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第10章・江戸川千景
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「アイツに人を殺すほどの度胸なんてない」
自分はそう言って、無理心中を否定した。
「儲け話に騙されることはあっても、人を殺して――ましてや自分が死ぬ度胸なんてあるわけないんだ」
「じゃあ、どうして死んだのさ?」
「さぁね……詳しくは言えない感じだったよ。けど、ここじゃ何も調べられない」
自分がそう言うと、彼は何かをじっと考えたまま――ふいに言った。
「俺が調べてやるよ」
「え?」
「俺の方が先にここを出るから。そしたらセイちゃんの両親の事、調べてやる」
彼はそう請け負った。
もちろん、信じてはいなかった。
一度外へ出たら自分の事だけで精いっぱいだ。
他人の身を案じている余裕などないだろう。
案の定、一足先に少年院を出た彼は、それっきり面会にも来なかった。
やっぱりな……と諦めかけていた時、彼はやってきて事の真相を告げた。
あぁ――
あの時の衝撃を、どんな言葉で表現したらいいのだろうか。
「お前を殺そうとしているヤツらがいる。出たらすぐに身を隠せ」
――そう言われて素直に身を隠した。
住む場所はチーさんが用意していた。
そこでしばらく、彼と一緒に暮らした。
家族の死は、無理心中として簡単に報じられていただけだった。
真相に関しては公にされていなかった。
チーさんがどういうルートでそれを知り得たのか、今となっては知る由もないが、命を狙われている自分を守る事が、自らの使命でもある様に、彼は献身的に世話をしてくれた。
――そして、2人で愛し合った。
あの狭く汚いアパートの一室で、大きな巨体を揺らしながら、獣のような雄たけびを上げて、自分の上で何度も果てるチーさんを、自分は毎晩のように抱いた。
彼は自分を「愛している」と言ってくれた。
セイちゃんの為ならなんでもするよ、と言ってくれた。
自分は――彼を愛していたのだろうか?
復讐心に憑りつかれた自分に、バカなことを考えるなと彼は言った。
しかし自分にはどうしても許せなかった。
両親はともかく、幼い兄弟が死んだことはどうしても許せなかったのだ。
「俺をあげるよ。セイちゃんにあげる。だから、セイちゃんはその名前を捨てて、俺になればいい。復讐なんてやめて、新しい人生をやり直せばいい」
「何言ってんだ?どういう事?」
「北岡誠一郎を消して、江戸川千景になるんだよ」
その言葉に、自分は笑った。
「バカ言うな。それに前から思ってたけど、チーさんの名前って宝塚みたいだ」
「これは、ばぁちゃんが付けたんだ。舞台女優のファンでさ。男だってお構いなしさ。お陰で――見てみろ。こんなヘンテコリンな男が出来上がった。いい迷惑だ」
「あははは」
笑う自分に、彼は真顔で言った。
「冗談抜きでさ。俺をやるから、今の名前を捨てろ」
「でもどうやって?」
「俺がいなくなれば、セイちゃんが俺になれる。俺が死んだら、セイちゃんが俺を名乗れ」
「――」
「今日からお前が、江戸川千景だ」
そう言って、彼は満たされたように笑った。
自分はそう言って、無理心中を否定した。
「儲け話に騙されることはあっても、人を殺して――ましてや自分が死ぬ度胸なんてあるわけないんだ」
「じゃあ、どうして死んだのさ?」
「さぁね……詳しくは言えない感じだったよ。けど、ここじゃ何も調べられない」
自分がそう言うと、彼は何かをじっと考えたまま――ふいに言った。
「俺が調べてやるよ」
「え?」
「俺の方が先にここを出るから。そしたらセイちゃんの両親の事、調べてやる」
彼はそう請け負った。
もちろん、信じてはいなかった。
一度外へ出たら自分の事だけで精いっぱいだ。
他人の身を案じている余裕などないだろう。
案の定、一足先に少年院を出た彼は、それっきり面会にも来なかった。
やっぱりな……と諦めかけていた時、彼はやってきて事の真相を告げた。
あぁ――
あの時の衝撃を、どんな言葉で表現したらいいのだろうか。
「お前を殺そうとしているヤツらがいる。出たらすぐに身を隠せ」
――そう言われて素直に身を隠した。
住む場所はチーさんが用意していた。
そこでしばらく、彼と一緒に暮らした。
家族の死は、無理心中として簡単に報じられていただけだった。
真相に関しては公にされていなかった。
チーさんがどういうルートでそれを知り得たのか、今となっては知る由もないが、命を狙われている自分を守る事が、自らの使命でもある様に、彼は献身的に世話をしてくれた。
――そして、2人で愛し合った。
あの狭く汚いアパートの一室で、大きな巨体を揺らしながら、獣のような雄たけびを上げて、自分の上で何度も果てるチーさんを、自分は毎晩のように抱いた。
彼は自分を「愛している」と言ってくれた。
セイちゃんの為ならなんでもするよ、と言ってくれた。
自分は――彼を愛していたのだろうか?
復讐心に憑りつかれた自分に、バカなことを考えるなと彼は言った。
しかし自分にはどうしても許せなかった。
両親はともかく、幼い兄弟が死んだことはどうしても許せなかったのだ。
「俺をあげるよ。セイちゃんにあげる。だから、セイちゃんはその名前を捨てて、俺になればいい。復讐なんてやめて、新しい人生をやり直せばいい」
「何言ってんだ?どういう事?」
「北岡誠一郎を消して、江戸川千景になるんだよ」
その言葉に、自分は笑った。
「バカ言うな。それに前から思ってたけど、チーさんの名前って宝塚みたいだ」
「これは、ばぁちゃんが付けたんだ。舞台女優のファンでさ。男だってお構いなしさ。お陰で――見てみろ。こんなヘンテコリンな男が出来上がった。いい迷惑だ」
「あははは」
笑う自分に、彼は真顔で言った。
「冗談抜きでさ。俺をやるから、今の名前を捨てろ」
「でもどうやって?」
「俺がいなくなれば、セイちゃんが俺になれる。俺が死んだら、セイちゃんが俺を名乗れ」
「――」
「今日からお前が、江戸川千景だ」
そう言って、彼は満たされたように笑った。
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