19 / 65
第3章・遭遇
#4
しおりを挟む
いつもより早い夫の帰宅に、彩子は少し驚いたように「早いのね」と言った。そしてすぐに「夕飯、なにもありませんけど」と付け加える。
「いいよ。外で食ってきた」
野崎は冷蔵庫から缶ビールを取り出して、それをテーブルに置く。
「飲んで平気なの?」
懸案事項がある間は、いつ呼び出しがかかるか分からない。
彩子自身、意図せず身についてしまった習慣から、咄嗟に出てきた言葉だが、それを聞いて野崎は笑った。
「ノンアルだから大丈夫」
「そう……」
彩子は気のない返事を返して、スマホをいじり始めた。
メールのチェックをしながら、「私、来月友達と旅行に行くって……言いましたっけ?」と聞く。
「あぁ……来月だっけ?」
「2泊3日で箱根まで」
「そうか……分かった」
野崎はビールを一口飲んで「いつもの旅行メンバー?」と聞いた。
彩子はスマホをいじる手を一瞬止めたが、すぐに「そうよ」と答えた。
「……」
野崎は黙っていた。
妻がそう言うなら信じるしかない。
――本当は誰と行くの?
問いただしたい言葉が喉元まで出かかったが、それをビールで流し込んで、野崎は言った。
「楽しんできて」
彩子は先に寝室に入った。
夫はまだ寝ないと分かっている。
特に今は容疑者が意識不明の状態で、いつ戻るか分からない。
急な呼び出しがありそうな時、夫はリビングのソファーで仮眠を取ることが多い。
本格的に寝ないように……短時間の睡眠でも体を休める術を身に付けているのだ。
看護師をしている自分もそうだった。
フルタイムで夜勤もこなしていた時は、短時間の仮眠でも大丈夫だった。
今は夜勤はせず、日勤のみのパートタイムだが。
彩子はベッドに横になりながら、メッセージアプリに届いたメールに返信をした。
>来月が楽しみ
するとすぐに
>早く会いたい
と返ってくる。
>私も
と返して、彩子はスマホを伏せた。
(……)
自分の中に、まだ僅かな良心が残っているのだろうか――?
良くないことだとは分かっている。
分かっているが、もう後戻りはできないのだ。
この後ろめたさの正体が何なのか、彩子はよく知っている。
警察官の妻でありながら、自分は不貞よりも恐ろしい罪を犯した。
あんなこと――
(あの人には死んでも言えないわね……)
彩子は小さく笑うと、溢れる涙を拭うように布団の中に顔を埋めた。
「いいよ。外で食ってきた」
野崎は冷蔵庫から缶ビールを取り出して、それをテーブルに置く。
「飲んで平気なの?」
懸案事項がある間は、いつ呼び出しがかかるか分からない。
彩子自身、意図せず身についてしまった習慣から、咄嗟に出てきた言葉だが、それを聞いて野崎は笑った。
「ノンアルだから大丈夫」
「そう……」
彩子は気のない返事を返して、スマホをいじり始めた。
メールのチェックをしながら、「私、来月友達と旅行に行くって……言いましたっけ?」と聞く。
「あぁ……来月だっけ?」
「2泊3日で箱根まで」
「そうか……分かった」
野崎はビールを一口飲んで「いつもの旅行メンバー?」と聞いた。
彩子はスマホをいじる手を一瞬止めたが、すぐに「そうよ」と答えた。
「……」
野崎は黙っていた。
妻がそう言うなら信じるしかない。
――本当は誰と行くの?
問いただしたい言葉が喉元まで出かかったが、それをビールで流し込んで、野崎は言った。
「楽しんできて」
彩子は先に寝室に入った。
夫はまだ寝ないと分かっている。
特に今は容疑者が意識不明の状態で、いつ戻るか分からない。
急な呼び出しがありそうな時、夫はリビングのソファーで仮眠を取ることが多い。
本格的に寝ないように……短時間の睡眠でも体を休める術を身に付けているのだ。
看護師をしている自分もそうだった。
フルタイムで夜勤もこなしていた時は、短時間の仮眠でも大丈夫だった。
今は夜勤はせず、日勤のみのパートタイムだが。
彩子はベッドに横になりながら、メッセージアプリに届いたメールに返信をした。
>来月が楽しみ
するとすぐに
>早く会いたい
と返ってくる。
>私も
と返して、彩子はスマホを伏せた。
(……)
自分の中に、まだ僅かな良心が残っているのだろうか――?
良くないことだとは分かっている。
分かっているが、もう後戻りはできないのだ。
この後ろめたさの正体が何なのか、彩子はよく知っている。
警察官の妻でありながら、自分は不貞よりも恐ろしい罪を犯した。
あんなこと――
(あの人には死んでも言えないわね……)
彩子は小さく笑うと、溢れる涙を拭うように布団の中に顔を埋めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)
松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。
平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり……
恋愛、家族愛、友情、部活に進路……
緩やかでほんのり甘い青春模様。
*関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…)
★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。
*関連作品
『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点)
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)
上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。
(以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる