薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第11章・銃口の行方

#3

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 江戸川は円香が着ていたコートを掴むと、それを倒れている円香の上にかけて視界から遮った。
 そしてパイプ椅子に腰かけると、再び銃口を2人に向けて、その場に座るよう促した。
 唯人は仕方なく、要の隣に寄り添うように座った。
 それを見て江戸川は苦笑した。

「彼の傍は安心しますか?」
「約束だよ、江戸川。要さんは必ず自由にしてあげて」
「分かってますよ。彼に恨みはない」
「……その割には、撃ったり蹴ったり――やりたい放題してくれてるけど」

 要は蹴られた腹の痛みに苦笑しながら、そうぼやいた。

「勝手に嵐の中に入ってきたのは君の方だ。頼んでもいないのに追っ手を蹴散らしたり、唯人さんを誘い出したり。ここまで首を突っ込んだ代償だ。それでも、なるよりはマシだろう?」

 そう言って、江戸川が円香の方を見る。
 要は憮然とした顔で睨みつけた。

「これがアンタの復讐か?唯人君に薬を作らせて、それでサキヤの娘を殺すことが?」
「あぁ。そうだ。長かったよ――ここまで来るのに。16年だ。復讐を思い立ってから今日まで、私がどんな思いであなたの傍にいたか……分かりますか?唯人さん」
「……」

 江戸川は、冷えた拳銃を掌に感じながら、色のない幻を思い浮かべていた。

「当時、サキヤ製薬では、ある新薬の研究が行われていました。表向きは向精神薬の一種でしたが、一般には流通しない――非合法に取引するための極秘製剤だった。人の精神を破壊して、マインドコントロールを可能にする薬。あなたがお父さんから聞いた薬が、それですよ」
「……」
「そして、それを作ったのは、あなたのお爺さんだ」

 唯人は唇を噛みしめた。

「清宮宗源は、当時の研究者の1人だった。完成した薬の実験にも立ち会った。まだ不完全だった薬の実験に……被験者として連れてこられたのは、北岡という一人の男だ」
「北岡……」

 呟く唯人に、江戸川は言った。

「私の父ですよ」
「――」

 唯人が、ハッと息を飲むのが分かった。

「父はきっと、高額な治験料に深く考えもせず同意したんだろう。自分に家族がいることも黙っていたんだと思う。十分な臨床検査もされない未承認の新薬が、どんな効果をもたらすかも――ろくに説明を受けないまま、実験台にされたんだ。
 結果どうなったと思います?」

 唯人は聞かれても答えられなかった。

「この女同様、ひどい興奮状態に陥って、手が付けられないほど暴れたらしい。薬の作用で精神状態が不安定なまま、自宅に返された父はまず母を――次に、幼い兄弟を殺した。最後は自分も……自宅に火を放って死んだ」
「……」
「単なる無理心中で片付けられていたよ……でも真相は違う。サキヤが強引に行った実験のせいで、親と兄弟が死んだんだ!」

 江戸川はそう言い放つと、肩で大きく息をついた。

「私はその時、少年院にいた。お陰で命拾いしたよ。彼と知り合ったのも少年院の中だ。江戸川千景だよ。の」
「江戸川……」

 唯人の目を見ながら、江戸川は続けた。

「色々調べて私に教えてくれたのも彼だ。本物の江戸川も有能な男だったぜ」

 そう言って江戸川は笑ったが、その笑みはすぐに暗い影を落として消えた。



 ただ、あの場所で出会っただけの年下の自分を、いつも守り世話してくれた。
 出所してからもずっと、自分を守り続けてくれた。

 愛していると言ってくれた。
 愛しているから、なんでもしてやる――と。

『俺をあげるよ』

 そう言って自ら灯油を浴び、火を放った彼を見て、煮えたぎるマグマは一層赤く燃え上がった。
 彼は新しい人生をやり直すために自分をくれた。
 でも自分は――復讐の為に北岡誠一郎を捨て、江戸川千景になりすまし、家族を死に追いやった連中を必死に探し歩いた。


「非合法な人体実験の事実と、倫理的に問題のある薬の存在を消すために、サキヤは当時の研究員たちを始末し始めた。7人いた研究員のうち、生き残ったのはあなたのお爺さんと、土方という男だけ」
「土方……」


『土方幸三さんです』


 あの屋敷から返された時に、男から聞いた名前を思い出して、唯人はハッとした。


(あの人が……)



「居所を掴むのに苦労したよ。土方は完全に姿を消していた。もしかしたら海外にでも逃亡していたのかもしれない。だから探すなら清宮だと思った。宗源氏には息子がいたからな。君のお父さんは当時、サキヤ製薬の下請け工場で働いていたんだ。そこから辿っていって――ようやく見つけた」
「ならどうしてすぐに行動を起こさなかったんです?やっと見つけたのに、10年も何もせずいたのは、なぜですか?」
「すぐに始末するつもりだったさ。でもまさか――孫がいたとは思わなかった……」

 江戸川はそう言った後、小さく舌打ちした。
 ほんの一瞬、余計なことを言った――という顔をする。
 その表情に、要は首を傾げた。
 なぜか分からないが、江戸川がひどく動揺しているように見えたのだ。
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