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第9章・深夜の追撃
#1
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朝早く、要は唯人を連れてホテルに戻った。
フロントに事情を話し、部屋の鍵を開けてもらったが江戸川の姿はなかった。
どこへ行ったんだろう――と、多少の不安は感じたものの、しかし要は唯人に別れを告げてホテルを辞した。
車に乗り込み、ひとまず自宅を目指す。
一応会社員として働いている以上、四六時中張り付いているわけにもいかない。
会社の仕事などどうでもいいが、たまには顔を出さないと……
自宅に戻り、簡単に身支度をして再び玄関に向かうと、母の珠季が階段の下で自分を見上げていた。
「今帰ってきたと思ったら、もう行くの?」
「ええ」
「朝食は?」
「いらない」
要は答えながら靴を履いた。
珠季は浮かない顔をしたまま、そんな息子の背中を眺めていた。
「そうそう。昔総務にいた三島さん、年内で会社を辞めるそうよ」
「え?」
要は驚いて母を見た。
そんな話は初耳だった。もっとも、ここしばらく三島とは顔を合わせていない。
知る機会がなかったのは事実だが……
(三島さんが?)
確かに。だいぶ不慣れな仕事で苦労していたようだが、でもまさか辞めるとは思わなかった。ただ、他の社員の間では、あの人が辞めるのも時間の問題だと、もっぱらの噂だったようだが――
驚く要の横で、珠季は妙に歯切れの悪い調子で言った。
「お父さんにね、元の総務へ戻してあげるように頼んでみたけど……ダメね。結局こうなってしまったわ」
母が何を言いたいのかよく分からなかったが、やはり三島の移動は父の采配によるものだったのか……
それを思うと胸中複雑だった。
自分を不向きな部署に異動させた上に、その男の息子と今まで一緒に仕事をさせられてきたのだ。
それも、ただの上司の息子じゃない。
社長の息子だ。
左遷扱いされた上、社長の息子の監視付き――では、さすがに耐えられなかったのだろう。
出社すると、要は真っ先に三島を探した。
そして彼の姿を見つけると、ひと気のない場所に引っ張ってきた。
「どうしたんですか?」
「三島さん、母から聞きました。年内で辞めるって――本当ですか?」
それを聞いて、三島は「あぁ」と小さく笑った。
「ええ。申し訳ないんですが……そういうことでして」
「どうして?」
「すみません。でも、どうも――私には営業職はあまり向いていないようで」
「でも頑張ってたじゃないですか」
そう言われて三島は照れ笑いを浮かべた。こんな時でも、人の良い三島の笑顔は変わらない。
「何かあったんですか?」
その問いに三島は首を振って笑った。
「あ、それじゃあ私、やることがあるので」
「俺から父に話しますよ。総務に戻れるように」
「いえ、それはやめて下さい」
三島は慌ててそう言った。
「そんな事をされたら困ります。これは私の意思ですから」
「でも今辞めたら退職金だって大して出ないし、次の仕事は?もう決まってるんですか?」
「……もういいんです」
三島はそう言うと、
「気持ちは有難いですが、でも本当にもういいんです」と顔をしかめた。
そして、「要さんには本当にお世話になりました」と型通りの挨拶を残すと、静かにその場を立ち去った。
その背中を黙って見送っていると、その向こうにじっと佇む新井の姿があった。
要にとっては直属の上司だが、奴は上司というより父の監視カメラだった。
不肖の息子を監視し、報告するための――
要はその姿から目を逸らした。
なんだか気分がすぐれない。風邪でもひいたかな?
その日はどうでもいい仕事を片付けて、定時には早々に退社した。
フロントに事情を話し、部屋の鍵を開けてもらったが江戸川の姿はなかった。
どこへ行ったんだろう――と、多少の不安は感じたものの、しかし要は唯人に別れを告げてホテルを辞した。
車に乗り込み、ひとまず自宅を目指す。
一応会社員として働いている以上、四六時中張り付いているわけにもいかない。
会社の仕事などどうでもいいが、たまには顔を出さないと……
自宅に戻り、簡単に身支度をして再び玄関に向かうと、母の珠季が階段の下で自分を見上げていた。
「今帰ってきたと思ったら、もう行くの?」
「ええ」
「朝食は?」
「いらない」
要は答えながら靴を履いた。
珠季は浮かない顔をしたまま、そんな息子の背中を眺めていた。
「そうそう。昔総務にいた三島さん、年内で会社を辞めるそうよ」
「え?」
要は驚いて母を見た。
そんな話は初耳だった。もっとも、ここしばらく三島とは顔を合わせていない。
知る機会がなかったのは事実だが……
(三島さんが?)
確かに。だいぶ不慣れな仕事で苦労していたようだが、でもまさか辞めるとは思わなかった。ただ、他の社員の間では、あの人が辞めるのも時間の問題だと、もっぱらの噂だったようだが――
驚く要の横で、珠季は妙に歯切れの悪い調子で言った。
「お父さんにね、元の総務へ戻してあげるように頼んでみたけど……ダメね。結局こうなってしまったわ」
母が何を言いたいのかよく分からなかったが、やはり三島の移動は父の采配によるものだったのか……
それを思うと胸中複雑だった。
自分を不向きな部署に異動させた上に、その男の息子と今まで一緒に仕事をさせられてきたのだ。
それも、ただの上司の息子じゃない。
社長の息子だ。
左遷扱いされた上、社長の息子の監視付き――では、さすがに耐えられなかったのだろう。
出社すると、要は真っ先に三島を探した。
そして彼の姿を見つけると、ひと気のない場所に引っ張ってきた。
「どうしたんですか?」
「三島さん、母から聞きました。年内で辞めるって――本当ですか?」
それを聞いて、三島は「あぁ」と小さく笑った。
「ええ。申し訳ないんですが……そういうことでして」
「どうして?」
「すみません。でも、どうも――私には営業職はあまり向いていないようで」
「でも頑張ってたじゃないですか」
そう言われて三島は照れ笑いを浮かべた。こんな時でも、人の良い三島の笑顔は変わらない。
「何かあったんですか?」
その問いに三島は首を振って笑った。
「あ、それじゃあ私、やることがあるので」
「俺から父に話しますよ。総務に戻れるように」
「いえ、それはやめて下さい」
三島は慌ててそう言った。
「そんな事をされたら困ります。これは私の意思ですから」
「でも今辞めたら退職金だって大して出ないし、次の仕事は?もう決まってるんですか?」
「……もういいんです」
三島はそう言うと、
「気持ちは有難いですが、でも本当にもういいんです」と顔をしかめた。
そして、「要さんには本当にお世話になりました」と型通りの挨拶を残すと、静かにその場を立ち去った。
その背中を黙って見送っていると、その向こうにじっと佇む新井の姿があった。
要にとっては直属の上司だが、奴は上司というより父の監視カメラだった。
不肖の息子を監視し、報告するための――
要はその姿から目を逸らした。
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その日はどうでもいい仕事を片付けて、定時には早々に退社した。
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