63 / 69
第11章・銃口の行方
#3
しおりを挟む
江戸川は円香が着ていたコートを掴むと、それを倒れている円香の上にかけて視界から遮った。
そしてパイプ椅子に腰かけると、再び銃口を2人に向けて、その場に座るよう促した。
唯人は仕方なく、要の隣に寄り添うように座った。
それを見て江戸川は苦笑した。
「彼の傍は安心しますか?」
「約束だよ、江戸川。要さんは必ず自由にしてあげて」
「分かってますよ。彼に恨みはない」
「……その割には、撃ったり蹴ったり――やりたい放題してくれてるけど」
要は蹴られた腹の痛みに苦笑しながら、そうぼやいた。
「勝手に嵐の中に入ってきたのは君の方だ。頼んでもいないのに追っ手を蹴散らしたり、唯人さんを誘い出したり。ここまで首を突っ込んだ代償だ。それでも、こうなるよりはマシだろう?」
そう言って、江戸川が円香の方を見る。
要は憮然とした顔で睨みつけた。
「これがアンタの復讐か?唯人君に薬を作らせて、それでサキヤの娘を殺すことが?」
「あぁ。そうだ。長かったよ――ここまで来るのに。16年だ。復讐を思い立ってから今日まで、私がどんな思いであなたの傍にいたか……分かりますか?唯人さん」
「……」
江戸川は、冷えた拳銃を掌に感じながら、色のない幻を思い浮かべていた。
「当時、サキヤ製薬では、ある新薬の研究が行われていました。表向きは向精神薬の一種でしたが、一般には流通しない――非合法に取引するための極秘製剤だった。人の精神を破壊して、マインドコントロールを可能にする薬。あなたがお父さんから聞いた薬が、それですよ」
「……」
「そして、それを作ったのは、あなたのお爺さんだ」
唯人は唇を噛みしめた。
「清宮宗源は、当時の研究者の1人だった。完成した薬の実験にも立ち会った。まだ不完全だった薬の実験に……被験者として連れてこられたのは、北岡という一人の男だ」
「北岡……」
呟く唯人に、江戸川は言った。
「私の父ですよ」
「――」
唯人が、ハッと息を飲むのが分かった。
「父はきっと、高額な治験料に深く考えもせず同意したんだろう。自分に家族がいることも黙っていたんだと思う。十分な臨床検査もされない未承認の新薬が、どんな効果をもたらすかも――ろくに説明を受けないまま、実験台にされたんだ。
結果どうなったと思います?」
唯人は聞かれても答えられなかった。
「この女同様、ひどい興奮状態に陥って、手が付けられないほど暴れたらしい。薬の作用で精神状態が不安定なまま、自宅に返された父はまず母を――次に、幼い兄弟を殺した。最後は自分も……自宅に火を放って死んだ」
「……」
「単なる無理心中で片付けられていたよ……でも真相は違う。サキヤが強引に行った実験のせいで、親と兄弟が死んだんだ!」
江戸川はそう言い放つと、肩で大きく息をついた。
「私はその時、少年院にいた。お陰で命拾いしたよ。彼と知り合ったのも少年院の中だ。江戸川千景だよ。本物の」
「江戸川……」
唯人の目を見ながら、江戸川は続けた。
「色々調べて私に教えてくれたのも彼だ。本物の江戸川も有能な男だったぜ」
そう言って江戸川は笑ったが、その笑みはすぐに暗い影を落として消えた。
ただ、あの場所で出会っただけの年下の自分を、いつも守り世話してくれた。
出所してからもずっと、自分を守り続けてくれた。
愛していると言ってくれた。
愛しているから、なんでもしてやる――と。
『俺をあげるよ』
そう言って自ら灯油を浴び、火を放った彼を見て、煮えたぎるマグマは一層赤く燃え上がった。
彼は新しい人生をやり直すために自分をくれた。
でも自分は――復讐の為に北岡誠一郎を捨て、江戸川千景になりすまし、家族を死に追いやった連中を必死に探し歩いた。
「非合法な人体実験の事実と、倫理的に問題のある薬の存在を消すために、サキヤは当時の研究員たちを始末し始めた。7人いた研究員のうち、生き残ったのはあなたのお爺さんと、土方という男だけ」
「土方……」
『土方幸三さんです』
あの屋敷から返された時に、男から聞いた名前を思い出して、唯人はハッとした。
(あの人が……)
「居所を掴むのに苦労したよ。土方は完全に姿を消していた。もしかしたら海外にでも逃亡していたのかもしれない。だから探すなら清宮だと思った。宗源氏には息子がいたからな。君のお父さんは当時、サキヤ製薬の下請け工場で働いていたんだ。そこから辿っていって――ようやく見つけた」
「ならどうしてすぐに行動を起こさなかったんです?やっと見つけたのに、10年も何もせずいたのは、なぜですか?」
「すぐに始末するつもりだったさ。でもまさか――孫がいたとは思わなかった……」
江戸川はそう言った後、小さく舌打ちした。
ほんの一瞬、余計なことを言った――という顔をする。
その表情に、要は首を傾げた。
なぜか分からないが、江戸川がひどく動揺しているように見えたのだ。
そしてパイプ椅子に腰かけると、再び銃口を2人に向けて、その場に座るよう促した。
唯人は仕方なく、要の隣に寄り添うように座った。
それを見て江戸川は苦笑した。
「彼の傍は安心しますか?」
「約束だよ、江戸川。要さんは必ず自由にしてあげて」
「分かってますよ。彼に恨みはない」
「……その割には、撃ったり蹴ったり――やりたい放題してくれてるけど」
要は蹴られた腹の痛みに苦笑しながら、そうぼやいた。
「勝手に嵐の中に入ってきたのは君の方だ。頼んでもいないのに追っ手を蹴散らしたり、唯人さんを誘い出したり。ここまで首を突っ込んだ代償だ。それでも、こうなるよりはマシだろう?」
そう言って、江戸川が円香の方を見る。
要は憮然とした顔で睨みつけた。
「これがアンタの復讐か?唯人君に薬を作らせて、それでサキヤの娘を殺すことが?」
「あぁ。そうだ。長かったよ――ここまで来るのに。16年だ。復讐を思い立ってから今日まで、私がどんな思いであなたの傍にいたか……分かりますか?唯人さん」
「……」
江戸川は、冷えた拳銃を掌に感じながら、色のない幻を思い浮かべていた。
「当時、サキヤ製薬では、ある新薬の研究が行われていました。表向きは向精神薬の一種でしたが、一般には流通しない――非合法に取引するための極秘製剤だった。人の精神を破壊して、マインドコントロールを可能にする薬。あなたがお父さんから聞いた薬が、それですよ」
「……」
「そして、それを作ったのは、あなたのお爺さんだ」
唯人は唇を噛みしめた。
「清宮宗源は、当時の研究者の1人だった。完成した薬の実験にも立ち会った。まだ不完全だった薬の実験に……被験者として連れてこられたのは、北岡という一人の男だ」
「北岡……」
呟く唯人に、江戸川は言った。
「私の父ですよ」
「――」
唯人が、ハッと息を飲むのが分かった。
「父はきっと、高額な治験料に深く考えもせず同意したんだろう。自分に家族がいることも黙っていたんだと思う。十分な臨床検査もされない未承認の新薬が、どんな効果をもたらすかも――ろくに説明を受けないまま、実験台にされたんだ。
結果どうなったと思います?」
唯人は聞かれても答えられなかった。
「この女同様、ひどい興奮状態に陥って、手が付けられないほど暴れたらしい。薬の作用で精神状態が不安定なまま、自宅に返された父はまず母を――次に、幼い兄弟を殺した。最後は自分も……自宅に火を放って死んだ」
「……」
「単なる無理心中で片付けられていたよ……でも真相は違う。サキヤが強引に行った実験のせいで、親と兄弟が死んだんだ!」
江戸川はそう言い放つと、肩で大きく息をついた。
「私はその時、少年院にいた。お陰で命拾いしたよ。彼と知り合ったのも少年院の中だ。江戸川千景だよ。本物の」
「江戸川……」
唯人の目を見ながら、江戸川は続けた。
「色々調べて私に教えてくれたのも彼だ。本物の江戸川も有能な男だったぜ」
そう言って江戸川は笑ったが、その笑みはすぐに暗い影を落として消えた。
ただ、あの場所で出会っただけの年下の自分を、いつも守り世話してくれた。
出所してからもずっと、自分を守り続けてくれた。
愛していると言ってくれた。
愛しているから、なんでもしてやる――と。
『俺をあげるよ』
そう言って自ら灯油を浴び、火を放った彼を見て、煮えたぎるマグマは一層赤く燃え上がった。
彼は新しい人生をやり直すために自分をくれた。
でも自分は――復讐の為に北岡誠一郎を捨て、江戸川千景になりすまし、家族を死に追いやった連中を必死に探し歩いた。
「非合法な人体実験の事実と、倫理的に問題のある薬の存在を消すために、サキヤは当時の研究員たちを始末し始めた。7人いた研究員のうち、生き残ったのはあなたのお爺さんと、土方という男だけ」
「土方……」
『土方幸三さんです』
あの屋敷から返された時に、男から聞いた名前を思い出して、唯人はハッとした。
(あの人が……)
「居所を掴むのに苦労したよ。土方は完全に姿を消していた。もしかしたら海外にでも逃亡していたのかもしれない。だから探すなら清宮だと思った。宗源氏には息子がいたからな。君のお父さんは当時、サキヤ製薬の下請け工場で働いていたんだ。そこから辿っていって――ようやく見つけた」
「ならどうしてすぐに行動を起こさなかったんです?やっと見つけたのに、10年も何もせずいたのは、なぜですか?」
「すぐに始末するつもりだったさ。でもまさか――孫がいたとは思わなかった……」
江戸川はそう言った後、小さく舌打ちした。
ほんの一瞬、余計なことを言った――という顔をする。
その表情に、要は首を傾げた。
なぜか分からないが、江戸川がひどく動揺しているように見えたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる