T.M.C ~TwoManCell 【帰結】編

sorarion914

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第3章・遭遇

#3

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 2人は車に戻った。
 道中、野崎はずっと無言だった。先程見たものが何だったのか、しきりに考えているのだろう。
 今は何を言っても無理だろうなと思い、宇佐美も黙っていた。
 警察署の近くにあるコーヒー店まで移動して、2人は店内に入った。
 昼は少し過ぎているが、店内は満席に近かった。
 窓際のテーブルに座り、軽食を注文すると野崎は頬杖をついたまま、じっと考え込んでいた。
 カーテン越しだったが、そこに映る人影を野崎はハッキリと見た。
 それが動いて、部屋の奥に消えてゆくのも……
 あれは夢じゃないし、幻でもない。
 自分だけじゃなく、宇佐美も見ている。

 そうだ宇佐美も――

 (あれ?これって、もしかして――)


 のせいか?


 野崎はふと何かに気づいたように宇佐美を見た。
 宇佐美は退屈そうに窓の外を見ている。
 が、野崎の視線に気づいて目を向けた。
「君も……見たんだよな?」
「なにを?」
「なにって……さっきの人影だよ」
 あぁ――と頷いて小さく笑った。
「見ましたよ」
「そうか……」
 野崎は目を閉じて頷くと、思わず苦笑した。
「そういう力を持っている人の傍にいると、影響を受けることがあるって聞いたけど――まさか……こんなに早く経験するとは思わなかったな」
「ひょっとしたら俺たち……相性がいいのかも」
「それって波長が合うってこと?」と、互いを交互に指差して野崎が聞いた。
 宇佐美は笑って頷く。
「あんまり嬉しくないな」
「なんで?もっと喜んで下さいよ」
 甘えたような言い方をする宇佐美に、野崎は顔をしかめて腕組みをした。
「そう簡単に人生観変えられてたまるか」
「でも少しは信じる気になったでしょう?」
「……」
 宇佐美はふいに真顔になると、「さっきのアレは気のせいじゃないよ」と言った。
「誰かいた。窓から、俺たちの様子を伺ってた」
「誰?」
「分からない……でも男だと思う」
「男?女じゃなくて?」
 死んだのは女で男はまだ生きている。幽霊だとしたら女の方だと思っていたが。
「ちなみに聞くけど……その男っていうのは、死んでる男ってこと?」
「鍵のかかった部屋をすり抜けて出入りできるなら、別に生きてる男でもいいですけど?」
「じゃあ、奇術師マジシャンかな?」
 あくまでも幽霊とは認めたくない野崎に、宇佐美は「だったらいいですね」と笑った。

 軽食で空腹を満たし、食後のコーヒーを飲みながら、話題はいつしか先に起きた2つの事案に移っていた。
「あの橋の動画を初めて見た時」
 現在は閲覧できないように削除されているが、スマホにコピーして保存しておいた宇佐美は、それを開いて野崎に見せた。
「姿は見えないけど、何かいるのは感じたんだ」
「男の視線の先か?」
 宇佐美は頷いた。
「彼の視線はずっとここに向けられている。たまに彼の視線が動くのは、それがそう動いているから…」
 近づこうとする何かを振り払うような素振り。
「襲われているんだと思う。必死に抵抗している」
「何も見えないけどな……」
 野崎は何故だか寒気がした。
 あの時は奇妙だとしか感じなかったが……今こうして宇佐美と共に見ていると、見えないはずのものが見えてきそうな気がしてくる。
 男が橋から飛び降りたところで、宇佐美は動画を閉じた。
「他の人には見えてないだけで、動画の男には何かが見えていたんだ。たぶん、駅の男にも」
 それを聞いて、野崎は仕事用のスマホを取り出すと、「防犯カメラの映像がある」と言って宇佐美の方へ差し出した。
 短い映像だが、宇佐美はそれを凝視すると静かに頷いた。
「これも姿は見えないけど、男の背後から何かが急に近づいてきて……襲い掛かろうとしてるように感じる」
「橋のヤツと同じ?」
「そうだね……感じがよく似てる」
「……」
 しばらく互いに押し黙ったまま、何かをじっと考えていたが、ふと気づいたように野崎が言った。
「今回の容疑者にも、何か見えていたのかな?」
「……」
 宇佐美は黙って野崎を見た。
「あの2人の男と同じように、何かが見えてて……錯乱して女を刺した。自分は――」
 そう呟きながら頭部に手をやり、殴る仕草をする。
「自分の頭を殴りつける」
 ――が。言ってすぐに首を振った。
「いや、それは違うな」
 自分で意識をなくすほど強く殴りつけるのは難しい。殴った物も見当たらない。
 だがそもそも、何故そんなことをする必要がある?
 殺したことを悔やんで後を追うなら、女を刺したナイフを使えばいい。その方が手っ取り早い。
 女はすでに絶命寸前。現場に第三者はいない。
 いったい誰が、男の頭を殴り昏倒させたのか――
 まさか幽霊に襲われて、そいつが殴ったとでもいうのか?

「多分、そうなんじゃない?」

 ふいにそう言われて野崎は我に返った。
「え?」
 今――自分が頭の中で考えていたことに呼応するように、宇佐美が言う。
「なに?」
「だから……幽霊が彼を襲ったんじゃないの?」
「……」
「何かが彼を襲った。男は混乱して、女を刺して……怖くなって逃げようとした」
 その何かは、逃げる男を背後から襲う。
 男は頭部に衝撃を受けて昏倒する……
 ――その光景が。
 ふと目の前に見えたような気がして、野崎は一瞬身震いした。
 (これも、この男が見せているものなのか?)
 今目の前にいる、宇佐美この男が――

 野崎は改めて宇佐美を見た。
 端正な顔立ちであればあるほど、どこか冷ややかで恐ろしく見えてくる。
 そういえば、初めて会った時にも感じた。
 網膜を通して何かを見ている、その目――
 (こいつの目……)
 野崎は、これ以上一緒にいると何もかも見透かされてしまいそうで怖くなった。
 その動揺をなるべく悟られまいと、大きく息をつき、極力落ち着きを払った態度で言った。
「もう行こう。そろそろ戻らないと」
 伝票を手に取ろうとしたが、取り損ねて落としてしまう。
「いいよ、俺が取る」
 宇佐美は、テーブルの下に落ちた伝票を取ろうと覗き込み、ギョッとした。

 野崎の足元に、何かいる―――

 小さな黒い影。
 一瞬、猫かと思ったがそうではない。
 手で、じゃれるように野崎の靴を触っている。
 (なに?子供?)
 伝票に伸ばしかけた手を止めて、じっと見つめる自分の視線に気づいたのか、はゆっくりとこちらを見たような気がした。
「……」
 宇佐美は思わず息を飲んだ。野崎の靴を触っていた小さな手が、スーッと自分の方へ伸びてくる――
「――!!」
 ゴンッ!
 慌てて手を引っ込めた拍子に、テーブルに思いきり頭をぶつけて宇佐美は呻いた。
「⁉」
 野崎は思わず飛び上がって驚いた。
「お、おい――大丈夫?」
「痛ってぇ……」
 顔をしかめながら頭をさする宇佐美に、野崎は「なにやってんの?」と苦笑した。
「だって……」そう言いかけて宇佐美は口をつぐんだ。
 野崎は、どうした?という顔をして自分を見ている。

 気づいていない?
 何も感じていないのか?

 (そうか、見えていないんだ)

 言いかけた言葉を宇佐美は飲み込んだ。
 野崎はその様子を心配そうに見ている。
「平気か?頭、結構思いっきり打ったけど」
「あ…あぁ……」
「伝票あった?」
「……」
 宇佐美は恐る恐るテーブルの下を覗き込んだ。
 足元にいた、あの小さな影は消えていた。
 (いない……)
 急いで伝票を拾い上げ、釈然としない表情を浮かべる宇佐美を、野崎は本気で心配した。
「本当に平気?」
「え?えぇ……」
 答えながらも、どこか上の空だ。そんな様子に野崎は「ならいいけど」と呟く。


 ――ほんと変な奴だな――


 野崎の、声にならないもう一つの呟きが聞こえたような気がしたが、宇佐美は黙っていた。
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