどういう所にいたのか、どんな生活をしていたのか。
 誰かと、こうやって話をしたくて――でもずっと出来なくて……
 今ようやくその機会がやってきた、というように他愛のない事を、思いつくままに話した。
 要は寝るのも忘れて、それらの話に聞き入っていた。
 ――だが、ある話題が出た瞬間、要は思わずハッとなり身構えた。


 それは、温室の話から始まった。


「お爺ちゃんが育てた花の中で、あれが一番イヤな花だった。でもそれはお爺ちゃんも同じだったみたい。引っ越す時に、全部燃やしてた。グチャグチャに踏みつけて……お爺ちゃんはそれが、バラの花だって言ってたけど、でもね。変なんだよ。葉もないし棘もないし、茎がヒョロッと長くて花は真っ赤なんだ。凄くキレイだったけど、でもイヤな感じがした」

 そして唯人は続けた。

「そうそう。バラって言えば、面白い話を聞いたよ。これはお父さんが話してくれたんだ。
 ある特別なバラの花から、凄い薬が作れるって話。その薬を使うと、誰でも言う事をきかせることが出来るんだって。
 凄い話でしょう?信じられないよね。でもお父さんはその薬の作り方を教えてくれたよ。でもさ。そんな事を教えられても、肝心の花が無いんじゃどうすることもできないよね。
 その時は冗談だと思ったんだけど、でも――あの事故があった日、お父さんが急に言ったんだ。
『あの話は全部ウソで、冗談なんだ』って……でもね。その話を聞いたのはずっと前の事なんだよ。なのに何日も経ってから『あれは冗談だった』なんて――変だよね?
 だから僕、思うんだ。
 あの話は冗談なんかじゃなくて、本当のことじゃないかって。
 それで気づいたんだよ。その特別なバラっていうのが、もしかしたらあの日温室で見た、あの変なバラじゃないか――」
「ゆ、唯人君!!」

 ふいに声を荒げて話を遮る要に、唯人はギョッとなって口を閉ざした。
 自分を見る要の顔が、異様に切迫して見えたのだ。

 要はしかし、何をどう考えてよいのか分からず混乱していた。
 落雷の直撃を受けたって、きっとこんな衝撃は受けないだろうと思った。



 まさか――



 要は言った。

「君は今も、を覚えているの?」
「え?それって?」
「薬の作り方だ」

 唯人は一瞬不安に顔を曇らせたが、微かな笑みを浮かべると頷いた。

「……忘れろって言われると、逆に忘れられないよ」

(あぁ……そうだろうとも)

 要は絶望的は気持ちで目を閉じた。


 なんてことだ……んだ。


 薬の製造法を。
 それがもたらす効果を。
 清宮正人は教えていたんだ。

(なんてことを……)

 要はハンドルに両手をかけて項垂れた。

 この子が、薬の製造法を知っているのといないのとでは、おのずと状況が変わってくる。
 もし知らずにいれば、父の手に渡しても命の危険はないだろう。だが、知っているとなれば話は別だ。
 この子が知っていると分かったら、みんな意地でもそれを引き出そうとするだろう。
 身を守る術を持たないこの子から、強引に情報を引き出すことは容易い事だ。
 そして聞きだした後、この子は一体どうなるか?

 殺される可能性もゼロではない。
 それよりも、麻生がこの子を保護して情報を得たと知ったらサキヤも黙ってはいないだろう。

 大事な情報を持っている少年を、父が自由にするとは思えない。
 つまりこの子は、再び檻の中に閉じ込められる監禁生活だ。


(あぁ……清宮さん)


 要はこの時、写真でしか見たことがない唯人の父に対して、激しい憤りを感じずにはいられなかった。

(なぜあなたは唯人君に話したんですか?冗談だと否定するくらいなら、なぜ教えたりしたんですか?)
(あなたは死に、この子は生き残った)
(なぜ、そんな危険な事を教えたりしたんです!!)

 幸い、唯人は人体実験の事実までは知らないようだ。
 それだけがせめてもの救いだと要は思った。
 でも、薬の製造法を知っているのは実に危険だ。

 誰にも話すな、と言ったところで、この子が確実にそれを守れるとは思えない。現に、今だってこうして話してしまったじゃないか。

 敵か味方か、まだ定かではない自分相手に――

『あの子を守ってやって欲しい』という、土方の言葉が今更ながら胸に重くのしかかる。
 唯人が不安そうに自分を見ていた。
 要はその目を見て、この子に江戸川の正体を教えるべきだろうか――と考えた。

 しかしそうなると、北岡誠一郎という男が誰なのか説明しなければならない。そうなると必然的に人体実験の事実に触れることになる。

(この子に、これ以上のリスクを負わせるわけにはいかない……)

「要さん?」

 不安そうな唯人に、要は安心させるように優しく笑いかけた。

「もう遅いから寝よう。おやすみ」

 そう言ってエンジンを切り、自分のシートも倒した。
 でも要は眠れなかった。
 隣で眠る唯人の寝顔を、結局一晩中眺めて過ごした。
 瞼は重く下がるのに、意識は異様なほど冴えていた。

 その意識の片隅に、小さなバラの花が咲いていた。

 話しに聞いただけの花なのに、なぜか鮮明にその姿を捉えることができた。
 葉も棘もない、茎だけが異様に長い真っ赤なバラだった。

 白々と夜が明ける頃。
 その赤いバラの幻影の向こうに、さらに赤く染まる空を見て、要は怪しい胸騒ぎを感じた。

 何かが動き出す前の予兆――それは、再び迫りくる嵐の前の静けさだったのかもしれない。
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