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第10章・江戸川千景
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車は、どこかの施設の裏門のような所で止まった。
そこで車から降りるよう指示をされ要は降車すると、江戸川と2人、門の傍にある通用口の狭い扉を開けて敷地内に入った。
「ここはどこですか?」
道中の案内標識で、ここが埼玉県の狭山であることは分かっていたが――
自分達が入ってきた場所は、周囲に立木が乱立している林の中だった。
遠くの方に白い建物が幾つか見える。
すでに夜も遅いので、明かりはほとんど消えていた。
「サキヤ製薬中央研究所――聞いたことぐらいあるだろう?」
「サキヤ――」
前を歩いていた江戸川は、とある倉庫の前まで来て足を止めた。
要はもちろん知らないが、数週間前、白いバンが大きな木箱を下ろしたのがこの倉庫の前だった。
やけに重量がありそうな木箱を、男3人がかりで運び込んでいた。
その中身は、数日後に多摩川で浮かび発見されることになったが……
あらかじめ鍵を外しておいたのか、倉庫の扉はすんなりと開いた。
要はその中に通されたが、居心地の悪さに思わず項垂れた。
「マジかよ……これじゃあ俺、本当にスパイみたいだ」
夜間にこっそり敵地に乗り込むなんて……
それにしても、自分をこんな所に連れてきて、一体なにをするつもりなのか?
要はイヤな胸騒ぎを感じて江戸川に目を向けた。
「こんな所に連れてきて、一体なにをしようっていうんです?まさかパーティーでもするんですか?」
冗談を言ってみたが、その声は上擦り、虚しく室内に響いただけだった。
庫内は薬品臭かった。
何か分からない段ボール箱やドラム缶などがたくさん詰まれ、置かれている。
それに、僅かな明かりがついているだけで、妙に薄暗い。
江戸川は、部屋の隅に置かれたパイプ椅子を要に勧めると、自分も向かい合わせに座って足を組んだ。
「さっきの質問に答えようか?私が一体誰なのか――知りたいんだろう?」
「……」
「君の言う通りだよ。私は江戸川千景じゃない。本当の江戸川千景は、もうずっと前に死んでる。でも死んだことは確認されていない。なぜだと思う?」
江戸川は頷きながら言った。
「あぁそうだ。私が彼の身分を貰ったからだ。ただ勘違いしないで欲しい。強引に奪ったわけじゃない」
そう呟くと、江戸川は目を伏せた。
『俺をやるよ』
と彼は言った。
その代わり、今の名前は捨てろと……と。
北岡誠一郎をこの世から完全に消して、江戸川千景として生まれ変わる。
連中は永遠に消えた男を探し続けるんだ……
大丈夫。
俺は誰にも分からない様に消えるから――
『今日からお前が、江戸川千景だ』
そう言いながら、彼は目の前で灯油を被った。
満たされた笑顔を浮かべながら。
「本当の江戸川千景は、身元不詳で今も寺に安置されてるよ……」
「それじゃ……やっぱりあなたは――」
そう言った時、部屋の奥にあったドアが開いて、「江戸川!」という声が響いた。
「唯人君!」
要は思わず立ち上がった。
こちらへ駆け寄る唯人の姿と、それを追ってくる1人の女に驚く。
「暴れちゃってどうしようもないのよ、この子」
円香は文句を言った。
唯人は要の姿に目を止めると不思議そうな顔をして言った。
「要さん……どうしてここに?」
「私が連れてきたんですよ。あなたが会いたいんじゃないかと思って」
「……」
唯人はそっと要に近づいた。
まだ事態を把握しきれていない要だったが、悪い予感に顔を曇らせた。
「江戸川さん……何を企んでいるんです?」
「案外間抜けじゃないわね、この人も」
そう言った女の方へ、要は思わず目を向けた。
「あなた、麻生グループの社長の息子なんでしょう?」
「君は?」
「彼女は咲屋昇一の娘だよ」
「咲屋――」
昇一だって!?と、要は目を剥いた。
その瞬間、江戸川の中にある黒い思惑が、サーッと自分の中に流れ込んでくるのが分かった。
咲屋の娘。そして清宮の孫――この男は、まさか……
そこで車から降りるよう指示をされ要は降車すると、江戸川と2人、門の傍にある通用口の狭い扉を開けて敷地内に入った。
「ここはどこですか?」
道中の案内標識で、ここが埼玉県の狭山であることは分かっていたが――
自分達が入ってきた場所は、周囲に立木が乱立している林の中だった。
遠くの方に白い建物が幾つか見える。
すでに夜も遅いので、明かりはほとんど消えていた。
「サキヤ製薬中央研究所――聞いたことぐらいあるだろう?」
「サキヤ――」
前を歩いていた江戸川は、とある倉庫の前まで来て足を止めた。
要はもちろん知らないが、数週間前、白いバンが大きな木箱を下ろしたのがこの倉庫の前だった。
やけに重量がありそうな木箱を、男3人がかりで運び込んでいた。
その中身は、数日後に多摩川で浮かび発見されることになったが……
あらかじめ鍵を外しておいたのか、倉庫の扉はすんなりと開いた。
要はその中に通されたが、居心地の悪さに思わず項垂れた。
「マジかよ……これじゃあ俺、本当にスパイみたいだ」
夜間にこっそり敵地に乗り込むなんて……
それにしても、自分をこんな所に連れてきて、一体なにをするつもりなのか?
要はイヤな胸騒ぎを感じて江戸川に目を向けた。
「こんな所に連れてきて、一体なにをしようっていうんです?まさかパーティーでもするんですか?」
冗談を言ってみたが、その声は上擦り、虚しく室内に響いただけだった。
庫内は薬品臭かった。
何か分からない段ボール箱やドラム缶などがたくさん詰まれ、置かれている。
それに、僅かな明かりがついているだけで、妙に薄暗い。
江戸川は、部屋の隅に置かれたパイプ椅子を要に勧めると、自分も向かい合わせに座って足を組んだ。
「さっきの質問に答えようか?私が一体誰なのか――知りたいんだろう?」
「……」
「君の言う通りだよ。私は江戸川千景じゃない。本当の江戸川千景は、もうずっと前に死んでる。でも死んだことは確認されていない。なぜだと思う?」
江戸川は頷きながら言った。
「あぁそうだ。私が彼の身分を貰ったからだ。ただ勘違いしないで欲しい。強引に奪ったわけじゃない」
そう呟くと、江戸川は目を伏せた。
『俺をやるよ』
と彼は言った。
その代わり、今の名前は捨てろと……と。
北岡誠一郎をこの世から完全に消して、江戸川千景として生まれ変わる。
連中は永遠に消えた男を探し続けるんだ……
大丈夫。
俺は誰にも分からない様に消えるから――
『今日からお前が、江戸川千景だ』
そう言いながら、彼は目の前で灯油を被った。
満たされた笑顔を浮かべながら。
「本当の江戸川千景は、身元不詳で今も寺に安置されてるよ……」
「それじゃ……やっぱりあなたは――」
そう言った時、部屋の奥にあったドアが開いて、「江戸川!」という声が響いた。
「唯人君!」
要は思わず立ち上がった。
こちらへ駆け寄る唯人の姿と、それを追ってくる1人の女に驚く。
「暴れちゃってどうしようもないのよ、この子」
円香は文句を言った。
唯人は要の姿に目を止めると不思議そうな顔をして言った。
「要さん……どうしてここに?」
「私が連れてきたんですよ。あなたが会いたいんじゃないかと思って」
「……」
唯人はそっと要に近づいた。
まだ事態を把握しきれていない要だったが、悪い予感に顔を曇らせた。
「江戸川さん……何を企んでいるんです?」
「案外間抜けじゃないわね、この人も」
そう言った女の方へ、要は思わず目を向けた。
「あなた、麻生グループの社長の息子なんでしょう?」
「君は?」
「彼女は咲屋昇一の娘だよ」
「咲屋――」
昇一だって!?と、要は目を剥いた。
その瞬間、江戸川の中にある黒い思惑が、サーッと自分の中に流れ込んでくるのが分かった。
咲屋の娘。そして清宮の孫――この男は、まさか……
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