薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第9章・深夜の追撃

#1

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 朝早く、要は唯人を連れてホテルに戻った。
 フロントに事情を話し、部屋の鍵を開けてもらったが江戸川の姿はなかった。

 どこへ行ったんだろう――と、多少の不安は感じたものの、しかし要は唯人に別れを告げてホテルを辞した。
 車に乗り込み、ひとまず自宅を目指す。

 一応会社員として働いている以上、四六時中張り付いているわけにもいかない。
 会社の仕事などどうでもいいが、たまには顔を出さないと……

 自宅に戻り、簡単に身支度をして再び玄関に向かうと、母の珠季が階段の下で自分を見上げていた。

「今帰ってきたと思ったら、もう行くの?」
「ええ」
「朝食は?」
「いらない」

 要は答えながら靴を履いた。
 珠季は浮かない顔をしたまま、そんな息子の背中を眺めていた。

「そうそう。昔総務にいた三島さん、年内で会社を辞めるそうよ」
「え?」

 要は驚いて母を見た。

 そんな話は初耳だった。もっとも、ここしばらく三島とは顔を合わせていない。
 知る機会がなかったのは事実だが……

(三島さんが?)

 確かに。だいぶ不慣れな仕事で苦労していたようだが、でもまさか辞めるとは思わなかった。ただ、他の社員の間では、あの人が辞めるのも時間の問題だと、もっぱらの噂だったようだが――

 驚く要の横で、珠季は妙に歯切れの悪い調子で言った。

「お父さんにね、元の総務へ戻してあげるように頼んでみたけど……ダメね。結局こうなってしまったわ」

 母が何を言いたいのかよく分からなかったが、やはり三島の移動は父の采配によるものだったのか……
 それを思うと胸中複雑だった。

 自分を不向きな部署に異動させた上に、その男の息子と今まで一緒に仕事をさせられてきたのだ。
 それも、ただの上司の息子じゃない。
 社長の息子だ。

 左遷扱いされた上、社長の息子の監視付き――では、さすがに耐えられなかったのだろう。


 出社すると、要は真っ先に三島を探した。
 そして彼の姿を見つけると、ひと気のない場所に引っ張ってきた。

「どうしたんですか?」
「三島さん、母から聞きました。年内で辞めるって――本当ですか?」

 それを聞いて、三島は「あぁ」と小さく笑った。

「ええ。申し訳ないんですが……そういうことでして」
「どうして?」
「すみません。でも、どうも――私には営業職はあまり向いていないようで」
「でも頑張ってたじゃないですか」

 そう言われて三島は照れ笑いを浮かべた。こんな時でも、人の良い三島の笑顔は変わらない。

「何かあったんですか?」

 その問いに三島は首を振って笑った。

「あ、それじゃあ私、やることがあるので」
「俺から父に話しますよ。総務に戻れるように」
「いえ、それはやめて下さい」

 三島は慌ててそう言った。

「そんな事をされたら困ります。これは私の意思ですから」
「でも今辞めたら退職金だって大して出ないし、次の仕事は?もう決まってるんですか?」
「……もういいんです」

 三島はそう言うと、
「気持ちは有難いですが、でも本当にもういいんです」と顔をしかめた。
 そして、「要さんには本当にお世話になりました」と型通りの挨拶を残すと、静かにその場を立ち去った。

 その背中を黙って見送っていると、その向こうにじっと佇む新井の姿があった。
 要にとっては直属の上司だが、奴は上司というより父のだった。

 不肖の息子を監視し、報告するための――

 要はその姿から目を逸らした。
 なんだか気分がすぐれない。風邪でもひいたかな?

 その日はどうでもいい仕事を片付けて、定時には早々に退社した。
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