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5 指輪と約束①
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この世界において、指輪は特別な意味を持つ。
勇者が聖女に仲間の証として捧げた物。
それが指輪だからだ。
今では婚約だけでなく、親愛や友愛の証として、老若男女問わず贈り物とされる。
五年前、俺は父から指輪をもらった。
学区から卒業した時のことだった。
「レンジ、お前にこれをやろう」
「お父ちゃん、これ何……?」
まだ小さくて無知だった俺は、金色に光るその指輪を手に首を傾げた。
「俺からの贈り物だ。大切にしなさい」
今思えば、それはただの飾りではなかった。
嵌めれば気が満ち溢れ、体力が腹の底から湧き上がってくる。
何重もの祝福が込められたその指輪は、きっと人が一生働いても得ることのできないほどの価値があった。
でも、その時の俺はそんなことどうでも良かった。
「お父ちゃん! ありがと! これ、すごくキレイ!」
飛んではしゃいで、目を輝かせた。
「この指輪はお前が家族の一員である証拠だ。まだお前には見合わないが、いつか強くなって一人前になった時、それを付けて人の前に立ちなさい」
「うん! 分かった!」
ずっと前に交わした約束。
それを俺はまだ鮮明に覚えている。
父さんはどうだろう。
多分、そんなこともう忘れたと思う。
「——レンジ様、いかがなさいました?」
ハッとして我に返る。
「ごめん、考え事してた」
使用人に答えて、俺は皿洗いを再開した。
武闘会が明日に近づいた。
俺は相変わらず絶不調。いくら薪割りの訓練をしても、強くなった気がしない。
きっと明日もボコボコのけちょんけちょんにされるのだと思うと、憂鬱で仕方がなかった。
家事の雑用が終わって廊下に出ると、話し声が聞こえてきた。
「ライガー様の荷物は整ったか?」
「はい、今から最終確認に入るところです。今日中には全てまとめて、王都行きの列車に積めるかと」
「……ライガー様は明日、武闘会に参加した後王都に向かわれる。お手を煩わせることのないように、しっかりと運び込むのだ」
そういえば、兄さんは師匠が決まって王都へ行くことになったらしい。
何でも、騎士団の隊長、ユリウス何ちゃらのところで修行するのだとか。
これで暫く奴の顔を見ずに済むと考えると清正する。
部屋に戻り、椅子に深く腰掛ける。
途端に疲労感に襲われて目を瞑った時、俺は思った。
——違う。
そう、違うのだ。
上半身を起こして、部屋全体を見回す。
自分を取り巻く環境の一つ一つが、ほんのわずかにだが違う。
まるで、自分以外の誰かが無造作に入り込んで、何か手を加えて行ったかのような感覚だ。
基本的に、俺の部屋に使用人が来ることはない。
父さんが俺を世話するなと使用人に命じているからだ。
つまり、俺の部屋を管理しているのは俺一人のみ。
違和感を覚えるのはあり得ない。
なんだか悔しくなって、俺は立ち上がった。
絶対にこの違和感の正体を解明するまで、俺は引き下がらないと決心して。
本棚をじっくりと観察する。
——何も変わっていない。
並び順も、傾き具合も。
どうやら違和感の震源地はここではないようだ。
続け様にベッドに目を向ける。
こちらも同様だ。
何も異常はない。
布の皺も枕の位置も今朝から動いていない。
いや、思考の開始地点が間違っているのかもしれない。
目を閉じて、考えを巡らせる。
俺はどの時点で、何故違和感を覚えたのか。
——椅子だ。
デスクの手前にある椅子。
それを手前に引こうとした時だ。
俺はいつも、必ず部屋を出る時は椅子を机側に寄せるようにしている。
でも、さっきは拳二個分ほどの隙間が机との間にあった。
だから、何かが違うと確信したのだ。
机の収納に手をかける。
もし、決定的な違いがあるとしたら、この中。
手前に引くと、その中には手のひらほどの小箱が一個。
中には、あの時貰った指輪が入っている。
嫌な予感がした。
箱を手にとる。
妙に伝わってくる軽さが、その予感の正しさを示しているかのようだった。
蓋を開けた。
俺は、絶句した。
目を瞬かせて、何度もそれが見間違いではないかと疑った。
でも、そうじゃなかった。
箱の中身は、空っぽだった。
「——レンジ、夕食の時間だ」
「っ!?」
肩をビクッと震わせて振り返る。
「ど、どうしたの、父さん」
「……夕食の時間だと言っている」
俺はことさら動揺して、声を震わせた。
「珍しいね、父さんが直接呼びに来るなんて……」
父は答えない。
ただ口を真横に結んでいるだけ。
いつものことなのに、今日は特別不気味に見えた。
「……ねえ、俺の指輪知らない? 昔、父さんがくれたやつ」
父は暫く黙って徐に口を開いた。
「知らんな。お前の管理不足じゃないのか」
聞くだけ、無駄だった。
父はそれだけ言い残して、部屋を去った。
勇者が聖女に仲間の証として捧げた物。
それが指輪だからだ。
今では婚約だけでなく、親愛や友愛の証として、老若男女問わず贈り物とされる。
五年前、俺は父から指輪をもらった。
学区から卒業した時のことだった。
「レンジ、お前にこれをやろう」
「お父ちゃん、これ何……?」
まだ小さくて無知だった俺は、金色に光るその指輪を手に首を傾げた。
「俺からの贈り物だ。大切にしなさい」
今思えば、それはただの飾りではなかった。
嵌めれば気が満ち溢れ、体力が腹の底から湧き上がってくる。
何重もの祝福が込められたその指輪は、きっと人が一生働いても得ることのできないほどの価値があった。
でも、その時の俺はそんなことどうでも良かった。
「お父ちゃん! ありがと! これ、すごくキレイ!」
飛んではしゃいで、目を輝かせた。
「この指輪はお前が家族の一員である証拠だ。まだお前には見合わないが、いつか強くなって一人前になった時、それを付けて人の前に立ちなさい」
「うん! 分かった!」
ずっと前に交わした約束。
それを俺はまだ鮮明に覚えている。
父さんはどうだろう。
多分、そんなこともう忘れたと思う。
「——レンジ様、いかがなさいました?」
ハッとして我に返る。
「ごめん、考え事してた」
使用人に答えて、俺は皿洗いを再開した。
武闘会が明日に近づいた。
俺は相変わらず絶不調。いくら薪割りの訓練をしても、強くなった気がしない。
きっと明日もボコボコのけちょんけちょんにされるのだと思うと、憂鬱で仕方がなかった。
家事の雑用が終わって廊下に出ると、話し声が聞こえてきた。
「ライガー様の荷物は整ったか?」
「はい、今から最終確認に入るところです。今日中には全てまとめて、王都行きの列車に積めるかと」
「……ライガー様は明日、武闘会に参加した後王都に向かわれる。お手を煩わせることのないように、しっかりと運び込むのだ」
そういえば、兄さんは師匠が決まって王都へ行くことになったらしい。
何でも、騎士団の隊長、ユリウス何ちゃらのところで修行するのだとか。
これで暫く奴の顔を見ずに済むと考えると清正する。
部屋に戻り、椅子に深く腰掛ける。
途端に疲労感に襲われて目を瞑った時、俺は思った。
——違う。
そう、違うのだ。
上半身を起こして、部屋全体を見回す。
自分を取り巻く環境の一つ一つが、ほんのわずかにだが違う。
まるで、自分以外の誰かが無造作に入り込んで、何か手を加えて行ったかのような感覚だ。
基本的に、俺の部屋に使用人が来ることはない。
父さんが俺を世話するなと使用人に命じているからだ。
つまり、俺の部屋を管理しているのは俺一人のみ。
違和感を覚えるのはあり得ない。
なんだか悔しくなって、俺は立ち上がった。
絶対にこの違和感の正体を解明するまで、俺は引き下がらないと決心して。
本棚をじっくりと観察する。
——何も変わっていない。
並び順も、傾き具合も。
どうやら違和感の震源地はここではないようだ。
続け様にベッドに目を向ける。
こちらも同様だ。
何も異常はない。
布の皺も枕の位置も今朝から動いていない。
いや、思考の開始地点が間違っているのかもしれない。
目を閉じて、考えを巡らせる。
俺はどの時点で、何故違和感を覚えたのか。
——椅子だ。
デスクの手前にある椅子。
それを手前に引こうとした時だ。
俺はいつも、必ず部屋を出る時は椅子を机側に寄せるようにしている。
でも、さっきは拳二個分ほどの隙間が机との間にあった。
だから、何かが違うと確信したのだ。
机の収納に手をかける。
もし、決定的な違いがあるとしたら、この中。
手前に引くと、その中には手のひらほどの小箱が一個。
中には、あの時貰った指輪が入っている。
嫌な予感がした。
箱を手にとる。
妙に伝わってくる軽さが、その予感の正しさを示しているかのようだった。
蓋を開けた。
俺は、絶句した。
目を瞬かせて、何度もそれが見間違いではないかと疑った。
でも、そうじゃなかった。
箱の中身は、空っぽだった。
「——レンジ、夕食の時間だ」
「っ!?」
肩をビクッと震わせて振り返る。
「ど、どうしたの、父さん」
「……夕食の時間だと言っている」
俺はことさら動揺して、声を震わせた。
「珍しいね、父さんが直接呼びに来るなんて……」
父は答えない。
ただ口を真横に結んでいるだけ。
いつものことなのに、今日は特別不気味に見えた。
「……ねえ、俺の指輪知らない? 昔、父さんがくれたやつ」
父は暫く黙って徐に口を開いた。
「知らんな。お前の管理不足じゃないのか」
聞くだけ、無駄だった。
父はそれだけ言い残して、部屋を去った。
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