幻想使いの成り上がり

ないと

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4-2 師範選抜②

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「……のう、この縄、解いてはくれんか?」

「無理な話だな。後で衛兵に突き出す。その時まで大人しくしていることだ」

 椅子に縄でぐるぐる巻きにされた老爺は、不満げに口を尖らせた。
 それから、ライガーに視線を向ける。

 暫くじっと見つめ合う時が流れた。

「な、何だよジジイ」

「なかなか骨のありそうな童だ。これはもしかしたら本物になってしまうかもしれん」

 ぶつぶつと呟くのを傍に、ライガーは舌を打った。

「適当なことをのたまうな! お前は何者なんだと聞いているんだ」

 老爺は答えた。
 
「ワシは、はただの魔術使いじゃよ。ちょいと、王国の騎士団に身を置いているだけのな」

 そう言って、外套の襟元についている金色の紋章を見せる。

「王国騎士団の魔術師……ぽっと出の奇術者集団か」

 ハルトは記憶を思い起こすように呟いた。

「よくご存知で、ハルト公」

 老爺はわざとらしく意外そうな仕草をした。

「やはり素性の怪しいものだったか。ライガー、行くぞ」

 ハルトが踵を返すと、老爺は口を開いた。

「まあまあ、そう急ぎなさるな。ここは一つ、師範候補をもう一人募るつもりで情けをかけてはもらえぬか?」

 ——ぽっと出の奇術師集団。
 そう呼ばれているとはいえ、王国に認められていることは事実。

 ハルトは少し間を置いて、足を止めた。
 
「お前たちは、魔術師などとたいそうな名前をかがげているが、果たしてどんな手品で王国に取り入ったのか」

「これは手厳しい。ただ、その様子なら話し合いに応じてくれると見て良いかの」

「お父様、本当にいいのですか?」

「……話だけは聞いてやろう。真面目に取り合う必要は無い」
 
 実際のところ、ライガーの噂は国中に広まっている。
 押し寄せてくる輩がいるのも不思議なことではないし、自身の子がもてはやされるのは悪い気分ではなかった。
 
 老爺はライガーに目を向ける。

「見たところ、お主がベリオス家の長男、ライガー・ベリオスじゃな」

「そうだが、俺はお前のような得体の知れない輩に師事するつもりはない」

 金髪の青年は目を釣り上げて、老爺を突き刺すような視線で見つめる。

「ふむ。しかし、お前だけか?」

「俺だけ、とは何だ?」

「ベリオス家にはもう一人、子息が居ると聞いておったのじゃが」

 老爺が問うように言うと、ライガーは一瞬黙り込んだ。
 代わりにハルトが口を開く。

「奴はろくでなしだ。正真正銘の出来損ない。勇者の名を語ることすら反吐の出る、真の弱者とでも言おうか」

「実の父からそのような言い振りをされれば、子はきっと酷く傷つくのでは?」

「事実を述べているだけだ。責任は奴にある」

 その言葉に続いて、ライガーは小馬鹿にするように鼻で笑った。

「弱いだけならまだマシだよ。あいつには大義が無い」

「大義がない、とは?」

 問い返されると、青年は肩をすくめた。

「あいつは民と平和をまるで想っていない。いつも自分のことばかりだ。でも、俺は違う。俺には平和の為に戦う大義がある」

 老爺は眉を下げた。
 そして再び尋ねる。

「それは、敵に勝てないと確信した時でも同じか」

「は?」

「たとえば圧倒的な格上を相手に挫折した時、お前は民と平和の為に命を投げ出せるのか?」

「んな!?」

 ライガーは面食らった。

「なんて無礼な! お父様、コイツはやはり放って置けない!」

 剣を鞘から抜き出し、切先を老爺に向ける。

 やはり、魔術師は魔術師だった。
 教養のない詐欺師に貸す耳はない、とでも言わんばかりにライガーは激昂した。

「おっと、これはおいとまするほか無さそうじゃの」

 地雷に触れてしまったことを老爺は察した。

「その前に、一つ言い残しておこう」

「黙れ。もうお前のような奇術師に口を開く権利は無い」

 剣の先端を向け脅されるが、老爺は無視して言った。

「ワシはルネ・クロード・クレマン。魔術の開祖にして、人類の新天地を切り開く者。いつか、また会えることを期待しておる」

 その言葉が向けられたのは、ライガーでも、ハルトでもなかった。
 ここにいない、誰かに向けた言葉だった。

 しかし、二人はそれを知る由もない。

 剣が振り上げられる。

 瞬間、ライガーは瞠目した。

「……居ない……」

「ライガー、一体どうした——」

 少し遅れて、ハルトも気づいた。

 縛りつける物を失った縄が、地面に投げ出されている。
 椅子の上には誰も居らず、まるで、初めからそうであったかのように、ポツンと部屋に浮いていた。

 静まり返った空間で、ハルトとライガーは虚空を見つめるばかりだった。
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