薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

文字の大きさ
48 / 65
第9章・深夜の追撃

#2

しおりを挟む
 何かおかしい――

 先程からずっと、そう感じていた。

 何かがおかしい。何か変だ。


 江戸川は、微かな胸騒ぎを感じて窓辺に寄った。手元の小さな双眼鏡を目に当てて、真夜中過ぎの表通りを見下ろした。
 車の流れはある程度途絶え、街明かりもネオンサイン以外は消えている。
 都心部と違い、この辺りは寝静まるのが早い。
 そんなこともあるから、人の、ほんの些細な動きでも目に付く。

 江戸川は窓を離れた。
 特別変わった動きは見られなかったが、でもなにか変だと

 例のレクサスは以前と同じ、通りの向かい側に停車しているし、要が乗る黒いBMWも止まっている。だが――

 マツダとクラウンの姿が見えない。
 今朝まで停車していた場所にいない。場所を変えたか、それとも……

(動き出したか?)

 江戸川は鞄に荷物を詰め込むと、フロントに電話をし、すぐに料金が精算できるように準備をしておくよう告げた。
 そして寝ている唯人を叩き起こす。

「唯人さん、起きて下さい。ホテルを出ます」
「……え?」

 半分寝ぼけている唯人の手を引いて、江戸川は部屋を出た。

「エレベーターはあっちだよ」という唯人の言葉を無視して、江戸川は階段を使い一気に駆け下りる。途中、躓きそうになった唯人を抱え上げ、ロビーに出て素早く料金を精算した。

「急いで」
「どうしたの?」

 さすがの唯人も、ただならぬ様子に目が覚めた。
 唯人達がホテルを出るのと入れ違いに、2人の男がさり気なく中に入ってきた。
 眼鏡の男がフロントに近づき、何かを聞いている。
 が、江戸川たちが立ち去る気配を感じたもう1人が、慌てて眼鏡の男を呼び戻した。
「チッ!」と舌打ちしてホテルを飛び出す。


 その時――
 ホテルの駐車場からものすごい勢いで1台の車が飛び出してきた。
 それを見て、要はハッとした。

 白のマークX。
 江戸川の車だ。

 続いてホテルから飛び出してきた男たちが何か合図を送ると、すぐさま走り寄ってきた2台の車に乗り込んで、その後を追い始める。
 マツダとクラウン。

(サキヤが動いた――)

 要は、レクサスに目をやった。エンジンをかけて動き出すのが分かった。
 無灯火のまま、2台の後を追う。
 それを見て要もエンジンをかけた。


 ついに動きだした。
 先に動いたのはサキヤの方だったか……監視はやめて、実力行使に出たのだろうか?

 要は勢いよくアクセルを踏み込んだ。
 前を行くレクサスとの距離はおよそ20メートルといったところか。
 更にその先を行く江戸川とサキヤの連中は、どこへ向かおうとしているのだろう?

 要は速度を上げながら逡巡した。

 前を行く車との距離が徐々に縮まる。
 乗っているのは岩田と平野という2人の男だ。顔は知っているが、話をしたことはない。

 父のスパイ衛星。
 義理もなければ恩もない。

 要は後ろからパッシングした。
「邪魔だ、どけ!」というように後ろから煽る。それに対して、向こうも「お前こそついてくるな!」というように激しくケツを振ってきた。

「あぁそうかい!」

 要は苦笑すると、車線を変えて速度を増し、レクサスの横に並んだ。
 ウィンドウが下がり、「どういうつもりだ!!」と叫んでくる。
 だが、要は聞こえないふりをして素早く抜き去った。

 前に回り込み、今度はさらに前を行く車との距離を測る。
 彼らは、かなり先を走っている。
 いくら空いているとはいえ、一般道でこれ以上スピードは出せない。

(追いつけない、このままじゃ……)

 そう思い、要はふと、江戸川ならどういうルートを選ぶだろうか――と考えた。

 狭い路地には入らないだろう。都内は一方通行が多い。
 下手したら回り込まれてしまう。
 追っ手との距離を作るまでは、大通りからは逸れないはずだ。

 今は国際通りを言問通りへと進んでいる。
 奴はこの先、どこへ向かっていくだろう?直進して462号線を行くだろうか?
 それとも右折して上野方面へ行くか。
 それとも橋を渡って向島方面に逃げるか――

 要は速度を上げた。
 少し熱があるせいか、体がだるい。でも意識は恐ろしいくらい冴えわたっていた。

 言問通りに出た後、要はそのまま直進して462号線を走り、左折して雷門通りに入った。そして馬道通りにぶつかると左折して再び言問通りを目指す。

 時間との勝負だった。
 要は祈る様な気持ちで言問通りに出た。

 そのまま通りを横切り、馬道通りを直進する。
 すると前方から、走ってくるマークXのヘッドライトが見えた。

(よし!)

 要は覚悟を決めると、いきなり対向車線に向けてハンドルを切った。
 正面から逆走してくる要のBMWに、江戸川は一瞬怯んだが、速度を落とさずにその脇を走り抜けた。
 要はそれを黙って見送った。
 が、その後すぐにブレーキを踏みハンドルを回すと、追ってきた2台の車の行く手を遮るように車体で道を塞いだ。

 キュ――――ッ!!というスキール音がした。
 ブレーキと急激な方向転換に車体が軋む。
 要は歯を食いしばった。

 先頭を走っていたクラウンが、慌ててブレーキを踏んだ。しかし、間に合わないと判断したのか咄嗟にハンドルを切った。
 正面からガードレールに突っ込み、後ろを走っていたマツダも止まれずそのケツに突っ込む。

 激しい衝撃音とクラクションの歪んだ音がして、要はハッと我に返った。
 破損した車両から鳴り響く警報に、助けを呼ぼうかと一瞬迷ったが――すぐさま体制を整えると、更にその向こうから迫ってくるレクサスに目をやった。

(あと1台……)

 自分は一体なにをしているんだ――と、要は苦笑した。
 だがもう後には引けなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...