幻想使いの成り上がり

ないと

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4 師範選抜①

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 ライガーの師範選抜は佳境を迎えていた。

 師範といえど、その候補は様々。
 炎鷹流剣術師範代として名を馳せる、ヘルグ・ファルア。
 世界に五十人しか居ないとされる王級闘気術皆伝者の一人、ノアール・アレストフ。
 槍術に置いて右に出るもの無しと謳われる、槍使いのエムリーヌ。

 いずれもハルトが世界中からかき集めたトップクラスの精鋭。
 勇者のマスターとして、見劣りしない肩書きの強者ばかりだ。

「ライガー、良さげなやつは見つかったか?」

「ええ、お父様。誰もが屈強で、強大で、何より精力に溢れている。どうにも甲乙つけ難い御仁ばかりです」

 それもそのはず。
 一世一代の勇者の誕生。
 その立役者となれる栄光は、誰もが喉から手が出るほどに眩い称号である。

 特に、それが戦いの道を歩む武人ならば尚更だ。

「お父様、もうすでに満足の行く候補ばかりですが、念の為最後まで見ておきたいです」

「そうだな、ライガー。お前の言う通りだ。次が最後だ、招き入れるとしよう」

 もう残りは消化試合のようなもの。
 ライガーもハルトもそう思っていた。
 
 しかし、最後の一人が部屋へ足を踏み入れた瞬間空気が震えた。

「——っ!」

 ライガーは咄嗟に懐の剣を構えた。
 それは、全身を襲った恐怖によるものだった。

 たった一つ、鳴らされた足音。
 それが殺気となり、全身を苛烈に貫く。

 その男は、ライガーを見てかすかに笑みを浮かべた。

 視線と視線が絡み合う。
 そうして暫く睨み合いをしていると、突然男は跪き、首を垂れた。
 同時に、たちまち殺気が部屋から引いていく。
 
「突然の無礼、失礼しました、勇者候補様」

「お前は……」

「私は王国第一騎士団隊長、ユリウス・ウィンテール。先程は出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありません」

 ライガーは口を曲げつつも、言葉を飲み込んでソファに座り込んだ。

「構わない。しかし、なぜそのようなことをした」

「それは、あなたが勇者として相応しいか知りたかったからです」

 ユリウスの言葉に、ハルトは咳払いをした。

「コホン。ユリウス殿、こちらが招いた手前多くは言いますまい。しかし、勝手なことをされては困りますな」

「いいや、お父様。この人には試す権利がある。——少なくとも、実力は本物です」

 ライガーには分かった。
 この男が本気を出せば、自分は一瞬で抵抗も出来ずに地面に伏せられる。

「そ、そうか……ならば、何も言うことは無い」

 ハルトは腕を組んで頷いた。
 額から汗が滴り落ちている。
 
「……で、俺の実力は、お前の目に叶ったか?」

 ユリウスはライガーの目を見て、答えた。

「もちろんです。この歳で俺の殺気に耐えるどころか、反撃に出ようとするとは、正直想像以上だ……」

 心なしか、頬が紅潮している。

「しかし、重要な質問を一つ聞かなければならない。俺が弟子を取るかは、その答え次第だ」

 勇者の師範代選抜。
 そんな名目で始められた審議はもはや意味を無くし、立場は逆転した。

 場の空気は全てその男に支配され、有無を言わせぬ雰囲気にライガーは束縛されていた。

「その質問とは、なんだ……」

 唾を飲み込んで、抵抗するように言葉を返す。

「——貴方は、何のために勇者となる」

 重く、ユリウスの問いがライガーにのしかかった。

 しかし、ライガーは視線を上げて、答えた。

「民と、彼らの平和のためだ」

 迷いの無い回答に、ユリウスは一瞬目を見開いた。

「そうか。ならば未来の勇者よ、もし貴方にその気があるのなら、俺は全霊を持って貴方の力となりましょう」

 ユリウスは小さく微笑み、恭しく一礼した。

「——もし、俺の所で強くなりたいのなら、王国騎士団の門を叩いてください。俺たちは、最大のもてなしで迎え入れますよ」

 そう言うと、男は背を向けて部屋から去った。

 嵐の後のような静けさが室内を満たす。

「決まったな……」

 ハルトは大きくため息をついて、肩の力を抜いた。

 たった一つの質問。
 それだけでその男は立ち去った。

 それは選抜の放棄ではなく、圧倒的な自信に基づくものだった。

「さて、今日は疲れた。家事は使用人とレンジのやつに任せるとして、ゆっくり休むとしよう」

 そんなことを呟いて、部屋を後にしようとしたその時。

 コンコンコン。
 扉をノックする音が鳴った。

「誰だ。もう師範代の選抜は終わったぞ」

「はて、少し足を運ぶのが遅かったかの?」

 しゃがれた老人の声が扉の向こうから聞こえる。
 家族でも、使用人のものでもない。

 師範候補はもうすでに全員確認したはず。では、そこに立っているのは誰か?

 ハルトは目を細めた。

 やがて扉が開いて、その老爺は姿を顕にした。

「ごきげんよう、勇者の末裔御一行殿。少し失礼するよ」

「お父様。この老人も、師範候補ですか?」

 白い髭を生やした、黒いコートの老爺。
 その姿を凝視した後、ハルトは頭を振った。

「いや、知らないな。このような奴を招いた覚えは無い」

 立ち上がって、睨みつける。

「招待状は、持っているか?」

「ふむ、招待状なるものがなければ、入れぬ仕組みだったのか」
 
「——不審者なら、捉えておく他ないな」
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