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第6章・影
#6
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車が見慣れた景色の場所まで来た。
居住地まであと少し。
という時。
ふと、宇佐美はリアシートに何かの気配を感じて、さりげなくルームミラーを覗き込んだ。
背後で何かがうごめいている。
それが、例の小さな影だと分かると、宇佐美は思わずハッとなって野崎の方を見た。
野崎は相変わらず、その影の存在には気づいていない。
(いつからそこにいたんだ?)
小さな影は、宇佐美が自分に気づいたことを知ると、ゆっくり助手席の方へ身を乗り出してきた。
「――⁉」
宇佐美は思わず身を固くした。影が膝の上に乗ってくる。
熱は感じないが、不思議な重さは感じた。
(嘘だろう、こいつ――何がしたいんだ?)
隣で固まっている宇佐美の様子には気づかず、野崎は前方を見据えたままだ。
車がインターチェンジに近づく。
すると、小さな影が急にダッシュボードに身を乗り出して、しきりに前方を指差した。
その指が、料金所の方を指しているように見えて宇佐美は、え?という顔をした。
(高速に乗るの?)
すると小さな影は、そうじゃない!というようにインターチェンジの側道の方を指差した。
(……)
「……あの」
宇佐美は小声で言った。
「そっちの道に行ってもらえますか?」
「え?」
野崎は驚いて宇佐美を見た。
「こっち?でも……」
「お願いします」
「……」
ナビから外れてしまうが、仕方なく野崎はハンドルを切った。
車はインターチェンジを回り込んで裏道へ入る。
この先はホテル街だ。
「――」
宇佐美は小さな影を見た。すると今度は車を止めるように、必死に手を動かしている。
「あ!ちょ、ちょっとストップ!」
「え⁉」
野崎は慌ててブレーキを踏んだ。
「なに⁉どうしたの?」
ビックリして助手席に目を向ける。宇佐美はじっと前方を見ながら、何かを確認していた。
「大丈夫?具合でも悪いの?」
心配して聞くが、宇佐美は答えず「ここに停まってください」と言った。
「え?」
ホテル街の一角。その路肩に寄って停車するよう指示を出され、野崎は狼狽えた。
「なぁ……具合が悪いなら」
「お願いします」
「――」
仕方なく、言われるがまま路肩に停車した。
(ひょっとして……誘われてるのかな……?)
変な動悸がしてきて、野崎はハンドルを握ったままジッとしていた。
誘ってきたらどうしよう……そんなこと思いながら、ちらりと隣に目をやる。
だが何故か宇佐美自身も戸惑っているように見えた。
(――)
互いに無言のまま、不思議な時間が流れる。
(なんだか張り込みしているみたいだな……)
そんなことを考えながら野崎はぼんやり窓の外を見ていると、向かいのホテルの出入り口から、見覚えのある鞄を下げた女が男と一緒に出てくるのが見えた。
野崎の目が大きく見開かれる。
なぜ……こんな所に――?
(信子さんたちと、旅行に行ってたはずじゃ……)
「⁉」
急に運転席で身を起こす野崎に、宇佐美は驚いて顔を向けた。
「どうしました?」
「――」
野崎は答えず、たった今ホテルから出てきた一組の男女を目で追っている。
「知り合いですか?」
そう聞かれ、野崎は言った。
「お前……知ってたのか?」
「え?」
なんのことか分からず首をかしげる宇佐美に、野崎は詰め寄るように言う。
「女房の事だ。知ってたのか?」
「俺があなたの奥さんを?知るわけないでしょう。顔も見たことないのに」
そう答えた後、宇佐美は「あの人……あなたの奥さんなんですか?」と聞いた。
「……なんでここに来た?」
「それは――」と言いかけて、いつのまにか姿を消している小さな影を探す。
「何か見えたのか?それとも……なにか感じたのか?」
「……」
「そうなんだろう?だからここに来た」
宇佐美は黙っていた。間違ってはいないが、今説明したところで信じてくれるかどうか。
「たまたまだよ」
と宇佐美は答えた。
「たまたま?ここまで誘導しておいて、たまたまだと?」
「なんとなくこっちへ来ただけだ」
「ここに車を止めるのもなんとなくか?本当は何か見たんじゃないのか?正直に言えよ!」
「うるさいなぁ……どうでもいいだろう、そんな事。でも奥さんの浮気現場を見られてよかったじゃないか」
「はぁ?」
「調べる手間が省けたろう」
野崎は思わず宇佐美の胸倉をつかみ上げた。
「お前ふざけてんのか⁉」
「痛てぇな!離せよ!」
野崎の腕を振り払うと、宇佐美にしては珍しく感情をむき出しにして言った。
「奥さん寝取られて俺に八つ当たりかよ。本当は気づいてたんじゃないの⁉」
「――」
野崎は黙り込んだ。じっと睨みつける野崎の目を、宇佐美も負けじと睨み返す。
「他に男がいること――本当は気づいていたんじゃないんですか?」
宇佐美の、あの網膜を通して何かを見るような目。挑みかかる様な鋭い眼差しが、一直線に野崎の胸を突いてくる。
嘘をつくな!
正直に言え!
そう言われているのは自分の方だと――
「……何が分かる」
「――」
「お前に何が分かるんだよ!」
野崎に怒鳴られ、宇佐美も思わず声を荒げた。
「見えるんだよ!子供の影が!」
「は?」
「あなたの側にいる、小さい影だよ」
「……」
困惑している野崎を見て、宇佐美はクソッというように舌打ちする。必死に感情を抑えようとするが、一度堰を切ってあふれ出した言葉は止められなかった。
宇佐美は言った。
「たぶん――父親はあなただ」
「お前……なにを言ってる?」
「昔、流産したって言ってたけど、その子じゃない。もっと直近で……たぶん2,3年前だと思う。なにか思い当たることは?」
「……」
「ないなら直接奥さんに聞けよ。浮気相手の子だと思って堕ろしたって言うかもしれないけど……間違いなく父親は」
「やめろ‼」
怒鳴られて、宇佐美は言葉を切った。
野崎は肩で大きく息をつき、必死に怒りを抑えているように見えた。
「……降りろ」
宇佐美は、え?という顔をした。
「いいから降りろ」
野崎は乱暴に宇佐美を掴むと、ドアを開け車外に放り出した。
「痛ってぇ……なにすんだよ!」
宇佐美は怒って助手席の窓を叩いた。
「逃げんのか⁉ちゃんと向き合えよ!その子は今もあんたの側にいて、自分の事を伝えようとしてるんだぞ!」
その言葉に、野崎は「うるさい!」と怒鳴った。
「俺には見えねぇんだよ!お前が勝手にそう言ってるだけだろうが!」
「俺のこと信じるって言ったよな?ならこれも信じろよ!」
「――ッ!」
野崎は堪らず助手席の窓を開けると、宇佐美の鞄を掴んで窓から放り投げた。それを顔の前で受け止めて、宇佐美もカッとなる。
「ふざけんなよ!」
そのまま、走り去る車に向かって自分の鞄を投げつけた。が、それは虚しく弧を描き地面に落ちる。
「二度と連絡してくんな!」
居住地まであと少し。
という時。
ふと、宇佐美はリアシートに何かの気配を感じて、さりげなくルームミラーを覗き込んだ。
背後で何かがうごめいている。
それが、例の小さな影だと分かると、宇佐美は思わずハッとなって野崎の方を見た。
野崎は相変わらず、その影の存在には気づいていない。
(いつからそこにいたんだ?)
小さな影は、宇佐美が自分に気づいたことを知ると、ゆっくり助手席の方へ身を乗り出してきた。
「――⁉」
宇佐美は思わず身を固くした。影が膝の上に乗ってくる。
熱は感じないが、不思議な重さは感じた。
(嘘だろう、こいつ――何がしたいんだ?)
隣で固まっている宇佐美の様子には気づかず、野崎は前方を見据えたままだ。
車がインターチェンジに近づく。
すると、小さな影が急にダッシュボードに身を乗り出して、しきりに前方を指差した。
その指が、料金所の方を指しているように見えて宇佐美は、え?という顔をした。
(高速に乗るの?)
すると小さな影は、そうじゃない!というようにインターチェンジの側道の方を指差した。
(……)
「……あの」
宇佐美は小声で言った。
「そっちの道に行ってもらえますか?」
「え?」
野崎は驚いて宇佐美を見た。
「こっち?でも……」
「お願いします」
「……」
ナビから外れてしまうが、仕方なく野崎はハンドルを切った。
車はインターチェンジを回り込んで裏道へ入る。
この先はホテル街だ。
「――」
宇佐美は小さな影を見た。すると今度は車を止めるように、必死に手を動かしている。
「あ!ちょ、ちょっとストップ!」
「え⁉」
野崎は慌ててブレーキを踏んだ。
「なに⁉どうしたの?」
ビックリして助手席に目を向ける。宇佐美はじっと前方を見ながら、何かを確認していた。
「大丈夫?具合でも悪いの?」
心配して聞くが、宇佐美は答えず「ここに停まってください」と言った。
「え?」
ホテル街の一角。その路肩に寄って停車するよう指示を出され、野崎は狼狽えた。
「なぁ……具合が悪いなら」
「お願いします」
「――」
仕方なく、言われるがまま路肩に停車した。
(ひょっとして……誘われてるのかな……?)
変な動悸がしてきて、野崎はハンドルを握ったままジッとしていた。
誘ってきたらどうしよう……そんなこと思いながら、ちらりと隣に目をやる。
だが何故か宇佐美自身も戸惑っているように見えた。
(――)
互いに無言のまま、不思議な時間が流れる。
(なんだか張り込みしているみたいだな……)
そんなことを考えながら野崎はぼんやり窓の外を見ていると、向かいのホテルの出入り口から、見覚えのある鞄を下げた女が男と一緒に出てくるのが見えた。
野崎の目が大きく見開かれる。
なぜ……こんな所に――?
(信子さんたちと、旅行に行ってたはずじゃ……)
「⁉」
急に運転席で身を起こす野崎に、宇佐美は驚いて顔を向けた。
「どうしました?」
「――」
野崎は答えず、たった今ホテルから出てきた一組の男女を目で追っている。
「知り合いですか?」
そう聞かれ、野崎は言った。
「お前……知ってたのか?」
「え?」
なんのことか分からず首をかしげる宇佐美に、野崎は詰め寄るように言う。
「女房の事だ。知ってたのか?」
「俺があなたの奥さんを?知るわけないでしょう。顔も見たことないのに」
そう答えた後、宇佐美は「あの人……あなたの奥さんなんですか?」と聞いた。
「……なんでここに来た?」
「それは――」と言いかけて、いつのまにか姿を消している小さな影を探す。
「何か見えたのか?それとも……なにか感じたのか?」
「……」
「そうなんだろう?だからここに来た」
宇佐美は黙っていた。間違ってはいないが、今説明したところで信じてくれるかどうか。
「たまたまだよ」
と宇佐美は答えた。
「たまたま?ここまで誘導しておいて、たまたまだと?」
「なんとなくこっちへ来ただけだ」
「ここに車を止めるのもなんとなくか?本当は何か見たんじゃないのか?正直に言えよ!」
「うるさいなぁ……どうでもいいだろう、そんな事。でも奥さんの浮気現場を見られてよかったじゃないか」
「はぁ?」
「調べる手間が省けたろう」
野崎は思わず宇佐美の胸倉をつかみ上げた。
「お前ふざけてんのか⁉」
「痛てぇな!離せよ!」
野崎の腕を振り払うと、宇佐美にしては珍しく感情をむき出しにして言った。
「奥さん寝取られて俺に八つ当たりかよ。本当は気づいてたんじゃないの⁉」
「――」
野崎は黙り込んだ。じっと睨みつける野崎の目を、宇佐美も負けじと睨み返す。
「他に男がいること――本当は気づいていたんじゃないんですか?」
宇佐美の、あの網膜を通して何かを見るような目。挑みかかる様な鋭い眼差しが、一直線に野崎の胸を突いてくる。
嘘をつくな!
正直に言え!
そう言われているのは自分の方だと――
「……何が分かる」
「――」
「お前に何が分かるんだよ!」
野崎に怒鳴られ、宇佐美も思わず声を荒げた。
「見えるんだよ!子供の影が!」
「は?」
「あなたの側にいる、小さい影だよ」
「……」
困惑している野崎を見て、宇佐美はクソッというように舌打ちする。必死に感情を抑えようとするが、一度堰を切ってあふれ出した言葉は止められなかった。
宇佐美は言った。
「たぶん――父親はあなただ」
「お前……なにを言ってる?」
「昔、流産したって言ってたけど、その子じゃない。もっと直近で……たぶん2,3年前だと思う。なにか思い当たることは?」
「……」
「ないなら直接奥さんに聞けよ。浮気相手の子だと思って堕ろしたって言うかもしれないけど……間違いなく父親は」
「やめろ‼」
怒鳴られて、宇佐美は言葉を切った。
野崎は肩で大きく息をつき、必死に怒りを抑えているように見えた。
「……降りろ」
宇佐美は、え?という顔をした。
「いいから降りろ」
野崎は乱暴に宇佐美を掴むと、ドアを開け車外に放り出した。
「痛ってぇ……なにすんだよ!」
宇佐美は怒って助手席の窓を叩いた。
「逃げんのか⁉ちゃんと向き合えよ!その子は今もあんたの側にいて、自分の事を伝えようとしてるんだぞ!」
その言葉に、野崎は「うるさい!」と怒鳴った。
「俺には見えねぇんだよ!お前が勝手にそう言ってるだけだろうが!」
「俺のこと信じるって言ったよな?ならこれも信じろよ!」
「――ッ!」
野崎は堪らず助手席の窓を開けると、宇佐美の鞄を掴んで窓から放り投げた。それを顔の前で受け止めて、宇佐美もカッとなる。
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