T.M.C ~TwoManCell 【帰結】編

sorarion914

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第6章・影

#7

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 宇佐美を放り出した後、野崎はきつく唇を噛んだままハンドルを握った。
 どこへ向かおうとしているのか分からない。ただ、闇雲にアクセルを踏み込んでいるだけだった。
 抑えようとしても、涙が込み上げてくる。
 視界が滲んで、野崎は堪らず車を路肩に寄せた。そのまま停車し、ハンドルに突っ伏して嗚咽する。
 悔しさと情けなさで涙が止まらなかった。

 自分は今まで一体何をしてきたんだ……

 がむしゃらに走り続けて、仕事に打ち込んで……結果、家庭を顧みる余裕もなく、出た答えがこれか?
 宇佐美に指摘されるまでもない。
 本当はとっくに気づいていた。
 女友達だと偽って男と会っていたことも。旅行の相手も。メールの相手も。食事の相手も。
 全部――
 野崎は思わず笑ってしまった。
 もう何が悲しくて、何がおかしいのか分からない。
 でも涙がとめどなく溢れてくる。
 声を押し殺して泣き続ける。
 その震える肩に、その時――ふと何かが触れた。
「――⁉」
 野崎はハッとなった。
 微かに感じる、手の感触。それも小さな……子供の手だ。
 それが咽び泣く野崎の肩に優しくそっと置かれる。
 まるで慰められているようだった。不思議な温もりまで感じる。
 野崎は、その小さな手が置かれている辺りに、そっと自分の手を重ねた。
 掴むことはできなかったが、確かにのは分かった――
「そうか……」
 野崎は力なく笑った。
「いるんだ……」
 溢れる涙が頬を伝う。
「ごめんな……守ってやれなくて……」
 野崎はそのままきつく目を閉じると、しばらくじっとしていた。

 やがて――

 何かを吹っ切るように野崎は顔を上げると、両手で顔を擦り大きく息を吐いた。
 鼻をすすって、天を仰ぐ。
 何度か深呼吸を繰り返し、目に残った最後の涙を指で拭うと、静かにアクセルを踏んだ。
 車は再び、夜の街を走り出す。
 奴がどこにいるのか分からない。
 でも会える予感はしていた。


 鞄を引きずる様にして、宇佐美はトボトボと歩いていた。
 背後から車の走行音が聞こえて、無意識に道の端に寄る。
 車が横づけされた。運転席の窓が開く。
 野崎だった。
「乗れよ……」
「は?」
 宇佐美は呆れたように笑うと、「正気か?」と呟く。
「さっきの出来事忘れたの?」
「悪かった……謝るよ」
「……」
「すまん……とにかく、乗ってくれ」
 信じられないものでも見るように、宇佐美は運転席に目をやり、言った。
「嫌だって言ったら?」
「それでもいいから乗って」
「……答えになってないんだよ――」
 宇佐美は怒ったように助手席側にまわると、ドアを開けて乗り込んだ。
 車はハザードを出して路肩に停まる。
 溜息をつき、顔をしかめる宇佐美に野崎は言った。
「悪かった。ごめん」
「……」
 宇佐美は黙っていた。
 腹を立てていたとはいえ、自分の態度も大人げなかったと分かっている。
 それにあんな事……怒りに任せて言うことじゃなかった――
 ちらっと野崎の方を見る。暗くて分からないが、恐らく泣いていたのだろう。鼻をすすって顔を背ける。
 傷つけたくないと思っていたのに……結果傷つけてしまったことが辛かった。
 自分と関わらなければ、恐らく知ることはなかったであろう子供の事。妻の口から語られない限りは、永遠に知りえない事実だからだ。
「ごめん……」
「え?」
 ふいに謝る宇佐美を見て、野崎は言った。
「別に……お前が謝る必要はないだろう」
「でも」
「家まで送る」
 有無を言わさず、車は再び走り出す。2人は終始無言だった。
 近くまで来た時、「ここでいいです」と宇佐美はシートベルトを外した。
「前まで送るよ」
「いいよ。ここで」
 野崎に背を向けたまま「ここからは歩いて帰れるから」と、鞄を抱える。仕方なく野崎は車を止めた。
 ありがとう、と言って降りようとする宇佐美を、野崎は「なぁ……」と引き止めて言った。
「その……子供の影」
「?」
「どんな姿してる?」
 宇佐美はじっと野崎を見た。
「今、ここにいる?」
 そう聞かれ、宇佐美は黙って首を振った。
「そう……」
「俺には影にしか見えない……でも多分――女の子だと思う」
 野崎は目を見張ると、泣きそうな顔をした。
「そうか……」
「ごめん。俺にはこれくらいしか……」
 気にするな、というように頷いて野崎は微笑む。
 宇佐美は、走り去る車の姿が見えなくなるまで見送っていた。

 あの人の力になりたい――

 唐突に、宇佐美はそう思った。
 野崎を助けたい。
 彼のために何かをしたい。
「……?」
 小さな手が、そっと自分の手に触れる感触があった。
 宇佐美は見下ろした。
 小さな影が、じっとこちらを見上げている。
「なんだ……君ここにいたのか」
 そう呟くと、深いため息をつく。
「君の事、言っちゃったよ……きっと傷ついてる。どうしよう……」
 後悔したように俯く宇佐美に、小さな影がそっと寄り添う。
「彼を守ってあげて――俺もね。助けてあげたいんだ。あの人の……力になりたい」
 小さな手が不安そうにギュッと宇佐美の手を握る。
 宇佐美は力なく笑った。
「心配しなくても、俺は大丈夫だよ……」
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