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第10章・江戸川千景
#1
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最初にその知らせを受けた時、自分は敷地内の草むしりをやらされていた。
看守に呼ばれ別室に通されると、担当する警務官から両親と兄弟が死んだ――ということを告げられた。
父親による無理心中ではないか……ということだったが、それ以上の詳しい説明は何もしてもらえなかった。
しかし、正直その時の自分には、あまり実感がわかなかった。
日雇い労働で稼ぎの少なかった父親と、内縁関係にあった母親は夜の仕事をしていたが、金のことでよく揉めていた。
両親との折り合いがあまり良くなかった自分は、その反抗心から悪い仲間と付き合うようになり、警察の世話にもなったが、母の連れ子である幼い兄弟たちに対しては愛情を持っていた。
殺された時、2人の弟は3歳と5歳だった。
両親が死んだことより、幼い兄弟が死んだことの方がショックだった。
帰る場所を失くし、自暴自棄になった自分は、よく院内でトラブルを起こすようになった。
そんな自分を、いつも諫めて宥めに入る男がいた。
それが、江戸川千景だった。
彼は自分より3つ年上で、何度も少年院に出入りしていた。
院内では馴染みの1人だった。
新規で入ってきた自分の世話を、アレコレ焼いてくれたのも彼だった。
自分も背が高く、腕力には自信があったが、江戸川には敵わなかった。
彼はラガーマンのような屈強な体をしていたが、神経が細やかで、見た目の厳つさとは対照的に女性的な雰囲気を持っていた。
そんな彼が、チンピラ10人を相手に、たった1人でボコボコにしたというのだから、誰も怖がって近寄らない。
本気で怒らせたらヤバい奴だと皆知っているのだ。
しかし、普段の彼は穏やかな世話好きで、なぜこんな奴がここにいるのか不思議に思うほどだった。
仲間と上手く馴染めず、いざこざばかり起こす自分を、彼はいつも体を張って守ってくれた。
自分の事は「セイちゃん」と呼んでいた。
ほぼ初対面の時からそう呼ばれ、初めは戸惑ったが、それが彼なりの距離の詰め方だと思ったら悪い気はしなかった。
自分は彼の事を「チーさん」と呼んでいた。
他の人には「千景さん」と呼ばせていたが、自分にだけは「チーさん」でいいよ、と笑顔で言った。
自分は彼にとって、特別な存在だったのだ。
初めて男と関係を持ったのも、あの時が初めてだった。
彼はいつも、風呂上がりの自分の体を拭いてくれた。
そこまでの世話はいらないと思ったが、それが彼にとって必要なことであるなら、好きにすればいいと思ったので拒絶はしなかった。
そういう性癖があるという話は聞いていたので、別に驚きはしなかったが、自分よりもガタイがよく、厳つい顔立ちの男が、嬉々として男の体に奉仕する様は見ていてどこか滑稽だった。
自由の効かない塀の中なので、周囲の暗黙の了解がなければ行為に至れない不便さはあったが、それでもチーさんは満足していた。
その行為の余韻に浸っている最中に、ふと漏らした一言が、自分の運命を大きく変えた。
それは、家族の死に対する些細な疑問だった――
看守に呼ばれ別室に通されると、担当する警務官から両親と兄弟が死んだ――ということを告げられた。
父親による無理心中ではないか……ということだったが、それ以上の詳しい説明は何もしてもらえなかった。
しかし、正直その時の自分には、あまり実感がわかなかった。
日雇い労働で稼ぎの少なかった父親と、内縁関係にあった母親は夜の仕事をしていたが、金のことでよく揉めていた。
両親との折り合いがあまり良くなかった自分は、その反抗心から悪い仲間と付き合うようになり、警察の世話にもなったが、母の連れ子である幼い兄弟たちに対しては愛情を持っていた。
殺された時、2人の弟は3歳と5歳だった。
両親が死んだことより、幼い兄弟が死んだことの方がショックだった。
帰る場所を失くし、自暴自棄になった自分は、よく院内でトラブルを起こすようになった。
そんな自分を、いつも諫めて宥めに入る男がいた。
それが、江戸川千景だった。
彼は自分より3つ年上で、何度も少年院に出入りしていた。
院内では馴染みの1人だった。
新規で入ってきた自分の世話を、アレコレ焼いてくれたのも彼だった。
自分も背が高く、腕力には自信があったが、江戸川には敵わなかった。
彼はラガーマンのような屈強な体をしていたが、神経が細やかで、見た目の厳つさとは対照的に女性的な雰囲気を持っていた。
そんな彼が、チンピラ10人を相手に、たった1人でボコボコにしたというのだから、誰も怖がって近寄らない。
本気で怒らせたらヤバい奴だと皆知っているのだ。
しかし、普段の彼は穏やかな世話好きで、なぜこんな奴がここにいるのか不思議に思うほどだった。
仲間と上手く馴染めず、いざこざばかり起こす自分を、彼はいつも体を張って守ってくれた。
自分の事は「セイちゃん」と呼んでいた。
ほぼ初対面の時からそう呼ばれ、初めは戸惑ったが、それが彼なりの距離の詰め方だと思ったら悪い気はしなかった。
自分は彼の事を「チーさん」と呼んでいた。
他の人には「千景さん」と呼ばせていたが、自分にだけは「チーさん」でいいよ、と笑顔で言った。
自分は彼にとって、特別な存在だったのだ。
初めて男と関係を持ったのも、あの時が初めてだった。
彼はいつも、風呂上がりの自分の体を拭いてくれた。
そこまでの世話はいらないと思ったが、それが彼にとって必要なことであるなら、好きにすればいいと思ったので拒絶はしなかった。
そういう性癖があるという話は聞いていたので、別に驚きはしなかったが、自分よりもガタイがよく、厳つい顔立ちの男が、嬉々として男の体に奉仕する様は見ていてどこか滑稽だった。
自由の効かない塀の中なので、周囲の暗黙の了解がなければ行為に至れない不便さはあったが、それでもチーさんは満足していた。
その行為の余韻に浸っている最中に、ふと漏らした一言が、自分の運命を大きく変えた。
それは、家族の死に対する些細な疑問だった――
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