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第7章・過去
#1
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10月。
宇佐美は山梨にいた。目的は戸籍謄本の確認。
ずっと気になっていた父親の事を、どうしても知りたいと思ったのだ。
役所で戸籍謄本をもらい、宇佐美は親の名前を見た。
(宇佐美征一……)
それが父親の名前だった。
亡くなったのは35年前。自分がまだ5歳の頃だ。
でも自分の中に父親の記憶があまりないのは何故だろう。顔もよく思い出せない。
そんな事ってあるだろうか?
5歳なら、多少の記憶は残っていそうなものだが……
「あの……」
宇佐美は役所の窓口で尋ねた。
「父に身内がいるかどうか知りたいんです。母も他界していて……知るすべがなくて」
既に亡くなっている父親の戸籍を調べると、どうやら弟がいるようだった。
叔父にあたる人がいたのだ。しかもまだ存命だという。
住所を知りたいと願い出たが、さすがに個人情報なのでと断られ途方に暮れていると、「この方、少し前まで上野原の役場で働いていたようです」と教えてくれた。
「そこへ行けば、お知り合いの方がいるかもしれませんね。会って個人的にお伝えすれば、取り次いでもらえるかもしれませんよ」
「そうですか。上野原……行ってみます」
ありがとうございます、と宇佐美は頭を下げて役所を出た。
自分に身内がいた――
母には兄弟がおらず、両親も亡くなっていると聞いていたので、てっきり父親もそうだと思い込んでいた。
(でも……)
上野原行きの電車を待ちながら、宇佐美は思った。
(何十年も会ったことのない甥に、会ってくれるだろうか)
そしてふとスマホを見る。
あれ以来、野崎とは一切連絡をとっていない。どうしているのか気になるが、こちらから聞くのもためらわれる。
あの後。奥さんと、どんな会話を交わして、その後どうなったのか――責任の一端が自分にあるような気がして気が重かった。
今回、山梨まで来ることは黙っていた。
野崎には頼らず、1人で出来る所まで辿ってみようと思ったのだ。
電車に乗り込み、車窓の景色を眺める。
相模川は山梨に入ると桂川と名を変える。源流はここにあり、この地にかつて自分たちも住んでいた。
そして、父親の出生地でもある。この場所――
宇佐美は薄ら寒さを感じた。
自分と幽霊は無関係ではないのでは……と野崎に言われた時から、宇佐美の中で少しずつ何かが変わり始めている。
母の、忘れなさいという声はもう聞こえない。
霧が晴れて、次第に輪郭があらわになってくる。
気配を感じる。近くにいる。
ヤツは、ここにいる――――
「お父さん」
呼ばれて清次は顔を少し動かした。
鼻に酸素を送るチューブを入れて、リクライニングのベッドを上げた状態のまま、少しうたた寝をしていたようだった。
「……うん?なんだ?」
「さっき、関さんから電話があってね……お父さんに会いたいって人が、今日役場に訪ねてきたんだって」
「会いたい?私に?誰だ――」
それがね……と、娘の裕子が不思議そうな顔をして言った。
「お父さんの甥にあたる人だって。父親は宇佐美征一だって言ってたらしいわ」
「征一?」
清次は驚いたように目を見開いた。
「その人って……私は会ったことないけど、お父さんのお兄さんよね?征一伯父さん」
清次は娘の言葉をじっと聞いていた。
はるか昔に聞いたきり、すっかり忘れていた懐かしい名だった。
征一……兄さん……甥っ子だと?
「どうする?会って話を聞きたいんだって」
「……」
遠くを見たまま、何も答えない父を見て、裕子は言った。
「お断りしましょうか?お父さんの体調も優れないし……本当かどうかも怪しいし」
「……」
ぼんやりと何かを考えている父を見て、裕子はため息をつくと「お断りの連絡入れますね」と部屋を出て行こうとした。
「待ちなさい」
呼び止められて、裕子は振り返った。
「会うよ。ここへ来てもらおう」
「えぇ?」
裕子は眉を寄せた。
「でも……本当かどうか分からないし……もし変な人だったら」
「兄の名を出したんだ。それも今頃――何か事情があるのかもしれない」
でも……と、気乗りしない娘を見て、清次は言った。
「頼むよ。ここへ連れて来てくれ」
「――」
裕子は返事を渋ったが、何か思い詰めたような顔をして自分を見る父に、思うことがあったのか「分かりました」と頷いた。
宇佐美は山梨にいた。目的は戸籍謄本の確認。
ずっと気になっていた父親の事を、どうしても知りたいと思ったのだ。
役所で戸籍謄本をもらい、宇佐美は親の名前を見た。
(宇佐美征一……)
それが父親の名前だった。
亡くなったのは35年前。自分がまだ5歳の頃だ。
でも自分の中に父親の記憶があまりないのは何故だろう。顔もよく思い出せない。
そんな事ってあるだろうか?
5歳なら、多少の記憶は残っていそうなものだが……
「あの……」
宇佐美は役所の窓口で尋ねた。
「父に身内がいるかどうか知りたいんです。母も他界していて……知るすべがなくて」
既に亡くなっている父親の戸籍を調べると、どうやら弟がいるようだった。
叔父にあたる人がいたのだ。しかもまだ存命だという。
住所を知りたいと願い出たが、さすがに個人情報なのでと断られ途方に暮れていると、「この方、少し前まで上野原の役場で働いていたようです」と教えてくれた。
「そこへ行けば、お知り合いの方がいるかもしれませんね。会って個人的にお伝えすれば、取り次いでもらえるかもしれませんよ」
「そうですか。上野原……行ってみます」
ありがとうございます、と宇佐美は頭を下げて役所を出た。
自分に身内がいた――
母には兄弟がおらず、両親も亡くなっていると聞いていたので、てっきり父親もそうだと思い込んでいた。
(でも……)
上野原行きの電車を待ちながら、宇佐美は思った。
(何十年も会ったことのない甥に、会ってくれるだろうか)
そしてふとスマホを見る。
あれ以来、野崎とは一切連絡をとっていない。どうしているのか気になるが、こちらから聞くのもためらわれる。
あの後。奥さんと、どんな会話を交わして、その後どうなったのか――責任の一端が自分にあるような気がして気が重かった。
今回、山梨まで来ることは黙っていた。
野崎には頼らず、1人で出来る所まで辿ってみようと思ったのだ。
電車に乗り込み、車窓の景色を眺める。
相模川は山梨に入ると桂川と名を変える。源流はここにあり、この地にかつて自分たちも住んでいた。
そして、父親の出生地でもある。この場所――
宇佐美は薄ら寒さを感じた。
自分と幽霊は無関係ではないのでは……と野崎に言われた時から、宇佐美の中で少しずつ何かが変わり始めている。
母の、忘れなさいという声はもう聞こえない。
霧が晴れて、次第に輪郭があらわになってくる。
気配を感じる。近くにいる。
ヤツは、ここにいる――――
「お父さん」
呼ばれて清次は顔を少し動かした。
鼻に酸素を送るチューブを入れて、リクライニングのベッドを上げた状態のまま、少しうたた寝をしていたようだった。
「……うん?なんだ?」
「さっき、関さんから電話があってね……お父さんに会いたいって人が、今日役場に訪ねてきたんだって」
「会いたい?私に?誰だ――」
それがね……と、娘の裕子が不思議そうな顔をして言った。
「お父さんの甥にあたる人だって。父親は宇佐美征一だって言ってたらしいわ」
「征一?」
清次は驚いたように目を見開いた。
「その人って……私は会ったことないけど、お父さんのお兄さんよね?征一伯父さん」
清次は娘の言葉をじっと聞いていた。
はるか昔に聞いたきり、すっかり忘れていた懐かしい名だった。
征一……兄さん……甥っ子だと?
「どうする?会って話を聞きたいんだって」
「……」
遠くを見たまま、何も答えない父を見て、裕子は言った。
「お断りしましょうか?お父さんの体調も優れないし……本当かどうかも怪しいし」
「……」
ぼんやりと何かを考えている父を見て、裕子はため息をつくと「お断りの連絡入れますね」と部屋を出て行こうとした。
「待ちなさい」
呼び止められて、裕子は振り返った。
「会うよ。ここへ来てもらおう」
「えぇ?」
裕子は眉を寄せた。
「でも……本当かどうか分からないし……もし変な人だったら」
「兄の名を出したんだ。それも今頃――何か事情があるのかもしれない」
でも……と、気乗りしない娘を見て、清次は言った。
「頼むよ。ここへ連れて来てくれ」
「――」
裕子は返事を渋ったが、何か思い詰めたような顔をして自分を見る父に、思うことがあったのか「分かりました」と頷いた。
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