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第9章・深夜の追撃
#7
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「あの子を捕まえても、何の意味もありませんよ」
「意味があるかどうかを決めるのはお前じゃない」
麻生は吐き捨てるようにそう言うと、グラスのブランデーを一気に飲み干した。
それを見て、要は憮然とした顔をした。
人が真剣に話をしている時に……酒を飲んでいるお前のその態度はどうなんだ?
要はその時、ふと思い出したように言った。
「三島さんが辞めるそうですね」
「三島?」
麻生は一瞬誰だ?という顔をしたが、すぐに「あぁ」と頷いた。
「そうらしいな。それがなんだ?」
「辞めるように仕向けたのはあなたでしょう?良かったですね。思い通りになって」
「……何の話だ?」
惚ける父に要は憤りを隠せなかった。
「母さんから聞いたよ。自分の素行調査をされた腹いせに左遷するなんて――随分幼稚なことをするんですね」
「なんのことだ?」
「彼が辞めることは想定内だったんでしょう?今更惚けるなよ」
「……」
「定年まであと数年っていう年で、いきなり総務から営業に回された上、社長の息子の下に置かれて、常に上からの監視状態――気が弱い人なら耐えられないですよ」
「……」
「下手すりゃパワハラで訴えられかねない。けど、あの人は大人しそうだから、その心配はなさそうだ」
「何が言いたい」
「個人的な感情で動いているのは、あなたも一緒だ」
麻生はジッと要を睨みつけた。その目を、要も負けじと睨み返す。
「彼の気持ちを考えたことがありますか?あの年で仕事を辞めて、次の仕事を探すのだって大変だ。しかも彼には家族がいる。守らなきゃいけない家族が――そこまで考えたことがありますか?社員とその家族の事を、考えたことがありますか?」
「分かった風な口を利くな!」
「分からないから聞いているんだ!!」
要は大声を上げた。
「個人的な感情で――しかも、その理由がなんだ?自分の素行調査をされたからか?でもそのことで、彼があなたに危害を加えましたか?」
「――」
「もとはと言えば、アンタの自分勝手な生活が母さんを不安にさせて招いたことじゃないか!そうだろう!?」
「うるさい!今はなんの関係もない話だ!」
麻生は肩を怒らせ椅子から立ち上がると、酔いと興奮で真っ赤に染まった顔で要を睨みつけた。
その姿に、要はなぜか憐憫にも似た情を感じた。
要は言った。
「あなたも咲屋昇一と同じだ」
『お世話になりました』と、背を向けて去っていく三島の背中と、見たこともない北岡という男の背中が、なぜかほんの一瞬重なって見えた。
「あなたも咲屋と同じだ。個人的な感情と利益の為に、人ひとりの命と、その家族を追い込んだ。あなたも……奴と同じだ!」
要はそう吐き捨てると、書斎を飛び出した。
「要!」
ドアの傍に隠れていた珠季が、青い顔をして駆け寄った。しかし要はその腕を振り切ると、家を飛び出し車に乗り込んで走り出した。
泣くまいと思っていたのに、いつの間にか視界が歪み、要は路肩に寄せるとライトを消してラジオのボリュームを上げた。
ハンドルに手を添えたまま、顔を伏せた。
あんな男が自分の父親だと思いたくなかった。
同じ血が流れているのだと思うとゾッとする。けれど、間違いなく自分の中にも、あの男と同じものが流れているのだ。
それが悲しかったし、恐ろしかった。
いつか自分も、あんな風に人を傷つける人間になるのだろうか?
言いたい事をぶちまけて、逃げるように出てきてしまった。
その上、こんな風に無様に泣くことしかできないなんて――
情けなくて、要は溢れてくる涙を拭いもせず、車内でむせび泣いた。
師走の街の喧騒は、深夜を過ぎても治まることを知らず。
でも今は、その賑わいがかえって有難かった。
そしてこの闇も。
――人目を気にせず、大声で泣くことが出来るからだ。
「意味があるかどうかを決めるのはお前じゃない」
麻生は吐き捨てるようにそう言うと、グラスのブランデーを一気に飲み干した。
それを見て、要は憮然とした顔をした。
人が真剣に話をしている時に……酒を飲んでいるお前のその態度はどうなんだ?
要はその時、ふと思い出したように言った。
「三島さんが辞めるそうですね」
「三島?」
麻生は一瞬誰だ?という顔をしたが、すぐに「あぁ」と頷いた。
「そうらしいな。それがなんだ?」
「辞めるように仕向けたのはあなたでしょう?良かったですね。思い通りになって」
「……何の話だ?」
惚ける父に要は憤りを隠せなかった。
「母さんから聞いたよ。自分の素行調査をされた腹いせに左遷するなんて――随分幼稚なことをするんですね」
「なんのことだ?」
「彼が辞めることは想定内だったんでしょう?今更惚けるなよ」
「……」
「定年まであと数年っていう年で、いきなり総務から営業に回された上、社長の息子の下に置かれて、常に上からの監視状態――気が弱い人なら耐えられないですよ」
「……」
「下手すりゃパワハラで訴えられかねない。けど、あの人は大人しそうだから、その心配はなさそうだ」
「何が言いたい」
「個人的な感情で動いているのは、あなたも一緒だ」
麻生はジッと要を睨みつけた。その目を、要も負けじと睨み返す。
「彼の気持ちを考えたことがありますか?あの年で仕事を辞めて、次の仕事を探すのだって大変だ。しかも彼には家族がいる。守らなきゃいけない家族が――そこまで考えたことがありますか?社員とその家族の事を、考えたことがありますか?」
「分かった風な口を利くな!」
「分からないから聞いているんだ!!」
要は大声を上げた。
「個人的な感情で――しかも、その理由がなんだ?自分の素行調査をされたからか?でもそのことで、彼があなたに危害を加えましたか?」
「――」
「もとはと言えば、アンタの自分勝手な生活が母さんを不安にさせて招いたことじゃないか!そうだろう!?」
「うるさい!今はなんの関係もない話だ!」
麻生は肩を怒らせ椅子から立ち上がると、酔いと興奮で真っ赤に染まった顔で要を睨みつけた。
その姿に、要はなぜか憐憫にも似た情を感じた。
要は言った。
「あなたも咲屋昇一と同じだ」
『お世話になりました』と、背を向けて去っていく三島の背中と、見たこともない北岡という男の背中が、なぜかほんの一瞬重なって見えた。
「あなたも咲屋と同じだ。個人的な感情と利益の為に、人ひとりの命と、その家族を追い込んだ。あなたも……奴と同じだ!」
要はそう吐き捨てると、書斎を飛び出した。
「要!」
ドアの傍に隠れていた珠季が、青い顔をして駆け寄った。しかし要はその腕を振り切ると、家を飛び出し車に乗り込んで走り出した。
泣くまいと思っていたのに、いつの間にか視界が歪み、要は路肩に寄せるとライトを消してラジオのボリュームを上げた。
ハンドルに手を添えたまま、顔を伏せた。
あんな男が自分の父親だと思いたくなかった。
同じ血が流れているのだと思うとゾッとする。けれど、間違いなく自分の中にも、あの男と同じものが流れているのだ。
それが悲しかったし、恐ろしかった。
いつか自分も、あんな風に人を傷つける人間になるのだろうか?
言いたい事をぶちまけて、逃げるように出てきてしまった。
その上、こんな風に無様に泣くことしかできないなんて――
情けなくて、要は溢れてくる涙を拭いもせず、車内でむせび泣いた。
師走の街の喧騒は、深夜を過ぎても治まることを知らず。
でも今は、その賑わいがかえって有難かった。
そしてこの闇も。
――人目を気にせず、大声で泣くことが出来るからだ。
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