T.M.C ~TwoManCell 【帰結】編

sorarion914

文字の大きさ
35 / 65
第5章・揺心

#3

しおりを挟む
 8月下旬。

 この日も日中は35度を超える猛暑日だった。
 今年の夏は気温が高く、降水量は少ないという予報通り。
 梅雨明けしてからは雨が降る日はほとんどなく、町は渇水対策のため至る所で節水をよびかけている。
 アパートの事件以降、気になる事故や事件もなく、表面的には落ち着いて見えた。
 とはいえ、日常的な小競り合いや事件は後を絶たない。
 例の件を調べたい気持ちはあれど、目に見える事件に忙殺されてしまう。
 宇佐美と知り合う前は、これが自分の日常だったが……
 (奴と知り合ってまだ半年も経ってないのに)
 早くも自分の人生観が変わりつつあることに焦りを感じていた。
 連絡を取りたい気持ちはあれど、関わることをためらう自分がいる。
 スマホのメッセージアプリを何度も開いては閉じる……を繰り返して、野崎はため息をついた。
 スマホが微かに鳴動する。
 メールが1件。
 神原からだった。
 近況を尋ねる内容のメールだ。
 野崎は、宇佐美を紹介された時以来会っていないことを思い出して、早々に返信した。
 幸い今は大きな事件を抱えていない。
 懸案事項もないので、野崎は定時で上がると久しぶりに神原の出版社へ向かった。
 連絡はしておいたので、神原はまだ退社していなかった。
「久しぶりだね」
 そう言って事務所の応接室へ招き入れた。
「ご無沙汰してしまってすみません」
 気にするな、と神原は笑って手を振ると、「色々事件が起きて君も大変だったろう。今は少し落ち着いたようだな」と言って座るよう促した。
「望月さんが帰ってしまったので、申し訳ないが飲み物はこれで」
 そう言ってペットボトルのお茶を差し出す。野崎は笑って受け取った。
「実は、近況は宇佐美君から少し聞いているんだ」
 そう言って向かい合わせに座る神原に、野崎は頷いた。
「彼自身もだいぶ戸惑っているようだった。恐らく、今まで自分の力をそこまで意識したことがなかったんだろうな……」
「俺も戸惑ってますよ」
 それを聞いて神原は嬉しそうな顔をした。
「宇佐美君の感想は聞いたが、野崎の感想を聞いていなかったな。彼をどう思う?」
 野崎は苦笑した。すぐには答えられず、腕を組んでしばらく考える。
「そうですね……」
 そう呟いてから、「先生の言った通り、だと思いました」と答える。
「あはは、やはりそうか」
 思っていた通りの答えが返ってきて、神原は嬉しそうだった。が、すぐに真顔になると、「でも過去形だな」と指摘する。
 野崎は肩を竦めた。
「もちろん、今でも変わった奴だとは思ってるけど……初めの頃程ではないかな」
「そんなに認識が変わるほど、一緒にいるのかい?」
 そう言われ、野崎は慌てて言った。
「そんな頻繁には会っていませんよ」
「……」
「会ってはいませんけど――」
 神原の視線に促されるように、野崎は言った。
「彼と一緒にいると、何が現実で、何がそうじゃないのか……分からなくなるんです」
「……」
「自分が何を信じて動けばいいのか……」
「彼の力を信じているんだね」
「――」
 野崎は黙った。
 じっと俯いたまま、眉間を寄せている。
 20年以上警察官として現実の世界と向き合ってきた。時には不思議に思うような事件にも遭遇したが、調べれば納得のいく答えが出る。
 仲間内に霊感が強いと豪語する奴もいたが、話だけで実際に霊を見たことなど一度もなかった。
 神原との付き合いでもそうだ。不思議な直感力に驚かされることも多々あったが、それを目の当たりにしたところで、本気で見えないモノの存在を信じたことはない。
 なのに――
「この目で見ました」
「ほぉ……そうか」
 神原は目を見張った。
「早くも人生観が変わりそうで……怖いですよ」
 45の男が、本気で戸惑っている。その様子に神原は黙って頷いた。
 どこかで花火でも打ち上げているのか。
 時折ドーンという音が窓ガラスを振動させる。
 神原は窓辺に寄って外を見たが、この角度からは見えそうになかった。
 それでも諦めず、しばらく遠くを眺めていたが、ふと思い出したように言った。
「宇佐美君は両親を共に自死で亡くしている」
「……」
 野崎は顔を上げた。
「父親は幼少期だと言ってたかな?あまり記憶にはないようだったが……」
「――」
「以来、ずっと母子家庭で育ってきたそうだ」
 音はすれど花火の姿は見えないので、神原は諦めて再び野崎の前に腰を下ろした。
「彼のあの力はどうやら母親譲りのようだ。彼の母親にもそういう能力があったと聞いたよ。彼女はとてもセンシティブな一面を持っていて……でもそれが原因で、夫亡き後、無理がたたって体を壊してしまったらしい」
「……」
「宇佐美君はずっとそんな母親の面倒を見ながら、生活を支えていたようだ。高校時代は学校へ行きながらバイトをして……まるで苦学生だな」
「ヤングケアラーですね」
 野崎はそう言って、ふと思い出した。
 井上の話をしている時、どこか神妙な面持ちで話を聞いていた宇佐美の姿を――
 奴はあの時、何を思って聞いていたんだろう?
 もしかしたら、自分と井上を重ね合わせていたのでは……

「そんな母親も、彼は8年前に亡くしている。ちょうどその頃だ、私が彼と出会ったのは」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...