64 / 65
第11章・銃口の行方
#4
しおりを挟む
手の中の拳銃を弄びながら、独り言のように語る江戸川に、要は言った。
「なぜ直接、咲屋昇一に手をかけなかったんですか?どうして娘にこんな」
「自分が作らせた薬で、最愛の娘が死んだと分かったら、さぞショックだろう?」
本人に直接痛みを与えるよりも、その方が復讐の効果は大きい――
「つまり、自分と同じ苦しみを与えようってことか……」
「……」
「清宮正人を殺した理由も同じですか?唯人君にも同じ苦しみを与えるためにそうしたんですか?宗源氏は?彼を殺したのも同じ理由ですか?」
「ええ、そうですよ」
冷たく言い放つ江戸川に、唯人は視線を向けた。
あの暗い双眸が自分に注がれる。
暗闇の穴が、じっと自分を見つめている――
「どんな気分です、唯人さん?家族を殺された気分は。当時の自分は16――今のあなたと同じだ」
「江戸川……」
――江戸川は、ふいに立ち上がると、要の元に寄って縛り上げていた手の拘束を外した。
「約束です。君はもう自由だ」
「なに?」
「要さん」
近寄ろうとする唯人を、しかし江戸川は素早く制して言った。
「ただし、自由にしていいのは彼だけだ。唯人さん。あなたとは、まだやらなきゃいけないことがあるんですよ」
「……」
唯人は江戸川を見つめた。
要は縛られていた手の痺れに顔をしかめたまま、江戸川の前に進み出た。
「ここまで知った俺を逃がそうっていうのか?」
「表に止めてある私の車を使っていい。その後どうしようと君の自由だ」
そう言って鍵を投げて寄越され、要は動揺した。
「江戸川さん……何をするつもりですか?まさか――」
「要さん」
唯人は要の腕を取ると、「行って下さい」と懇願した。
「僕の事は心配しないで。行って下さい」
「でも」
反発しようとした要に、江戸川は銃口を向けると、
「これ以上余計なことはしたくない。大人しく表に出ろ」
と低く唸った。
要は痛む足を引きずりながら、ゆっくり後退していく。
それでも、首を振りながら必死に訴えた。
「お願いです江戸川さん。馬鹿なことはしないで下さい。唯人君に罪がないことは、あなたが一番分かっているはずだ」
「いいから早く行け!」
「あなたと同じ苦しみを味わう理由が、彼にあるわけない。そうだろう?」
「同じだよ!この子も清宮の人間だ」
「じゃあなぜ10年も何もせずにいたんだ!?」
「……」
「やっと見つけたのに、すぐに行動を起こさなかったのはどうしてですか!?」
「――」
「あなたにとって、予想外だったからでしょう?そこに彼がいたことが――違いますか!?」
唯人を指差されて、江戸川は怯んだ。
「幼い子供がいたことを、あなたは知らなかった。唯人君を見て――あなたは躊躇ったんだ。そこに、死んだ自分の兄弟の姿が重なって見えたんじゃないですか?――だから何もしなかった。いや違う……しなかったんじゃない、できなかったんだ!」
「――ッ!」
江戸川は銃口を要の胸に押し付けると、倉庫の外へ押し出した。
要は体勢を崩してよろけると、締め出された倉庫の扉を素手で叩いた。
「お願いです!江戸川さん――いえ、北岡誠一郎さん!復讐する相手を間違えないで下さい。その子も被害者だ。あなたと同じ……被害者ですよ!」
江戸川は扉の前で俯くと、唇を噛みしめてきつく目を閉じた。
その背中を、唯人は黙って見つめていた。
銃を握りしめる江戸川の右手が、微かに震えているのが分かった。
「江戸川……」
その声に振り向いた江戸川の目は、どこまでも続く暗闇の様に、黒く深く沈んでいた。
「なぜ直接、咲屋昇一に手をかけなかったんですか?どうして娘にこんな」
「自分が作らせた薬で、最愛の娘が死んだと分かったら、さぞショックだろう?」
本人に直接痛みを与えるよりも、その方が復讐の効果は大きい――
「つまり、自分と同じ苦しみを与えようってことか……」
「……」
「清宮正人を殺した理由も同じですか?唯人君にも同じ苦しみを与えるためにそうしたんですか?宗源氏は?彼を殺したのも同じ理由ですか?」
「ええ、そうですよ」
冷たく言い放つ江戸川に、唯人は視線を向けた。
あの暗い双眸が自分に注がれる。
暗闇の穴が、じっと自分を見つめている――
「どんな気分です、唯人さん?家族を殺された気分は。当時の自分は16――今のあなたと同じだ」
「江戸川……」
――江戸川は、ふいに立ち上がると、要の元に寄って縛り上げていた手の拘束を外した。
「約束です。君はもう自由だ」
「なに?」
「要さん」
近寄ろうとする唯人を、しかし江戸川は素早く制して言った。
「ただし、自由にしていいのは彼だけだ。唯人さん。あなたとは、まだやらなきゃいけないことがあるんですよ」
「……」
唯人は江戸川を見つめた。
要は縛られていた手の痺れに顔をしかめたまま、江戸川の前に進み出た。
「ここまで知った俺を逃がそうっていうのか?」
「表に止めてある私の車を使っていい。その後どうしようと君の自由だ」
そう言って鍵を投げて寄越され、要は動揺した。
「江戸川さん……何をするつもりですか?まさか――」
「要さん」
唯人は要の腕を取ると、「行って下さい」と懇願した。
「僕の事は心配しないで。行って下さい」
「でも」
反発しようとした要に、江戸川は銃口を向けると、
「これ以上余計なことはしたくない。大人しく表に出ろ」
と低く唸った。
要は痛む足を引きずりながら、ゆっくり後退していく。
それでも、首を振りながら必死に訴えた。
「お願いです江戸川さん。馬鹿なことはしないで下さい。唯人君に罪がないことは、あなたが一番分かっているはずだ」
「いいから早く行け!」
「あなたと同じ苦しみを味わう理由が、彼にあるわけない。そうだろう?」
「同じだよ!この子も清宮の人間だ」
「じゃあなぜ10年も何もせずにいたんだ!?」
「……」
「やっと見つけたのに、すぐに行動を起こさなかったのはどうしてですか!?」
「――」
「あなたにとって、予想外だったからでしょう?そこに彼がいたことが――違いますか!?」
唯人を指差されて、江戸川は怯んだ。
「幼い子供がいたことを、あなたは知らなかった。唯人君を見て――あなたは躊躇ったんだ。そこに、死んだ自分の兄弟の姿が重なって見えたんじゃないですか?――だから何もしなかった。いや違う……しなかったんじゃない、できなかったんだ!」
「――ッ!」
江戸川は銃口を要の胸に押し付けると、倉庫の外へ押し出した。
要は体勢を崩してよろけると、締め出された倉庫の扉を素手で叩いた。
「お願いです!江戸川さん――いえ、北岡誠一郎さん!復讐する相手を間違えないで下さい。その子も被害者だ。あなたと同じ……被害者ですよ!」
江戸川は扉の前で俯くと、唇を噛みしめてきつく目を閉じた。
その背中を、唯人は黙って見つめていた。
銃を握りしめる江戸川の右手が、微かに震えているのが分かった。
「江戸川……」
その声に振り向いた江戸川の目は、どこまでも続く暗闇の様に、黒く深く沈んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる